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Image credit: a.canvas.of.light, Sea Urchin / Flickr
海における昆布の森の効用をご存じでしょうか?
昆布、ケルプなどの海藻の森は、魚やその他の海洋生物の生息地と保育の場を提供し、栄養素の循環、水質改善、浸食防止、温度調整のなどの生態系サービスを提供します。最近では、二酸化炭素を吸収する「ブルーカーボン」としての機能も注目され、その経済的および文化的な影響は、漁業、観光、レクリエーションなどにも及びます。
ところが、この生物多様性を豊かにする海藻が減少し、そこから連鎖して依存する多くの生物が減少してしまう「磯焼け」が国内外の岩礁地帯で確認されています。海の生物多様性が崩れることで、生態系サービスは減少し、漁業や観光など海洋資源に依存する地域社会へ大きなダメージを与えています。とりわけ、磯焼けが進み一定の閾値を超えると自己強化型フィードバックによる悪循環が生じて、かつてケルプの森を中心に豊かだった海が無機質な岩礁だらけの「ウニの荒れ地」へと急激に変化します。こうした生態系が一つの安定した状態(レジーム)から別の安定した状態へと急激に変わる現象を、システム思考では「レジームシフト」(参考:組織と社会のレジリエンス(2)システムの特徴とティッピングポイント)と呼びます。
海の砂漠化「磯焼け」はなぜ起こるのか
磯焼けの起こる原因は、農薬、家庭排水、工場排水などによる水質汚染、気候変動、人間による海岸開発などのさまざまなですが、本記事で注目するのは、ウニによる食害によって引き起こされる海藻の減少です。ウニの天敵である魚や海洋生物が過剰漁獲や過剰狩猟で減少すると、ウニの個体数の増加に歯止めがかからなくなって、海藻を食い尽くしてしまうのです。
図1 ウニの個体数とケルプの密度の関係
出典:Steneck et al, "Kelp forest ecosystems: biodiversity, stability, resilience and future" (2002)
Steneckらの研究によれば、アラスカのアムチトカ島におけるいくつかの調査研究をもとに、白の四角形の折れ線がウニの個体数、黒丸の折れ線がケルプの密度をそれぞれインデックス化して示しています。ウニとケルプの間に負の相関があることがわかります。興味深いのは、ウニの個体数が高止まりしている時期においては、ウニの天敵であるラッコが絶滅寸前になっていることです。時系列変化パターングラフから、1950年代にラッコの個体数が回復してくると、それに合わせてウニの個体数が減少に向かい、結果としてケルプの森が回復していくことがわかります。また、1990年代になってラッコが減少し始めると、逆の動きに変わっていくのも確認できます。
図2 ラッコの個体数の減少
出典:James A. Estesa, et al. "Sea otters, kelp forests, and the extinction of Steller's sea cow" (2015)
ラッコは、食物連鎖における高位を占め、生態系においての重要な位置を占めるゆえに「キーストーン種」と呼ばれます。主に北米西海岸からアラスカ、ロシアにかけて生息しますが、アメリカ大陸に白人が入植すると、18-19世紀にかけてラッコの毛皮を高値で取引されるようになり、乱獲によってラッコの個体数が激減します。図2下のグラフではロシア極東のコマンドルスキー諸島で、狩猟が始まるやまたたくまに減少したことがわかります。その後アラスカやアメリカ西海岸にも狩猟の波が広がり、20世紀の初頭までにほとんどの地域で個体数の激減が見られました。その後、絶滅のおそれのある野生動植物の主に関する国際取引に関する条約やアメリカの絶滅危惧種法などの保護によってある程度回復するものの、新たに環境汚染、疫病、気候変動などによってラッコの減少が見られるようになりました。アラスカのアダック島(図2上グラフ)では1990年代、オルカの捕食パターンが変わり、減少したアシカやトドの代わりにラッコを捕獲するようになり、あそや。ラッコの減少によってひとたびケルプの森が縮小すると、隠れ場所を失ったラッコはますます捕獲されやすくなる悪循環で減少していきました。結果として、次のループ図に示す循環が起こり、生態系の劣化だけでなく、人間の経済活動にも大きな打撃を与えます。
図3 ラッコとケルプの森の減少、ウニの増加
出典:Trevor Ochard, "Archaeology of Long-term Sea Otter Use in Southern Haida Gwaii"内の関係図(B1、R2)を筆者が加筆改変
図の右から順に、反時計回りに見ていきましょう。18世紀、ラッコの毛皮への需要が高まることでラッコの狩猟が急増し、ラッコの個体数を減少させます。環境容量が大きかったので狩猟で減少するものの個体数はしばらく残っていました(B1ループ)。
しかし、ラッコによる捕食が減少してウニ個体数が大幅に増えます。ウニによるケルプの捕食(食害)は広範に及び、ケルプの森の密度は急激に減少します。そうすると、ケルプを養育場や隠れ家としていた魚や他の海洋生物は減少し、それらの生物の漁獲や採取に依存していた現地の人たちはますますラッコの狩猟に依存せざるを得なくなって、ラッコの個体数をより一層減少させます(R2ループ)。こうしてラッコは絶滅の危惧にさらされるほど減少しました。
キーストーン種であるラッコ絶滅の影響は大きなものでした。そこで、政府は狩猟への規制をかけてラッコの毛皮需要と狩猟に歯止めをかけ(B3ループ)、あるいはラッコ保全や再導入などの努力を行う(B3'ループ)ことで、ラッコの個体数をある程度回復させました。それによって、海はウニばかりの磯焼けした海から、ケルプの茂る豊かな森へと回復しました。
しかし、その後も環境汚染などの影響にさらされますが、シャチの捕食パターンが変わってラッコを捕食しだすと、ラッコの個体数は再び減少し、それによってウニが増え、ケルプが減り、隠れ家を失ったラッコはますます捕食されやすくなって激減しました(R4ループ)。
日本国内での状況と対策
ウニの増加によって昆布などの海藻が減少する事象は日本を含む多くの海域でも起こっています。日本にはラッコは生息しませんが、ウニの増加や磯焼けはどんな状況なのでしょうか?
ウニを捕食するのは、ラッコ以外にもウツボ、タコ、カモメなどさまざまです。しかし、気候変動の結果海水温が上昇しているのでウニの食欲が増加し、海藻が減少する磯焼けはこの日本でも起こっています。日本では人間もまたウニを高級食材として捕食しますね。もしかしたら、磯焼けもウニが入手できて悪いことばかりではないと思いたいところですが、どうやらそうではないようです。昆布などの海藻の森の根っこも食べるウニによって、根こそぎ食害にさらされた磯焼けの海域では、栄養分が足りないためにスカスカになった「ゾンビウニ」ばかりが増え、食材に適さないばかりか、人手を使ってその処分をしなければならないコスト要因なのだそうです。
今年の初夏、購読している雑誌「東北食べる通信」によって、三陸の海での磯焼けの状況に関するレポートと、磯焼け対策を新しいビジネスにした養殖ウニが届きました。そのレポートに書かれた内容と他の論文のシステム分析を合わせてループ図を起こしてみると以下のようになります。
図4 ウニの増加と海藻の減少による日本の海の磯焼け(今の現実状況)
中央の赤矢印部分、R1のループから順次見ていきましょう。そもそもウニは繁殖力が強く、増加をチェックする捕食が弱い状態では個体数増加の自己強化型が働きやすい生物種です。そして、ウニの個体数が増加すると海藻を捕食し、海藻の量が大幅に減ります。
ここから紫色で示すのは、さまざまな悪循環とその影響です。岩に張り付く根っこを食べられた海藻は繁殖もままならず密度が減少していく悪循環に入ります(R2ループ)。また、藻場の産卵、保育、隠れ家機能が失われることによって、海藻に支えられた生物種の種類と量が減少し、共生する生物の減少によってますます海藻の再生にブレーキがかかり、海藻の減少の悪循環となります(R3ループ)。
こうして海藻と共生する生態系が変化することは、生命力の強いウニにとってしばしば生息しやすい環境をつくると共に、天敵となる捕食者を減少させます(R4/R4'ループ)。ここに、「強者はますます強く」の原型が築かれて、海藻はますます減りウニがますます増加する「磯焼け」レジームシフトが起こります。
海藻の減少によって、生態系による海産物の供給サービス、災害抑止サービス、CO2固定化サービスなどの機能が弱まります。CO2固定化による気候変動、海水温度の上昇がウニの食欲につながるR5ループは、相対的に力が弱く、相当期間による因果なので点線で結んでいます。
ここで、もしウニの栄養状態が良く、商品価値の高いウニが増えているなら、人間による食用によってウニを減少させるバランス型ループも働くかもしれません(B6ループ)。しかし、ウニの増加する一方でウニの餌となる生物が減少しているので、海中のウニの栄養状態は低下し、「ゾンビウニ」とも呼ばれる商品価値の低いウニの個体数が増加します。これでは、人間による食用も進まず、ウニの数はますます増えやすくなる悪循環が回り出します(R6ループ)。その結果、商品価値のないウニの駆逐に追われる状況となってしまいます(B7ループ)。
生態系のさまざまな働きが複雑に絡み合って、なりゆきに任せたのでは絶望的な状況とも思えるような危機が、この日本の足下で起こっています。なんとかならないものでしょうか?
図5 磯焼けへの対策としてのウニの再生養殖
豊かな海、美味しいウニ。よりよい循環を取り戻す、新たな挑戦
この状況をなんとかしたいと考えるベンチャーが現れました。株式会社北三陸ファクトリー(岩手県九戸郡)です。同社の打ち手は、図5のループ図上緑色の変数や矢印で示されている部分です。
イノベーションとして、「ウニの再生養殖」というコンセプトを打ち出しました。ウニ増殖溝と呼ばれる設備を建設し、そこへ海中からウニを移動します(B8ループ)。今まではウニの駆除で廃棄するばかりでしたが、養殖という出口(アウトフロー)へと移行することによって、これまでの廃棄していた資源が有効利用される道筋がつくられます。そこからさらに、商品価値の高いウニへと養殖するために、これまでの研究や実験の成果を活かして、ウニの実入りを改善する飼料を開発、供給することに成功しました。これによって人間による食用を増加させて、ウニ再生養殖を拡大する(R9ループ)を回すことで、ますますB8ループを活性化して海中ウニの増大を抑制する事業モデルを打ち出します。
このループがうまく機能して、海中のウニの数の増加にチェックをかけるだけでなく、減少基調に持ち込むことができれば、今までのさまざまな悪循環が好循環に転じて、損なわれたさまざまな生態系サービス機能である海産物の供給サービス、災害防止サービス、CO2固定サービスなどを回復することが期待できます。
ポイントは、養殖にかかるコスト、消費者が払ってもよいと思う価格、そして消費者や社会に認知してもらう生態系サービスの回復を含めたさまざまな価値です。供給者には、こうした価値やインパクトの見える化を期待すると共に、そうしたアウトカム評価について、消費者や関連する行政、NPOなどへとしっかりと情報発信することでしょう。生態系を海藻、藻場中心にすることによって回復する生態系サービスは、簡単に貨幣価値換算できることばかりではありませんが、システムとしての変化は単独の要因の変化をはるかに上回るものになりえます。
経済として言えば、このベンチャーによるイノベーションは、流通量が少なければ循環は限られコスト高に終わるっやもしれません。現在駆除にかけているコストの節減をてこや環境価値をスターターに、好循環を回すことで需要と流通量を増加させて、単位コストと価格を下げることができればさらに好循環が回ります。環境価値を実証できればプレミアに値する取り組みですし、多くの消費者に認知してもらうことが大事です。コミュニケーションの重要性はひときわ高い営みといえるでしょう。
このベンチャーの取り組みが呼び水になって、海中のウニの個体数を抑えて、藻場中心の生態系へとレジームシフトする閾値に達することができれば、藻場と共生する生態系全体が回復できるかもしれません。そうすれば、海中で天然に生育するウニの栄養状態と商品価値も高まり、美味しいウニをより多くの人が楽しめるやもしれません(R10ループ)。
このループ図で描いているようになるか、自然はとてつもなく複雑でやっかいなものだとの心得る謙虚さは必要ですが、他の地域での生態系再生の事例を見ても単なる夢物語ではないでしょう。消費者や応援者としての心ある市民たちの良識ある選択がこうした取り組みを後押しすれば、閾値を超える状況をひっくり返すのに十分な力を生み出しうると信じています。
再生養殖ウニをいただきながら、この日本でシステム的な課題に粘り強く取り組む人たちを応援したいという気持ちを強くしました。皆さんも、生態系再生であれ、地域コミュニティの課題であれ、身近なところにあるシステムの課題について考え、よいつながりや循環を取り戻す取り組みを応援しませんか。
(執筆:小田理一郎)