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本記事ではループ図(因果ループ図)を学び始めてしばしば出てくる疑問や質問について解説します。今回とりあげる疑問は、「変数を矢印で結んでもとの変数に戻ってきても、フィードバックループとは限らない」についてです。
循環を描く図やチャートは数あまたありますが、何がフィードバックループであり、何がフィードバックループではないでしょうか? 下記に3つの循環を表した図がありますが、どれがフィードバックループで、どれがフィードバックループではないかわかりますか?
図1 循環を示す3つの例
アクションが順序だてられる場合
左上の図から見ていきましょう。この図では、「具体的な体験=>内省的な観察=>抽象的な概念化=>積極的な実験」の循環が描かれています。これはフィードバックループでしょうか?
フィードバックループかどうか見極める場合には、変数として表現された事象の量や質の増減が別の変数の量や質の増減に影響を与えているか、あるいはその影響はどのような性質かを元にして、フィードバックの有無や性質を判断します。さらに、循環の結果、変数がある方向に伸び続ける場合は自己強化型フィードバックを形成して、他の影響が弱い場合には指数関数的な成長をもたらします。一方で、バランス型フィードバックの場合にはある範囲内での挙動にとどまり、結果や状態を表す変数は収束していきます。
図1左上は一見、矢印はすべて「S(同)」となりそうで、自己強化型ループのように見えなくもないです。しかし、実験や体験は増えなくもありませんが、「内省的な観察」や「抽象的な概念化」が増え続ける自己強化型のパターンをとるとは言い切れない様子が浮かび上がってきます。
ここで表現される変数間の矢印は、「これを行ったら、次にそれを行う」という、アクションの順序を示しています。一方で、フィードバックループに求められる量や質の増減への影響の因果関係を明確に示すものではありません。こうしたアクションの順序を示す循環は、一般に「サイクル」と呼ばれます。
アクションではありませんが、わかりやすい例で言えば、四季のサイクルです。「春の後には夏が来る、夏の後には秋が来る、、、」と言った具合に事象が順次起こっていきます。しかし、春夏秋冬は基本それぞれ年に1回ずつのまま変わりませんし、春の日数や春らしさが増えたとしても、夏の日数や夏らしさが増えるとは限りません。単に、「春の後に夏が来る」といった事象を示すだけです。これは、ループ図で示す増減の影響の因果関係には相当しません。つまり、「○○が起こったら、その後に□□が起こる」というアクションや事象の順序を示しているとき、それら変数の量や質の増減に影響がなければフィードバックループを構築する因果関係とはみなされないのです。
図1左上が示すのは、「コルブの経験学習サイクル」と呼ばれる知識や学習を最適化するための、アクションの順序を示しているものです。変数名を調整すれば、フィードバックループになりうるかもしれませんが、図に示した変数名を前提にすると、その量や質の増減があいまい過ぎて因果関係の向きの判定が難しいものになっています。
この例と同様にアクションのサイクルを示している例として、PDCAサイクル(計画、実行、評価、見直し)や、OODAサイクル(観察、方向付け、実行、見直し)など、より成功確率を高めるためにどのように一連のアクションを実行するかを示しています。同時に、これらの変数表記は必ずしも各変数の量や質を表すとは限りません。
もし単に何かのアクションや事象の順序をループ図に書き込んでいるとしたら、あらためて問い直しましょう。それぞれの矢印の原因と結果の関係について、原因の変数の量や質が、結果の変数の量や変数にどのような影響を与えているでしょうか? 単にアクションや事象の順序を表しているとしたら、それ自体はフィードバックループではなく、いわゆる一連のアクションのサイクルを示すに過ぎないかもしれません。
物質の循環
次に、図1の右上を見てみましょう。ここではすべて炭素の量が、どのような場所にあるかを示しています。炭素が植物内、動物内、土壌内、あるいは大気中にあるかの場所の移動を示しはしますが、植物内の炭素が増えてその後も増え続ける、あるいはそれぞれの場所での炭素の量が増え続けるということを意味するものではありません。むしろ、質量保存の法則が働き、ある場所で増えるとその他の場所では減少する、あるいはその反対の挙動示します。
ここで図に表現されている矢印も、因果関係あるいは因果による増減の影響を示しているわけではなく、単に物質がある場所から別の場所に移動を示すものです。土壌中、植物中、動物中、大気中の炭素の量は、総量としては一定である*ものの、場所を変わる過程で次の変数に向かう矢印は増加の方向と減少の方向と双方の変化を含意するものであり、因果関係の向きとは独立した流れを示しています。
*この図には人間活動が含まれていませんが、人間活動を含むと特に大気中の炭素量をシステム的に増やしています。
こうした流れ(フロー)のことを、「マテリアル・フロー」と呼び、あるいは炭素などの元素がどのように移動するかを示す「炭素サイクル」などと呼ばれるフローの性質を示します。こうしたマテリアル・フローの一部は、変数間の因果関係を示す一方で、別の部分、例えばアウトフローを示す箇所は、因果関係ではなく物質の移動経路を示すにとどまります。こうしたサイクルは、フィードバックを表すループ図よりも、物質などの循環を示すストック&フロー図が活用されます。こうしたストック&フロー図の表現で示される実践的な課題の中には、仕事やプロジェクトのマネジメントにおける出戻り、つまりリワークを表現した「リワークサイクル」や資源の3Rを示すリサイクル・リワークなどのフロー、あるいは、農林水産業に伴う炭素サイクル、窒素サイクルなどがしばしば議論の対象になります。
因果による循環
冒頭の図で示した循環において、いわゆるフィードバックを示すのは、下段の図のみということになります。「少数派への偏見」が増すと「少数派への差別(の現れとなる認識や行動)」が増加します。そうすると、少数派の人の教育や就業、その他の「アクセスへの機会」が減少します。そうすると「少数派の成功達成」の量も減少するでしょう。そうすると、世間で注目されるような結果を出していない少数派への偏見はますます増加し、そうなることで小数派への差別、機会、達成量はますます増加していくことでしょう。
このような変数の増減を表す関係性が循環しているとき、フィードバックループとみなされるわけです。変数名は単にアクションを示すのではなく、状態や行動の量や質などを表現する変数名となります。そうした意味では、アクションのサイクルでも、行動の量や質の概念を含めることで因果関係が見いだされる場合もあります。
図1左上のコルブの経験学習サイクルによるアクションの結果何が生じるかについて考えて見ましょう。例えば、「積極的な実験」を心がけることによって「新たな仮説による行動」の頻度や回数が増えるでしょう。それによって「観察対象の経験」や「実験データ」が蓄積するかもしれません。それに「内省的な省察」のアクションをとることで、導き出された「洞察」「意味合い」「表出化された知識」などが導かれるでしょう。そして、「抽象的な概念化」によって「表出化・共有された知識」や「発見された課題」が増えるでしょう。それに対して「積極的な実験」を行えば「新たな仮説による行動」の量はさらに増えることにつながりえます。何度もこのサイクルを意識的に循環させる組織においては、経験の量・質、表出化・共有された知識の量は増大しつづけていくでしょう。
図2 コルブの経験学習サイクルから得られた自己強化型の学習
ストック&フロー図でマテリアル・フローを表現する
ここからは上級編で専門的な内容が入ってきます。
図3a 炭素循環の一部(ストック&フロー図)
マテリアル・フローの循環を表すには、ストック&フロー図を活用して表現するのが一般的です。図3aがその例ですが、四角形で囲まれたストック変数と呼ばれる変数の間を、水の流れるパイプを想起するような二本線の矢印を引くことで、因果関係の矢印と区別する表記を行います。また、三角形2つが蝶のようになっている印は、パイプの弁をイメージして、矢印の方向へ流れ、ストック変数に入るものがインフロー、出るものがアウトフロー、そして流れが連鎖する場合はあるアウトフローが別のインフローへと連結しています。(システムの境界の外からはいってくるフローの場合は雲を使いますが、図3aには含まれていません)。こうした変数を明記することで、システムへの理解が深まるでしょう。
なお、流入するインフロー変数はそのフローによって何かが増加する因果関係がありますので、ループ図の場合の一本線の矢印が同じ方向に進めます。流出するアウトフローの場合は、ストックに依存している意味での因果関係が間接的にはありうるものの、直接的にはアウトフローがストックを減少させる逆向きの因果関係があります。この点で、ストック&フロー図も因果関係を含意するものの、因果の連鎖としてのフィードバックを直接表現はしていません。
図3b 炭素循環の一部(ループ図)
もしストック&フロー図ではなく、ループ図で炭素循環を表そうとするならば、図3bのようになります。例えば、植物の量が増えて、光合成や土壌からの吸収によって植物内の炭素量が増加すると、それを食する動物にとって餌が豊富な状態になって動物の個体数が増加し草食(B1)を促します。それによって、植物内の炭素量が減少するバランス型フィードバックが機能します。同様に腐敗(B2)や呼吸、燃焼など(B3)で炭素量の増加にはチェックがかかることとなります。動物内にある炭素量、土壌中にある炭素量、大気中にある炭素量のそれぞれに、増加要因がある一方で、増えすぎると減少させるバランス型フィードバックが働く(B4~B8)ゆえに、時間に関するパラメータの違いによって振動することはあっても、原則ある一定の範囲内に収まります。
2つのストック変数間のつながりの外郭には、因果関係の向きを数えると自己強化型フィードバックループがあるようにも見受けますが、これは形式的なものに過ぎず、ストック間の炭素の移動が起こるということは移動先の炭素増加分と同量の炭素が移動元で減少する(質量保存の法則)ために支配的になることはありません。形式的に因果関係のループが閉じたとしても、時間展開の中で力をもつことのないものはループとして認識する必要はありません。ループ図は、実際に起こっている現象を時系列変化パターングラフやストーリーとして認識し、今までに起きているパターン(参照モード)を説明するものです。実際には起きていないこと、起きえないことの説明は行わないものと認識するとよいでしょう。
一方で、説明したいことが生物の大量絶滅やある地域の範囲で多様性の高い森林が砂漠化するなど生態系の不可逆的な遷移を起こしたことの場合、土壌の栄養元も容易に活用できないほど散逸あるいは流出する、あるいは光合成が制限されるほど日射が減るなど、植物・動物・土壌の間の物質循環バランスが崩れることで、植物も動物もその量が連鎖的に減少したことも歴史上ありました。そうした生態系の崩壊を示す場合には、悪循環の自己強化型フィードバックを明示的に記述、説明する必要もあるでしょう。
なお、実測としてこの百数十年ほどの間、大気中の二酸化炭素、メタンガスなど炭素量が増加し続けていますが、この現象は図3a, 3bでは説明できません。つまり、化石燃料の形成と燃焼など別のマテリアル・フローを追加し、さらにはどのような人間活動が炭素循環に影響を与えているかを書き加える必要があります。図3bに化石燃料の影響や人間の活動を加えるとどのようなループ図を描くことができるでしょうか。是非チャレンジしてみてください。
ループ図クリニックのポイント
今回のポイントのまとめです。一見循環を示すような図があったとしても、それがフィードバックループとは限らないことを認識しましょう。アクションの順序を示すサイクルや、物質の移動経路を示すマテリアル・フローとの峻別を意識することで、ループ図の有用性や描き方への意識が高まります。
循環を考えることは論理的思考に対するシステム思考の特徴である一方で、循環があるからといってそのすべてがフィードバックループとは限りません。矢印の結びつけ方について、原因および結果の増減の向きを見る、あるいは循環した結果がある変数の増減を強化し続けるのか、あるいは収束に向かうかを判定するのがシステム思考の基本的実践にほかなりません。フィードバックループと単なる循環の違いに留意しましょう。
執筆:小田理一郎
参考:
George Richardson, "Getting Started on the Right Foot with System Dynamics Modeling" (Lecture Note)
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参考図書
- ジョン・スターマン『システム思考』
- ドネラ・メドウズ『世界はシステムで動く』
- ディヴィッド・ストロー『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』
- 枝廣淳子・小田理一郎『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか』
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- 小田理一郎『学習する組織入門』