サステナビリティ
社会的インパクト/変化の理論
今日、経済を通じて多くの人が雇用、賃金、流通するモノ・サービスなどの恩恵を受けています。しかし、経済は成長し続ける一方で、その恩恵はあまねくゆきわらずに一部の人にとどまり、国内やグローバルな経済格差はむしろ広がっています。
さらに、外部経済化された環境や社会の問題がクローズアップされるようになってきました。経済活動としての生産や消費は、生態系が吸収できないほどの二酸化炭素などの温室効果ガスを大気中に蓄積し、気候変動ないし気候危機は極端気候、水害、干ばつ、山火事などさまざまな形で私たちの生活やビジネスの基盤を脅かします。コロナ禍の影響は、経済格差や社会的な差別の中での弱者に対してより大きな被害をもたらして、未だその出口は見えません。差別や人権の問題は、私たちが日々購入するサプライチェーンだけでなく、日本社会に多く残るにもかかわらず、大勢としては無関心によって黙殺されているようにも見受けます。
こうした私たちの社会の持続可能ではない状況に対して、多くの社会起業家や社会的責任を自覚した企業、投資家、消費者たちが、その意図、目標、取り組みにてこ入れを図ろうとしています。日本を始め、世界各国で採択された「2030年持続可能な開発目標(SDGs)」や、新たな投資スタンダードとしてのESG、エシカルな消費行動など従来のCSRを超えた活動に企業が取り組み、そして非営利組織や社会起業家たちが社会課題に対して事業を通じて解決を図る動きが世界中で加速しています。
そうした取り組みの目指すところは、社会問題に対して、正味でプラスの変化をもたらすことです。この変化を「インパクト」ないし「社会的インパクト」とも呼びます。社会的インパクトとは、「組織あるいはプログラムによる介入がもたらした、広範で長期的な受益者にとっての追加的な成果アウトカムであり、意図したものも意図しなかったものも、あるいはプラスの変化もマイナスの変化も含んだ正味の変化」と定義することができます。
社会的インパクト・マネジメント
こうした時代の流れを背景に、この数年注目されているのが、社会的インパクトを測り、評価し、さらにプロジェクトの改善に役立てる社会的インパクトのマネジメントです。非営利組織や社会課題解決を進める企業に対して、受益者からの対価だけで成り立たない事業へのドナー(資金提供者)たち、あるいは、時間、モノなどさまざまなリソースを提供するステークホルダー(利害関係者)たちに対して、投下リソースに対する創出価値の説明責任を果たすと共に、事業そのものを改善し、深化させることがグローバル・スタンダードとなっているのです。
また、社会的インパクトをマネジメントする上で重要なのが、介入する社会経済システムを構造的に理解する「システム思考」、利害関係者の間で課題に関しての共通理解を広げる「マルチステークホルダー・ダイアログ」、あるいは、多くの利害関係者間でビジョン、戦略、インフラを共有する「コレクティブ・インパクト」などのアプローチです。
変化の理論
「変化の理論(Theory of Change: TOC)」とは、社会システムに関わるプログラムの計画、評価、そしてステークホルダーたちによる参画の方法論です。具体的にはある文脈の中で望ましい変化が、なぜ、どのように起こるかを包括的にわかりやすく描写した理論、あるいはストーリーです。
ビジネス事例になりますが、アマゾンを創業したジェフ・ベゾスは、1990年代半ばからeコマースを通じて「顧客に良質の体験を提供することでアクセス数が増え、それによって商品を提供するサプライヤーが集まって品揃えが広がり、それによって顧客への良質な体験をさらに広げられる」というストーリーを周囲の人たちに繰り返し伝えました。
また、ピーター・センゲと共に組織学習の普及に邁進したダニエル・キムは、「関係性の質の高まりが、思考の質、行動の質を高め、それによって結果の質が高まることでますます関係性の質が高まる」という法則を見いだし、「組織改革の成功エンジン」と名付けました。
こうした人や集団の行動の本質をふまえたわかりやすいストーリーは、多くの関係者たちを巻き込み、望ましい変化を創り出す上で、それぞれの関係者が、時間経過と共にどのような役割を果たし、変化が築かれていくかの共通理解を広げます。「戦略ストーリー」にも似ていますが、変化の理論という呼び方は、いわゆる「共創」、あるいは「コレクティブ・インパクト」と呼ばれるような、多様なステークホルダーたちの参画とコラボレーションを必要とする際に使われます。
もとより、変化の理論は利害関係が複雑に絡み合う社会課題の解決の文脈で慈善活動や国際協力を支援する組織や財団などで活用されていたものです。こうしたソーシャルセクターでの広がりが、ビジネス界でもCSVやソーシャル・イノベーションを推進する企業や起業家の間でも広がり始めているのです。
近年は、気候変動対策に資金提供する緑の気候基金(GCF)をはじめ、多くの基金、財団、資金助成団体などが、プログラム申請の際に変化の理論の作成添付を必須条件としています。
この背景には、社会課題が、いわゆる政府セクターだけではリソース面でも能力面でも限界があることが認識され、ますます市民セクターや民間セクターの関与への期待が高まっていることがあるでしょう。そして公共のための資源をより効果的・効率的に配分する説明責任を果たす上で、明確な変化の理論を持っているかを重要視するようになってきたことがあります。
例えば、あなたが企業で本業を通じて社会課題解決に取り組む事業に取り組もうとしているなら、あるいは、そうした分野で活動するNPO・NGOへの支援や連携を行っているなら、資金を提供する機関、経営陣、ほかさまざまな利害関係者から変化の理論を求められる機会が増えてくることでしょう。
チェンジ・エージェント社は、この分野で定評の高い英国のNEFコンサルティング社と提携し、同社の定評ある研修プログラム「社会的インパクトを測る」と「変化の理論」の日本語化を進めました。
チェンジ・エージェント社では、これらのアプローチによるプロセスを日本の組織と共に協働で進めながら、NPO/NGOや企業で社会課題解決にあたる変革リーダーと組織の能力開発に取り組んでいます。
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自分の国について同じストーリーを繰り返していれば、同じことをやりつづけるばかりで、うまくいくわけもない。ところが、みんなこの繰り返しの中毒になっている!同じストーリーはいい加減やめにしよう。私たちには新しいストーリーが必要なんだ。
ーーフランシスコ・ガラン
(コロンビアの民族解放軍の元ゲリラで2008年に釈放後、トップレベルと草の根レベル両方の和平活動に取り組んできた人物)
長引く対立の影響の一つは何が可能かというビジョンの幅を狭めてしまうことだ。
ーーネルソン・マンデラ(政治家、弁護士、反アパルトヘイト活動家)