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(image photo by Fabio Venni on flicker)
(日本生産性本部発行「生産性新聞」連載中の「袋小路からの脱出」シリーズ寄稿をご紹介します。)
「システムの抵抗」とは
「低ニコチンたばこ喫煙者は、より長く、深く、頻繁に吸う傾向が強く、健康被害が深刻になりやすい。」「都市の渋滞対策に道路建設を行うことで、交通量が増えて、渋滞は悪化した。」「感染対策に抗生物質を使用することで、ウィルスが耐性を持つように進化し、感染症の問題が深刻化している。」
このように問題解決がうまく進まない事例報告は国内外に多く見られます。政策や施策の意図とは反対の効果が、しばしば時間の遅れを伴って現れて、意図した効果を抑え、打ち消し、或いはかえって悪化させます。このような現象を「システムの抵抗」と呼びます。
残業をしているのに、仕事完成量が減っている?(中長期的に起こるパターン)
開発プロジェクトの遅れを例にとります。ある企業でプロジェクトが遅れはじめたとき、プロジェクト・マネージャー(PM)は、残業や休日出勤で遅れを挽回しようとしました。当初は、挽回しているように見えました。しかし、時間が経つとともにむしろ遅れが増え始めたのです。PMはなぜこんな事態になったのかと頭を抱えました。
氷山モデルに沿って考えてみます。まずパターンを見てみると、残業を初めて当初は1日あたりの仕事完成量は増えていました。ところが、1ヶ月ほどすると仕事完成量はむしろ減っていたのです。
どんな構造がこのパターンを作っているのでしょうか? 残業の短期の効果は、「残業・休出の増加=>作業時間の増加=>遅れの縮小」となっていました。しかし、残業には中長期の効果もありました。「残業・休出の増加=>疲労の増大・蓄積=>生産性の低下=>遅れの増大」です。
週40時間働く人が、週50時間、60時間働くことで作業時間はそれぞれ25%、50%増えます。しかし、作業時間の増加も適量を超えると時間あたりの生産性が落ちます。長時間労働を3~6週間継続すると残業時間で稼いだ以上に生産性のロスが生ずるといいます。その結果、1日あたりの仕事完成量は減り、仕事の遅れはかえって増えていたのです。
さらに、遅れを取り戻そうと残業や休出を増やすと、ますます生産性が低下する悪循環に入ります。疲れているとミスも増え、その発見も遅れます。後工程になってミスが明らかになり、大量の差し戻しやミスの修復に追われることもしばしばです。
低くかがむからこそ、高くジャンプできる
構造に関与する意識・無意識の前提を見ましょう。私たちは問題が起こった後になって「不測の事態になった」とか、「想定外の副作用が生じた」などと言います。しかし、私たちの行動は複数の効果を生むもの。天災ならば不測ともいえますが、自身の行動に起因する効果なのですから、つながりを見る力の乏しさを言い表しているに過ぎません。
さて、解決策を選択するにあたっては、短期の効果だけでなく、中長期の効果も視野に入れる必要があります。「人員を投入し育てる」「スキルアップを図る」などの策は、当初効果は小さく、むしろ悪化しますが、中長期には経験や学習効果が蓄積し、大きな推進力になります。プロジェクトの終盤を除けば、残業よりもはるかに効果的な施策です。複雑なシステムの中での解決策は、よくなる前に悪くなるもの。低くかがむからこそ、高くジャンプができるのです。
そのためにも、短期の結果を求める構造を改め、評価の時間軸を長くとれなくてはいけないでしょう。短期の結果を求めれば求めるほど、疲労や経験、学習など蓄積するものから意識が離れ、システムの抵抗によって問題解決の悪循環にはまり続けるばかりなのですから。
(つづく)