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組織と社会のレジリエンス(3)コミュニティ・オーガナイザーのリーダーシップ

2014年12月19日

(レジリエンスとは、システムが外部の衝撃に対して、その衝撃を吸収し、いち早く再起する特性のことです。2011に行った経営者向けのレジリエンスに関する講演より、抜粋してご紹介します)

前回、レジリエンスに関する、システムの特徴について紹介しました。レジリエンスは、しばしば、効率と多様性を両極にした軸上に位置づけて論じられることが多いです。効率と多様性は常に対立するわけではありませんが、近代組織の運営上はこの2つの価値観がトレードオフをつくることがしばしばです。

たとえば、【組織と社会のレジリエンス(1)なぜ多くの企業の寿命は短いのか?】 で紹介したフォード社の事例のように、変化の加速する時代において、標準化や生産性の追求は諸刃の剣となります。一時的には急成長できても、極端な効率化によって多様性が失われ、ひとたびニーズや他の市場要求事項の変化など環境変化によってパフォーマンスを大幅に落とすことにつながりかねません。

一方、ただ多様性、冗長性ばかりを高めると、効率が低くて、停滞が起こってしまうかもしれません。例えば、江戸時代のような暮らしは大変多様であり、リサイクルの仕組みも整って、一つの持続可能な社会をつくっていましたが、今の日本ほどの人口を支えるとなるともっと効率化を高める必要があるでしょう。(もしかしたら、効率だけでなく、鎖国によって世界で起こっている新しいことを採り入れる多様性自体にも欠いていたのかもしれません)
では、事業において効率面と多様性の面を両立した、持続可能で、長寿命の会社であるために、効率とレジリエンスの適切な変動の範囲でバランスをとるにはどのようにしたらよいでしょうか。その一つの挑戦事例として、ある食品企業の取り組みを紹介します。

持続可能な水産物調達への挑戦
U社はヨーロッパに拠点を置く世界最大級の家庭一般の消費財メーカーです。日本では住宅用品の販売を中心としていますが、海外では売上の約半分を食品からあげています。U社は、冷凍食品等の原料として白身魚の最大の調達業者でもありました。特にヨーロッパではフィッシュ&チップスなどにも使うタラが人気で、U社の調達量は世界のタラの5%にも及んでいました。
1990年代に、北大西洋海域でのタラ漁に異変が起こっていました。全盛期に年間150万トンあった漁獲高が1992年、乱獲の末、漁獲量が激減してしまい、漁場が閉鎖される事態となったのです。(表1)


表1

tara.png

日本でも他人事ではありません。大型のマグロやうなぎなどの日本で主に食べられる魚もその数が急激に減り続けているため、人間がただちにアクションをとるか、そうでなければ自然が漁に終わりを告げるかもしれません。端的に言えば、安く大量に魚を捕ることを目指す近代漁業は、効率ばかりを重視して、多様性や冗長性を下げ、4分の3の漁場ではレジリエンスがきわめて低い状況にあるのです。このような漁業習慣が続いていたら、次々と漁場を崩壊させ、調達できる魚がいなくなってしまいます。

持続可能性の重要性について身をもって実感したU社は、持続可能な調達をするために、世界的なNGOであるWWFと一緒に組んで、海洋管理協会をつくります。そして、海の自然環境や水産資源を守るように捕られた持続可能な水産物であることを審査し認証する制度、「MSC認証」を制定しました。海のエコラベルとも言えるこの認証を受けた水産物はそのマークを見ることによって消費者が小売店で選ぶことができるものです。このMSC認証は日本でもイオンなどが取り扱っていますがその取扱量はほんのわずかです。U社は、持続可能な調達のためには、取り扱う水産物を100%MSC認証に切り替えるコミットメントを2005年に宣言しました。

魚を持続可能に調達するには、商品財としての機能だけでなく、再び産卵して新たな魚を育てる再生産機能や、生態系のバランスをとる機能にも注目する必要があります。同時に、十分な数の魚が産卵され、育ち、棲むための海洋環境を整え、自然がもたらすさまざまな生態系サービスの機能を活かす状況整備も必要になります。そして、もっとも大事なこととして、今海にいる魚に関して、今日漁で捕る分と、明日以降の漁や生態系のバランスのために捕らないでおく分とを分けておくことを認識し、魚の数や再生数がどのようになっているのか、そしてどれくらいならとっても大丈夫なのかなどの情報を入手し、漁業権の割り当てを行う意思決定者や実際に漁を行う漁師にそうした情報の多重なフィードバックを行うことが求められます。

コミュニティ・オーガーナイザーとしてのリーダーシップ

さまざまな利害関係者の関与する魚のサプライチェーンにおいて、上記のような体制を整備してMSC認証を取得し、持続可能な漁業を始めることは生半可なことではありません。それぞれの関係者が相当の時間資源を使い、さらに体制整備や認証のコストもかかります。かといって、お客様がコストアップ分を吸収してくれるわけではないのです。自分たちの商習慣が持続可能ではないと、頭でわかったとしても、明日のビジネスのために今日のビジネスで売上や利益を自制するという行動は簡単にはとれないものです。

U社で調達の持続可能性を高める担当マネージャーであったJさんは、当時を振り返り、どのようにすればサプライチェーンの関係者たちがMSC認証を実現できるかについてわからなかったと言っています。このように本来複雑系である生態系を取り扱い、さらにそこに多様な利害関係者が絡む社会的な複雑性を伴う問題に関しては、私たちが学校や工場で学んだような決定論的なアプローチは通用しません。Jさんは、「もし、自分が答えを持っていると考えたら、(現実にはみなそのように動いていないのだから)問いが間違っているのだ」と述懐します。

では、どのようにすれば実現できるのでしょうか?

Jさんは、サプライチェーンのさまざまな利害関係者をコミュニティに見立て、自分自身の役割を「コミュニティ・オーガナイザー」、つまり、コミュニティが自己組織化を図るための触媒としての役割を選びます。
まず、コミュニティのメンバーを集めます。そして、持続可能な漁業とそれに基づく持続可能な調達・販売を実現する意図は伝えながらも、そのために誰が何をすべきかに関して、自分はわからないので一緒に考えてほしいと巻き込みました。
もし彼が魚の漁業関係者たちに対して、持続可能ではない行動をとっていると非難されたり、脅されたりしたら、ほとんどの人たちはやる気を失ったり、あるいはやらされ感からの「いやいや」の協力にとどまったことでしょう。彼はそうではなく、自らの無知を認め、そこにいる人たちの知性や感性への最大限の敬意を示したのです。

こうして、互いを仲間と認め、共有ビジョンを築いた多様なメンバーたちは、複雑な課題への対話を重ね、アイディアを出し合い、そしてそれらのアイディアの中からこれはとおもうものを実施に移していきました。
結果として、U社の取り扱う水産物は2011年までに約半分が認証を受け、認証審査を受けて結果待ちのものを含めると76パーセントまでその準備が整いました。世界の漁業の4分の3が持続可能でないと言われている中、わずか6年でめざましい躍進であったといえるでしょう。

U社は、同様の取り組みを他の商品でも展開しています。世界の12%のシェアを占める紅茶では、環境NGOのレインフォレスト・アライアンスと協力して、同NGOの認証による紅茶調達をまず自社農園から、そして、他の契約農園へと広げて行っています。
商品のサプライチェーンでは、えてして、効率ばかりを重視した価値観や意思決定が支配的になりがちです。しかし、効率だけを重視していると環境変化に弱いばかりではなく、自らのオペレーションが原因となって、乱獲で漁場を崩壊させたり市場を荒らしたり、環境への無配慮から土壌や水や周囲の生態系などに悪影響を与えて収量を落としたり、あるいは労働者の安全や健康への無配慮から生産性を落とし、やめる人が続出して知識・スキルの累積ができないなどのさまざまな問題につながるケースが後を絶ちません。

U社の場合は、売上の成長を図る一方で、単位あたり環境負荷の半減と100%持続可能な原材料の調達を目指し、さらに、経済システムの中で周縁に追いやられている途上国の小規模農家や起業家のために、50万以上の農家・物流業者を調達網に加えることを宣言しました。Jさんは、新たな業者たちと効率化とレジリエンスの両面の課題を進めるために、社内外にコミュニティ・オーガナイザー的なリーダーを育成する活動に力を入れています。まだまだ社内には効率重視の組織風土が強いため、常に土壌を耕し、タネを撒いて水を与え続ける必要があるのです。
これらの一連の意思決定は、効率だけを考えていたら、効率への妥協にも見えることでしょう。しかし、真に長寿企業となる組織では、レジリエンスという長期パフォーマンスに欠かせないシステム特性を高めるために自らの短期的な効率にブレーキをかけることによって、結果的に長期的なパフォーマンスと効率を高めます。
私たちの意思決定は、測れること、見えることに大きな影響を受け、短期の効率はインプットとアウトプットを取ることで一見簡単に測ることができます。一方、レジリエンスや全体像からみた長期的な効率は簡単に測ることができません。目に見えにくく、話をしていてもあいまいになりがちです。

こうした課題に対して、トップや戦略参謀などの一部の人が考え、実行者たちに指示して、その結果をモニターするといった形で中央のコントロールに依存するやり方はうまくいかないことが明らかになっています。こうした複雑な課題状況において、多様な利害関係者たちが大切なものをしっかりと認識し、自らの言葉で語り、それぞれの人が責任をもって、考え行動できるようにコミュニティをデザインすることが、しなやかに複雑な状況に適応できる「レジリエンス」のある組織につながるといえるでしょう。


前回までのコラムはこちらからご覧ください。

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