システム思考
システム思考のプロセス
システム思考によって未来を創造したり、課題を解決しようとする際には、一定の規律あるプロセスがあり、また、それぞれのプロセス段階で使うとよい手法、ツールなどがあります。どんなにパワフルな働きかけであっても、そもそもなぜ物事がそのように動くのか、何が起こっているのか理解できているのか、あるいはそもそも何が目的なのか、といったことがおろそかだとムダな努力に終わるだけでなく、多くの人たちの疲弊を呼び起こすばかりです。システム思考では、規律あるプロセスに従い、対象となるシステム(人間関係、組織、市場、社会など)についての理解を一歩一歩関係者の間で広げて生きます。
1課題を設定する
システム思考は多面的に、全体像を追うプロセスであるために、最初に課題を設定していないと無限に広がったり、収集がつかなくなってしまう恐れもあります。一方で、見慣れた岸を離れなければ、新大陸は見つかることもありません。大海原への航海を始める前に、なぜその航海に出るのか、課題についてしっかりと定義すること、また、数多くの乗組員がいる場合には、そのことについてあらかじめ仮の合意をとっておくことが有効です。何について理解しようとしているのか、あるいは、どのようなビジョンをもっているのか、最初に話し合って書き留めておきます。(先のステップに進んでから、課題設定が適切ではないことに気づいたらいつでも戻って合意を取り直すとよいでしょう。)
2パターンを見る
結果が出ているかどうか、問題が起こっているかどうか、などは大変魅惑的であるために、私たちは出来事のレベルに目を奪われがちです。一方、どのような経過が積み重なってその出来事が起こっているのか、背後にある世の中の動きはどうなっているのかなどの大局については、意外とおろそかになりがちです。課題を定義した後、その課題の周りで何が起こっているのかをありのままに観察し、できるだけ俯瞰して見ることが重要です。その中に、あいまいさや矛盾、一筋縄にいかないような状況があったとしたら、それらがシステムの全体像を掴むヒントになるでしょう。このステップでは、通常関係者へのインタビューを行ったり、現場に観察に出かけます。そこでえた数多くの証言や写真・動画などを元にしながら、「時系列変化パターングラフ」というツールを使って、起こっている事象についてスナップショットではなく、ダイナミックなプロセスとして理解します。また、「鍵となる経営パフォーマンス指標(KPI)」「バランス・スコアカード」「(社会的)インパクト分析」などの指標の設計にも関係性が深いプロセスです。
3パターンを引き起こす構造を見る
「なぜシステムはそのように振る舞うのか?」システム思考のもっとも重要な原則は、パターンは構造の影響を受けるということです。たまたま行為者が誰であったからとか、外部要因の偶然が働いたと考えるのではなく、何が構造的にそのパターンを引き起こしているのか、繰り返し「なぜ」を問うていきます。構造を見る際にでも、できるだけ分野横断的に構造を捉え、とりわけ構造的な要因や構成する下位システム間で起こる相互作用に注目し、なぜそのダイナミックなパターンが起きているかについて説明する仮説をつくりあげ、そして検証を行います。このステップでは、さまざまなモデリングのツールが使われます。もっとも始めやすいのが、「ループ図」や「システム原型」といった基本ツールです。より本格的には、「ストック&フロー図」「XY関係図」「システム・ダイナミクス・モデル」(シミュレーション・モデル)や「ステークホルダー分析」「シナリオ分析」などが用いられます。
4働きかけを探る
システム思考のプロセスの前半のほとんどは、「なぜ今ままで/このままのパターンが起きているのか」というシステムの理解を広げ、深めるフェーズです。しっかりとシステムがどのような機序で振る舞うのかの理解を得たら、目的に合わせていかにシステムを再設計、再構築すべきかについて探ります。「施策分析」「代替戦略分析」とも言われるこのステップでは、「エントリーポイント分析」「レバレッジ・ポイント」「メンタル・モデル」「プレゼンシング」「三次ループ学習」といった概念を用いて、本質的で持続的な変化を生み出すことを目指します。
5行動計画を立てる
個人であるならば、具体的にどのような新しい行動を心がけ、また、どうすればその行動をとれる/とりやすくなるような構造を作れるかを書き留めます。さまざまな部門・部署・組織であるならば、新たな洞察やビジョンに基づく合意を文書化し、後のステップで関わるような結果のモニターやそのモニター状況に合わせて適応するためのプロセスについての施策まで入れ込むことが重要です。
6行動・実験する
もしシステム思考のプロセスで見出した働きかけが、個人やチームではありがちだが、経験あるマネジャーやチームならば繰り返し実行ができているような課題であったならば、何の躊躇もなく行動に移していってよいでしょう。一方、新規の市場や事業分野、プロジェクトなど未知のことが多い課題、あるいはまだ文明として効果的な対処策を実現できていないような複雑で今の時代に独特の課題に対処しようとしているときは、いきなり全面実施に移るよりも、リスクをコントロールした実験をするのが効果的です。デザイン思考での「プロトタイプ」フェーズや、U理論の「共実現」フェーズなどはシステム思考のプロセスの「実験」のステップに相当します。
7学習し、広げる
意図的に行った実験であれ、あるいは行動の結果の成功・失敗であれ、行動計画の中で振り返りのタイミングをあらかじめ設定してきます。チームとして未体験の分野であったならば、そのシステムに対して行動してみることで、システムの挙動を始めて理解できることがしばしばだからです。そこで新たに学んだことを抽出して、時系列変化パターングラフやループ図などの文書を更新します。システムについて理解が十分深まり、施策も十分に練られている段階になったら、より多くの資源を投下して、より広範囲に効果を広めて行くことを検討します。組織では、「学習ラボ」「アフター・アクション・レビュー」などのさまざまな振り返りと学習の手法を用いて、組織能力やシステムを継続的に改善していく「学習する組織」の手法を織り交ぜると効果的です。
ここでは、説明の都合上、順序立てて説明していますが、現実に規律に沿ってプロセスを回す際には、前の段階に戻るなどの行き来が生じることもしばしばです。また、未知の分野が多く、イノベーションを必要とする分野では、理解度の標準を緩め、サイクルを早く何度も回すことで学習スピードを高めるなどの工夫がされることもしばしばです。いずれにしても、まずシステム思考による未来創造・学習のプロセスの全体像を把握し、それぞれの段階で効果的な手法・ツールの活用を学ぶことをお奨めします。
ささいな問題を解決しても得るものは少ない。より大きな成功を導く経営方針や組織構造を見出すことを目標とすべきなのだ。
――ジェイ・フォレスター