サステナビリティ
サステナブル・フード・ラボ
いかに基盤となる環境を損ねることなく、世界の人口を養えるのか
投機や紛争などによって価格高騰がたびたび起こる食糧価格。その背景には、人口増やライフスタイルの変化によって伸び続ける食糧需要に対して、供給がようやく追いついている状況があります。農地開拓が進みながらも砂漠化によって農地面積は増えず、灌漑農法や化学肥料などによる土地当たり収量増加に頼っています。しかし、開拓のための森林伐採、水利用の限界、過剰な化学肥料の利用などによる生態系劣化や気候変動の影響によって、収量の伸びは心元ありません。
一方、世界の多くの小規模農家の中には生活賃金を稼げず、過酷な労働環境に晒され、その半分は栄養不良状態にあると言います。都市部へ人口は移動し、農村コミュニティは徐々に崩壊して、農業の先行きが危惧されています。
果たして世界の農業は、増え続ける人口を養うことができるのか? どうすれば農業の基盤となる土壌、気候、生態系を持続可能な状態に保ちながら供給できるのか? 文明の存続を左右しかねないこの重要な問題を、食糧需給に詳しい研究者は以前から指摘してきました。しかし、多くの企業にとってはこの問題の規模があまりにも大きすぎるため、全体には影響の及ぼしようもないきわめて小規模のパイロットプロジェクトを行うか、手をこまねいて見ているしかなかったのです。
一企業としては大きなことはできない。しかし、ほかの企業や政府、NGO、生産者たちと一緒ならば、大きな変化を生み出せるのではないか? 2004年に、志をもつ人たちが集まり、自分たちの思いを呼びかけ文に託して、「サステナブル・フード・ラボ(以下SFL)」という新しいプロジェクトを立ち上げました。
SFLは北米、ヨーロッパ、中南米、アフリカと、4大陸にまたがる大きなプロジェクトで、企業や政府、NGOなど多様な立場の人々が集まり、協働して、食料サプライチェーンにおける持続可能な食料システムをつくり出すことを共通の目的として発足しました。
チェンジ・エージェント社は、発足間もない時期からSFLの中心人物たちと親交を重ね、食の持続可能性に関する世界の動きについて学んできました。
立場を越えた協働による数々のプロジェクト成果
シスコとIPM研究所
北米の食品流通会社シスコは、IPM研究所と協力して、総合的病害虫管理(IPM)を活用することで、収量を維持しながら化学物質の使用量を半分以上減らし、初年度だけで14万キロを削減しました。環境を大幅に改善する農薬利用のガイドラインを策定し、購買基準に埋め込むことで、数多くのサプライヤーの調達・農業慣行の改善を達成しました。
コストコと豆類サプライチェーン
大手小売のコストコに勤める社内弁護士は、いかにグアテマラの零細農家への公正な支払いを行うかを課題として、サプライチェーン全体での損益状況の互いに開示するプロジェクトに取り組みました。交渉相手に損益状況を見せることは、どの会社にとっても簡単なことではありません。彼女は、まず自分の会社役員を説得して、まっさきに自社が開示することを宣言することで、ほかの会社の開示をとりつけます。その結果、生産者への支払額を見直して、「フェアトレード」といえるような取引構造を創り出しました。
カルフールとメイヤー財団、ビクトリア湖現地組織
深刻な漁業問題を抱えるアフリカのビクトリア湖に関して、スーパーマーケット・チェーンを展開するカルフールとメイヤー財団が、現地組織とともに漁業のあり方や貧困対策について話を進めています。
グリーンマウンテン・コーヒー・ロースターズ
アメリカのグリーンマウンテン・コーヒー・ロースターズ社はNGOと協力して、コーヒー畑の生産者が肥料を調達する際に、地域の貧困に与える影響を測る「貧困指標」を導入し、その生産者からコーヒーを買うかどうかを決めているといいます。
ユニリーバとWWF
大手食品メーカーでもあるユニリーバは、調達する魚について持続可能な漁業(MSC)認証取得、茶についてはNGOの認証を受ける方針を立て、消費者に価格転嫁をすることなく、サプライチェーン内の協力で効率的に認証プロセスをすすめ、すでにほとんどの商品は認証済みとなりました。
ユニリーバとレインフォレスト・アライアンス
ユニリーバはまた、世界の紅茶の12%を占めますが、商品の50%がレインフォレスト・アライアンスというNGOの有機認証を受けています。2012年までには残りの50%も認証付のものに替える計画です。
こうした先例が築かれることによって、今や欧米の小売り・食品業界の最大手が続々と、類似するプロジェクトに取り組みを始めています。SFLから数々の素晴らしいプロジェクトが生まれた一方で、食料サプライチェーンの持続可能性の挑戦は今なお続いています。こうした取り組みをニッチェに終わらせるのではなく、私の日常的に購入する食料の大半が、人にとっても環境にとっても持続可能な活動によって供給、消費されていく必要があります。
私たちは、先進的な行動を取る企業やNGO、研究所などの存在をもっと認識し、市民、消費者、購買者、投資家として、よい取り組みを応援することで、システムチェンジのムーブメントの一部となれるのではないでしょうか。
SFLを支える方法論
SFLの活動には、ピーター・センゲ、オットー・シャーマー、アダム・カヘンなど学習する組織の実践者たちが関与し、SFLに参加するメンバーたちのリーダーシップ開発を支えました。サラリーパーソンではなしえないような熱意と勇気に満ちた数々の行動を誘発し、また、そうしたメンバー同士の交流は互いに感化して、個と集団の能力を高めてきました。
また、学習する組織の5つのディシプリンを活用する過程で、U理論、システム・リーダーシップなどの方法論も生まれています。こうした方法論を、チェンジ・エージェント社では日本でサステナビリティに向けて活動する個人や組織に向けて、普及を図っています。
SFLに関連する記事
- 学習する組織入門(10)「学習する組織の実践事例(3)」
SFLについて、学習する組織の実践の視点から紹介しています。 - 世界のチェンジ・エージェント(3)アダム・カヘン氏(後編)
SFLの「マルチステークホルダー・プロセス」について紹介しています。 - 小田理一郎「組織や社会の変革はどのように起こるか―システム思考による変化の理論と実践」(5)サプライ・チェーンに起こった変化