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枝廣さんに聞いた「現代に効く」東洋思想の力(2)

2022年03月30日

チェンジ・エージェントでは数年前から「東洋思想からの学び」リーダーシップセミナーを展開しています。これまで、論語、大学、重職心得箇条、貞観政要などの古典をテーマに、「これからの時代に必要なリーダーシップ」について、対話を通して、参加者と一緒に探求してきました。中国古典をはじめとした東洋思想から、現代に生きる私たちが得られる学びとは何なのでしょうか。セミナーの講師で、『ぶれない軸をつくる東洋思想の力』(光文社新書)著者、チェンジ・エージェント会長の枝廣さんに話を聞きました。今回はその第二弾です。


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ー東洋思想のセミナーのシリーズが始まったのが2019年夏でした。近年、世界的にはアップルの故スティーブ・ジョブズ、NBAの名監督だったフィル・ジャクソンらが東洋思想に着目したリーダーとして知られて以来、国内外で禅や東洋思想への注目が高まっていますね。枝廣さんが東洋思想に注目されたのはどうしてでしょうか。

私が最初に東洋思想に関心を持ったのは大学を出た頃でした。先日、20代の頃の日記が出てきたのですが、「東洋思想を勉強したい」と書いてあるのを見つけました。その頃から何か心惹かれるものがあったようです。

本格的に学びはじめたのは、2011年の3.11(東日本大震災)がきっかけでしたが、それ以前から、特に環境問題に取り組むようになって関心が強くなっていきました。これまでの近代西洋思想が、効率化の最大化を進め、経済や社会の成長(量的拡大)を進め、私たちの生活水準を上げてきたのは間違いありません。しかし、それがゆきすぎて、しかもストップをかけるものがないことから、いろいろな環境問題が出てきているのではないか、と感じるようになったのです。ゆきすぎた西洋近代思考が作り出す弊害があまりにも大きくなっているとしたら、西洋的な考え方の良さを残しつつも、それを正す上での解は東洋にあるのではないか。そう思ったのは私だけではありません。米国や欧州で環境問題に取り組んでいる人たちの中にも、同じように思って、仏教など東洋思想の勉強を始める人がいました。「環境問題や持続可能性の問題を、より広く深く考えるために東洋思想の力を借りたい」ーーこれが私が東洋思想を勉強し始めたきっかけでした。

そして、勉強を始めてみると、環境問題ではなく、私たちの生き方や、日々の過ごし方、勉強の仕方、人間関係、そしてリーダーシップのあり方など、ありとあらゆることに役に立つ知恵の宝庫だということがわかってきました。そこで自分で勉強するだけではなく、多くの方に知ってほしい、活用してほしい、と思うようになったのがセミナーをはじめた動機です。

ーこれまでに東洋思想セミナーを受講いただいた方からも「西洋思想と東洋思想の違い」について興味深いと感想をいただくことが多いですね。

私たちは、西洋型の思考には小さい時から慣れ親しんでいますよね。また、企業や組織ではとくに顕著で、「数値で測れるものが重要」「いかに効率を上げていくか」という考え方が非常に強いです。それに対して、東洋思想は、まったく違う視点や考え方を提供してくれます。西洋型の考え方と東洋型の考え方は、どちらが優れている、というものはありません。

言ってみれば、ロジカルシンキングとシステムシンキングのようなもので、相補的だと思っています。私たちはシステム思考を重視していますが、ロジカルシンキングよりシステム思考が優れていると思っているからではありません。ロジカルシンキングが物事を細分化して考えていく方法であるとしたら、システム思考はそれを再統合する方法です。両方とも大事なのです。

とくに組織のトップの立場にいる人は、自分がどのような決断をするかが組織に大きい影響を与えますから、決断するに際して部分的な見方に偏るのではなく、より幅広くものごとを見ていく必要があります。そのとき、いつもの自分の物の見方・思考法を補うものとして、システム思考も東洋思想も大事だと思っています。現在の私たちの生き方や考え方は、あまりにも西洋型の思考やロジカルシンキングに寄りすぎています。バランスを取り戻すという意味でも、幅を広げるという意味でも、改めて東洋思想を学ぶことが大事だと思っています。そのように感じていらっしゃる方は少なくないのではないでしょうか? だから、先ほどのような感想を頂くのではないかと思っています。

実際にビジネスパーソン向けにこの講座をやらせてもらうたびに、東洋思想が教えてくれることの幅の広さに感動します。隣人や友人、家族のことで日々悩んでいるといった日常的な悩みにもヒントを与えてくれるし、1000人、2000人の組織をどうリードしていけばよいかということにも具体的な例や考え方、鍵となるものは何かを教えてくれる。どういう社会や国家を作ったらよいかという、より大きな問いにも示唆をくれます。問題の種類や大小を問わず、普遍的な知恵が得られるということで、東洋思想の魅力の1つだと感じています。リーダーシップのために参加された方も、個人の問題や悩みに対するヒントも得て頂いているだろうと思います。自分の人生やあり方といったところまで考えを深めることができるのが東洋思想のすごいところだと思います。

「ぶれない軸」のつくり方

ーこれまでのセミナーでは変化の激しいVUCA時代だからこそ、ぶれない軸をもつために重要な示唆を与えてくる東洋思想の力にも注目してきました。ぶれない軸とはどんなものでしょうか。

柔軟でしなやかで軽やかだけれど、自分としての大事な「決して譲れないもの」もしっかり持っていること。"変化とダンスしている"ようすをイメージするとわかりやすいかもしれません。「変化や時代に左右されない」とか「軸」というと、「がっちりして動かないから、ぶれない」というイメージを持つかもしれませんが、そうではないのです。見た目はもしかしたら揺れ動いて見えるかもしれないけれど、風にそよぐ竹のようなものです。竹はしなやかに揺れるけれど、土台である根っこは絶対動かないですよね。逆に、根っこがしっかりしているから、しなやかに揺れることができる。自分の根っこがしっかりとあるから、どんな人の意見にも耳を傾けることができるし、荒々しい時代の変化にもついていくことができる。しなやかに、いなしたりかわしたりすることができる。そういったしなやかな強さを私は「ぶれない軸」と呼んでいます。

ーぶれないリーダー(人)とぶれるリーダー(人)の違いはどんなものだと考えていますか?

ひとつには、自分の中に我欲があるとぶれます。東洋思想で繰り返し言っているのは、「欲に左右されない自分になる」ということです。自分の人格を修養することで、優れたリーダーになっていくのです。そのとき、自分がどう評価されるかにこだわったり、より多く欲しいとか、昇進したいなど、我欲があるとぶれるんですよね。その我欲につけこんで、だれかがあなたにいうことをきかせようとするかもしれません。人は、世の中の誘惑に負けてぶれてしまいやすいものです。

本当にぶれない人というのは、色々な誘惑、例えばビジネスで言うと、儲かるけど裏のある話などにも、泰然としていられることだと思います。たとえ誘惑に負けてやったことが表面的にはうまくいったとしても、自分自身は自分がやったこと、考えたことを見ていますから、自分に対して禍根を残すことになる。仏教は「欲を無くせ」と教えます。一方、中国古典の儒教などでは、人間に欲があるのは普通だが、「欲に振り回されてはいけない」と教えます。この教えを体得することができれば、どんな誘惑があっても、自分が一番大事にしているぶれない軸を守り続けることができるのだと思います。

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東洋思想からえられる「情報」とは違うもの

ーコロナ禍でますます、不確実性が高まり、ぶれずにいることが難しい時代でもあるように思います。

東洋思想はおよそ2000~3000年ほど前の教えを今でも受け継いできているものです。その間には、今以上に先の見えない時代もあったことでしょう。そういった中でも受け継がれてきたものの強さがあります。流行っては廃れるハウツー本とは違う、先の見えない時代をいくつも乗り越えてきたものの骨の太い強さがあります。

東洋思想は、「情報」ではありません。私たちは日々情報を消費するのに慣れていますが、消費されてしまう情報ではないのです。では、東洋思想とは何か?と問われたら、ひとつには「鏡のようなものだ」とお答えしています。自分は今どういう人間であるかを映し出す鏡です。もうひとつは、私たちの人格を磨き続ける「砥石」です。例えば西郷隆盛は、今度の4月15日にも取り上げる『言志四録』1133条の中から101条を自分で選んで書き写し、常に手元に置いていました。面白いのは、自分が選んだ101条を何度も書き写しなおしているのです。「情報」であれば、1回書き写しておけばよいはずですが、そうではない。西郷隆盛は、繰り返し繰り返し書き写しながら、「自分は今どうなのか」「前に書いた時と比べて自分は変わっているのか」と自己を省みて高めようとしていたのでしょう。西郷隆盛にとって、その101条は、自分を磨き高める砥石だったのです。東洋思想はこのように、周りがどう変わろうと、先が見えようと見えまいと、絶えず自分を作りあげる、高めていく土台を提供してくれると思っています。

もうひとつ、『老子』や『中庸』などで、一番大事なこととして問うているのは、「人間とは何か」ということです。「あるべき人間の姿とは何か」を語っている、もしくは問うているのです。「リーダーはこういうときにこうしたらいいです」というアドバイスのレベルではなく、そもそも人間とはどういう存在なのか、そういった人間をリードするリーダーはどういう存在であらねばならないかということを語っている、問うているのです。

とくに先が見えない時代だからこそ、みんな不安になります。不安になると、どっしりと構えている人のところにみんな集まりますよね。リーダーがみんなと同じように、状況に振り回されてふらふらしていたら、安心して頼れません。リーダーは、みんなが慌てふためいているからこそ、見えないことも落ち着いてしっかり見て、適切な対処をしていけることが大切なのです。答えの出ない時代だからこそ、小手先のアドバイス・レベルではなく、東洋思想が伝える、または突きつける「人間とは何者か」、「リーダーとはどうあるべきか」を考え抜き、を身につけることが大事なのです。

ー 少し話は変わりますが、今はさまざまな企業や団体がSDGsへの対応を打ち出し、実際に取り組んでいます。しかし、本質的ではなかったり、手応えが感じられないという話をきくことがあります。

何か物事を見るときに、「いかに長期的な視点で、かつ、深く根本を見るか」は東洋思想の教えの1つなのです。そういったものの見方で、SDGsをとらえてみるとよいと思います。根本的に大切な事を言い続けても、今の資本主義社会では全てが受け入れられるとは限らないし、実際の対応は、もしかしたらもう少し短期的・刹那的にならざるをえないかもしれない。それでも、根本的に大切なことをわかった上でやっていれば、次のチャンスに本当にやるべきことに近づいていけると思うんですね。長期的・根本的な見方は、そういった戦略を考える上でも、大事な視点を提供してくれると思います。

物事の本質にせまるきっかけとしての東洋思想

ーチェンジ・エージェントでは持続可能な社会に向けて、変化をつくり出す人を応援していますが、組織や社会で変化をつくり出そうとする人へのヒントがあれば教えてください。

今の現状やこれまでのやり方・考え方に縛られないことがとても大事です。では、凝り固まった状況や思考から自由になるには、どうしたらよいのか? 「学習する組織」でいう、「保留すること」や「メンタルモデル」の理解が役に立つでしょう。

東洋思想では、「過去の優れたリーダーは、何をどのように考えて行動したか」を学ぶことができます。それらが鏡の役割をしてくれて、今自分がやろうとしていることが、例えば「小さいな」とか「本質的じゃないな」ということに自ら気がつき、もっと本質的な変化を作り出そうというきっかけになることもあります。以前にセミナーで取り上げた『貞観政要』は、かなり具体的に、リーダーが何を考え、どういうことをやっているか、周りの人達とどういうやり取りしているか、何がうまくいって、何はなかなかうまくいかなかったか、という事例集でもありますから、具体的なヒントもいっぱい見つかります。

優れたリーダーが、自分の弱みを乗り越えて、どうやって人々をリードし、良い時代を作ってきたかという素晴らしいお手本も東洋思想にはいろいろあります。それらを学ぶことで奮い立ち、モチベーションを保つ上でも役に立つと思います。

ー最後に東洋思想セミナーや東洋思想に関心のある方にメッセージをお願いします。

東洋思想セミナーや東洋思想に関心を寄せる方は、おそらく本能的に「東洋思想が提供するものが自分や今の時代・社会に役に立つのでは」と感じておられると思うんですよね。そうであれば、まずは、触れてみることです。『論語』『中庸』『老子』、、色々ありますが、どこから入っても大事な教えは繰り返し出てきますから、「重ね塗り」のように勉強していけばよい。『論語』を読んだ時に、「なるほど」と思ったことが、次に例えば『大学』には違う言い方で出てくる。こうして、重ね塗りのように学ぶことで、少しずつ学びが立体的になってくる感じがします。一つ一つの教えも箴言として役に立ちますが、このようなつながりの発見を含めた学びのプロセス自体がすごく面白いと思っています。リーダーシップ、生き方、考え方、勉強の仕方、モチベーションの保ちかた、より良い自分になるには、等々、どんな人にもきっと役に立つと思うので、興味を持ったところから触れてほしいと思います。講師である私も膨大な原書から精選抜粋してお話をしていますので、大いなる学びとの出会いのきっかけと考えを深める機会として、セミナーもぜひ活用していただけたらと思います。

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