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『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』監訳者による解説(3)変化の理論(セオリー・オブ・チェンジ)

2018年11月15日

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システム思考の新たな実践ガイドの翻訳を手がけました。ソーシャルセクターで注目を集める「コレクティブ・インパクト」の実践書となっています。『社会変革のためのシステム思考実践ガイドーー共に解決策を見いだし、コレクティブ・インパクトを創造する』(11月16日発売)

著者ディヴィッド・ストローが関わった豊富な社会変革事例をもとに、システム思考の実務的なプロセスをわかりやすく解説しています。本書の「監訳者による解説」を出版社からの許可得て出版に先立って掲載します。

今後注目される変化の理論(セオリー・オブ・チェンジ)

近年、多くの基金、財団、資金助成団体などが、プログラム申請の際に「変化の理論」の作成添付を必須条件とするケースが増えてきています。また、ソーシャルインパクトを計測するための指標設計や、インパクトを生み出す際の費用対効果を測るSROI認証などでも変化の理論が求められるようになっています。今後、企業関連の資金や投資資金がソーシャルインパクトを生み出そうとする事業に流れるに従い、このトレンドはますます強まっていくでしょう。

変化の理論とは、社会問題に関わるプログラムの計画、評価、そして利害関係者たちによる参画の方法論です。具体的にはある文脈の中で望ましい変化が、なぜ、どのように起こるかを包括的にわかりやすく描写した理論です(学術的な意味の理論や一般的な法則を示すものではなく、特定の文脈における特定のビジョン実現に向けたプロセスとして現場で共有・実践される理論を指します)。

変化の理論の主体は、しばしば政府、企業や非営利団体などの単体の組織という枠組みを超えて、顧客や受益者を含めた関係者全般となります。それぞれの関係者にとって、どのような条件が整うことで変化が起こるのか、また、その条件を満たすために、それぞれの関係者たちがどのような介入を行うかを明示し、互いの組織やプログラムの関係性を明らかにします。

本書の11章では「成功増幅」と「目標達成」という二つのシステム的な変化の理論が説明されています。詳細については本書を参照にしていただければと思いますが、ひとたび、変化の理論が明らかになれば、それを見せるべき相手によってシステム図の抽象度を調整することが有用です。たとえば意思決定者や一般市民向けには、シンプルに作り直した好循環のモデルのほうがわかりやすいでしょう。また、実務者向けには、より詳細なシステム図のほうが、自分たちがそれぞれの介入で求められるアクションに、どんな文脈や条件があるか、あるいは、どのような状況やKPIをモニターする必要があるのか、などを明らかにしてくれます。

ちなみに、本書で紹介するシステム的な変化の理論以外に、さまざまな形の変化の理論が運用で用いられています。英語で「Theory of Change」と検索をしてみると、実にさまざまな解釈や運用がなされています。

古くから社会課題分野においてプログラムの目的や活動を定義する際に使われてきたのが「ロジックモデル」です。ロジックモデルとは、ある施策がその目的を達成するに至るまでの論理的な因果関係を明示したものであり、それを以て「変化の理論」になりうると主張する団体も多くあります。典型的には、「投入(インプット)→活動(アクティビティ) → 産出(アウトプット)→成果(アウトカム)」という一連の流れを図で表して表現されます(本書354頁を参照)

ロジックモデルのメリットは、組織内から見えやすい「投入(インプット)→活動(アクティビティ) → 産出(アウトプット)→成果(アウトカム)」の枠組みを超えて、その先にある顧客や受益者にとっての成果を明示的に考えられることです。現場は目の前の活動や産出に目を向けがちですが、ロジックモデルによって、活動や産出が、どのような成果あるいはその先にある究極の目標や生み出したい影響につながるのかを理解し、より上位の目的を意識しながら行動することが期待できます。また、反対に経営陣や行政機関などは、最終的な目標にばかり焦点を当てがちですが、ロジックモデルによってどのようなプロセスが目標とする長期的成果に至るかを認識することで、より適切な時間軸で期待を設定すると共に、当面現れる成果や先行指標の重要性を理解するでしょう。

ロジックモデルにはメリットがある一方で、現場の運用においては問題があ るとの声がよくきかれます。それは、ものごとを線形に考えているため、現実 の社会システムの姿や現場の実態を捉えきれないからです。計画をする組織が 自組織の活動を起点に産出、成果を順次考えていくと、成果や究極の目標に資する結果につながることを意識しすぎるあまりに、自組織の活動以外に必要となる諸条件や、自組織が意図せずつくってしまうマイナスの影響を軽視しがちです。しかし、システム思考が示すとおり、現実の社会システムというものは、フィードバックによる循環構造や蓄積の構造、さまざまな変化における時間的遅れなどがありますが、これらのシステム的な構造がどのように活動や成果に 作用しているか、ということはロジックモデルに反映されていません。こうした作用をふまえないロジックモデルは、予期せぬ結果や副作用、リソースの浪費ばかりを生み出し、本書に示しているように意図する問題解決や目標達成がままならない状況を生み出しがちです。

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ロジックモデルは経済開発や社会問題の分野で広く普及しているものの、現実的な観点から、モデルのとおりにことが運ぶ可能性が低いという欠点のため、多くの国ではシステム思考のアプローチなどで補完することが要求されています。つまり、まずはシステム思考を用いて「As Is(今の現実の構造)」と「 To Be(望ましい構造)」を描き、そのあとに必要なエッセンスを抽出してロジックモデルに落とし込んでいけば、より現実的なモデルとなることが期待されているのです。しかし、現実の重要な要素の多くを除外してしまっている線形のモデルの限界は認識しておく必要があるでしょう。

「変化の理論」は、実のところ、ロジックモデルの問題を克服し、より効果的な方法論を確立するために、リーダーシップ開発や社会的事業の研究を行う〈アスペン・インスティテュート〉における専門家たちの対話によって開発された方法論です。この方法論で作成するのは、ロジックモデルよりも包括的な「アウトカム・パスウェイ」と呼ばれる図です。

アウトカム・パスウェイでは、社会課題に関わる利害関係者たちを集めた参画プロセスを通じて、まず最終的に創出したい数年〜数十年先の未来における具体的な社会の変化(ビジョン)を策定し、未来のビジョンを起点として何が変化しなくてはならないかを遡る「バックキャスティング」のアプローチが特徴です。長期的な目標(ゴール)を具体化した長期成果を定め、そして中期、短期にそれぞれどのような成果が生ずる必要があるのか、どのような前提条件が必要となるか、を明示した図を作成します(本書356頁参照)。

アウトカム・パスウェイを作った後に、それぞれの成果を挙げるためにどのような促進要因や阻害要因があるのか、また、関係する諸組織・団体がどの成果を生み出すことをミッションとして掲げ、そのミッション達成のためにどのような投入、活動、産出を行うのかについて、集まった人たちで話し合います。最終的には、諸関係者たちの介入によって、なぜ、どのように変化が起こるかの物語を書きあげます。

線形の思考では該当プログラムによる貢献を過大に見積もり、他の必要条件を過小に見積もる我田引水のような思考になりがちです。しかし、アウトカム・パスウェイのように長期、中期、短期の成果の始点から遡って、自組織のミッションや活動内容を検討することで、望ましい変化が起きるための前提や他組織の成果について必要となる条件を包括的に捉えやすくなります。

変化の理論を作成する際に最も重要なのが、多様な利害関係者たちの参画による学習プロセスです。それによってシステムに関わるさまざまな関係者や要素を表現できるため、より現実的な変化の理論を描きやすくなるでしょう。個人や組織がそれぞれ単独で考えると、「当然他の利害関係者が前提条件を整えてくれるだろう」「自分たちの焦点を当てるべきはこの範囲だけで十分だろう」と狭い視野になりがちです。しかし、利害関係者たちが集まって互いにどのような前提条件をもっているか、期待しているかなどを明示しながら話し合うことによって、何がボトルネックかについての理解を深めることができます。また、意図せず他者の抵抗を招き入れ、自らの成果にとっても前提条件となる要因に悪影響を与えることを避けられるようにもなるでしょう。このようにして、同じ社会問題に関わる複数の組織やプログラム間において、その関係性や位置づけが明らかになります。

変化の理論は、単に計画や評価のための方法論にとどまることなく、透明性ある包摂(インクルージョン)とエンゲージメントによって、社会の中の組織・個人間の適切なパワー・ダイナミクスを整えるプロセスでもあります。

あなたの組織に求められる変化の理論が仮にロジックモデルの形式をとっていたにしても、ここに紹介したアウトカム・パスウェイの形式であったにしても、本書にあるシステム全体から招集すること、そしてシステム的に考えることによって、より多くの関係者たちの共通理解や調和した行動をもたらし、望ましい成果を実現する可能性を高めることができるでしょう。

よりよい未来に向けて

システム思考を実践することは、事業、職場、家族、そして個人の諸課題にも応用可能です。日々の出来事レベルのさまざまな問題にただ反応的に対処するのではなく、大局、全体像、根本まで考えて取り組むことによって、よりよい成果と豊かな人生をもたらしてくれます。

同時に、視野が広がることによって、自分自身の行動や身の回りにも存在する、社会や環境の問題に気づきやすくなります。ジェイ・フォレスター、ドネラ・メドウズ、ピーター・センゲ、デイヴィッド・ストローはじめ多くのシステム思考家たちは、社会・環境問題への貢献に人生の多くの時間を投じました。まさに、「義を見て動かざるは勇なきなり」、気づいたことから自分自身や身の回りの変化に取り組むことは可能なのです。

「世界を変える」と言うとき、一人で80億もいるすべての人類の行動を変えようとするのはもちろん現実的ではありません。自分の身の回りの現実の世界を考えてみるのはいかがでしょうか。あなたが心血を注いで変えたいと思う「世界」の範囲は、どれくらいの範囲でしょうか?

自分の家族や友人など数人かもしれないし、数十〜数百人いるコミュニティや職場かも知れません。あるいは人によってはもっと広い範囲で数多くの人を対象にするかも知れません。それぞれの世界がよくなり、また、その世界を包み込むさらに大きな世界の中でそれぞれの世界が互恵的な関係を紡いでいければ、その周りに変化が広がっていきます。100人いる組織やコミュニティのシステム構造を改善する変化の担い手が、800万人集まれば、結果的に世界が大きく変わります。

目の前にいる一人ひとり、そして一つひとつの課題にじっくりと向き合うこと、そしてシステム思考家としてのあり方を探求する道を歩み続けることは、人生をとても意義深いものにしてくれると実感しています。より多くの人の人生を豊かにしながら、社会や環境の問題も解決される世の中となっていくことに、本書が役立つことを願っています。

本書を上梓するにあたり、システム思考や学習する組織の恩師であるデニス・メドウズ氏、故ドネラ・メドウズ氏、ピーター・センゲ氏ら数多くの方たちに感謝の意を表します。また、世界各地で環境・社会問題に取り組む実践者と研究者の国際ネットワーク〈バラトン・グループ〉の仲間たちにはさまざまな問題構造の理解を助けてくれました。また、日本でそれぞれの分野・地域で取り組み、システム思考や学習する組織を導入線とする実践家たちとの議論や行動によって、日本で展開するうえでの実践的な智慧をいただきました。冒頭にまえがきを加えてくれている井上英之さんも、そうした同志の一人です。

捉えづらいシステム思考の文章を何度も練り直すのに、翻訳を一緒に進めた中小路佳代子さん、編集の下田理さんにも大変お世話になりました。

そして、この本を手に取り、読んで下さった読者の方に感謝申し上げます。この本が何らかの気づきにつながり、ものごとの見方や考え方について考えるきっかけになればうれしく思います。自分が生まれたときよりも、よりよい社会を後世に残す連鎖が続くことを、心より願っています。

2018年10月
小田理一郎

(1)「社会変革とシステム思考」
(2)「システム的に考える実践上の10のコツ」

『社会変革のためのシステム思考実践ガイドーー共に解決策を見いだし、コレクティブ・インパクトを創造する』(11/16発売)

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