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チェンジ・エージェントでは2019年から「東洋思想からの学び」リーダーシップセミナーを展開しています。これまで、論語、大学、重職心得箇条、貞観政要などの古典をテーマにこれからの時代に必要なリーダーシップとは?対話を通して、一緒に探求してきました。
海外でも、スティーブ・ジョブズが禅に傾倒していたことはよく知られていますし、日本においては、京セラの稲森和夫氏が仏門に入ることを通じて、顕在意識と潜在意識の疎通性を高めることを学び、現代のもっとも卓越した経営者となりました。なぜ、国内外様々な分野のリーダーから東洋思想が熱い視線を集めるのでしょうか。中国古典をはじめとした、東洋思想から現代に生きる私たちが得られる学びとはなんでしょうか。
「東洋思想からの学び」セミナーの講師で、『ぶれない軸をつくる東洋思想の力』(光文社新書)著者、チェンジ・エージェント会長の枝廣さんに話をうかがいました。
Q. 枝廣さんはなぜ東洋思想の研究、実践に取り組まれているのでしょうか。
環境やエネルギー問題、地方創生に関わっている人間がなぜ東洋思想?と思われるかもしれません。20年以上にわたって環境問題に取り組む中で、「西洋近代思想の行き詰まりが環境や社会の問題の根底にあるのではないか。その打開のヒントは東洋思想にあるのではないか」と考えるようになり、10年ほど前から、東洋思想の第一人者である田口佳史先生に弟子入りして、東洋思想を学んできました。環境・社会問題の根本への働きかけを考えるうえでも、またひとりひとりの人生にとっても、東洋思想の教えは非常に有益だと実感しています。
Q. 東洋と西洋の思想は、どのような違いがあるのでしょうか。
英語圏の文明の視点から地球環境を考える上でとてもおもしろい英単語をご紹介しましょう。私は通訳時代、環境問題の国際会議に出ると、よくこの単語に出会い、とても大事な概念だけど、そのまま日本語にはできないなぁと思っていました。
その1つがstewardship(スチュワードシップ)です。steward とは何でしょうか? stewardとは、「管財人」「大邸宅などの執事」「給仕長」「船や飛行機給仕」「客室係」「幹事」「世話役」などの意味を持つ単語です。こうしてみると、stewardshipとは、「財産管理の職務や世話役を務めること」という意味になります。「受託責任」という訳語もあります。 「受託責任」というなら、誰から「受託」しているのか? 財産管理って、だれの財産を管理しているのか? と思いませんか?キリスト教には、「人間は、神がつくりたもうた地球のstewardであるべきだ」という発想・思想があります。stewardshipという概念は、「人間は神様から、地球をきちんと守るという職務を与えられている」という思想で、「人間=守る者」「自然=守られるもの」という明確な区別が根底にあるのです。私が参加した環境の国際会議で「stewardship」と聞くたびに感じていた、私たち日本人の自然観との違いはここにあります。日本人の多くは、自然と自分(人間)との一体感を感じ、どちらが上でどちらが下、という区別はしていないのではないでしょうか。
逆に例えば日本人はよく「生かされている」と言いますが。英語で「生かされている」と言おうと思うと「by~」、例えば「神によって生かされている」そうしないと座りが悪いのですが、日本人が「生かされてる」っていう場合に、特定の何かに生かされているというよりは、様々な命の、網の目の中に自分が存在させてもらっているという感覚なのではないでしょうか。それを英語にするのは難しいです。ひとつの言葉からメンタルモデルの違いが浮かび上がってくるのは面白いですね。
相対的にみると西洋は「外側にある真理にせまっていく」「外側にある対象に向かう」という真理探求方式を採る一方、東洋では「自分の中にある仏性、神的性に迫っていく」「内側にある対象に向かう」という真理探求の方式を採ると考えられています。どちらが優れているというわけではなくて、これも陰陽と同じように両方必要。今は、外にある、客観的である、普遍的であるというような西洋的な価値観が非常に重視されますがそれだけでは見えなくなってしまう大事なものをもう一度見直してみること。それは、西洋的な見方を否定することではなくて、お互い補い合うものだと思います。
Q. 現代のリーダーに東洋思想はどのように役に立つと考えていますか?
私たちはいま、大きな変化の時代に生きています。情報やコミュニケーションのあり方が大きく変わり、企業の役割、国の位置づけ、お金の役割すら、「これまでどおり」を前提にできなくなってきています。人々の価値観も変化しており、「モノの位置づけ」のみならず、人と組織の関係性や人々が働く理由も変わってきています。どのような業種のどのような規模の企業であっても、「事業環境の激変」のまっただ中にいる時代です。このような時代に企業や組織を経営していこうとするのなら、これまで通りのリーダーシップだけでは乗り切れないのではないでしょうか。
コロナ状況下で、「ぶれないリーダー」と「不安にかき立てられるリーダー」の違いが明白になってきています。平時には、さまざまなスキルやリーダーシップ論で組織やチームをリードすることができているように見えても、大きな変化や危機の最中では、その人の「地」の力の有無が歴然としてきます。
「地」の力を磨き、自らを再構築していくために内省が必要です。ただ内省するだけでは十分ではありません。「照らし合わせて自己を鍛える」教科書として中国古典を中心とする東洋思想はとても役に立つと思います。
Q. 変化の時代に必要なリーダーの資質やスキルはどのようなものでしょうか?
1つには、「わずかな目に見えない変化や兆しを察知する力」です。人間には「これまでどおり」にとどまり、「自分の見たいもの」を見ようとする傾向があります。それらにとらわれることなく、わずかな兆しを察知する力が重要です。
もう1つは、「不変の変化パターンを知っていること」です。変化の時代といっても、まったくランダムに変化が生じるわけではなく、不変の変化パターンがあります。それを知っていることで、先の変化を読んだり、手を打ったりすることができるようになります。
最後に、最も大事なことですが、「時代の変化に左右されない軸」を持っていることです。「心のアンカー」といってもよいでしょう。どのように時代が変化していっても、人が人である限り、人が社会の中で活動していく限り、普遍的に重要なことがあります。人間は弱い生き物なので、つい目先の楽しみや利益につられて、その重要なことを忘れがちです。しかし、変化の激しい時代だからこそ、リーダーには「どんなときにもぶれない、普遍的に重要な価値を守り続ける芯」が必要です。
変化の時代を生き抜くために必要なリーダーシップの3つの重要なポイント、「わずかな目に見えない変化や兆しを察知する力」「不変の変化パターンを知っていること」「時代の変化に左右されない軸」のいずれにも、東洋思想がその基盤を提供してくれていると思います。
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