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(日本生産性本部発行「生産性新聞」に寄稿した「袋小路からの脱出」シリーズをご紹介しています。)
レバレッジ・ポイント―直感ではわかりにくい、問題構造のツボ
「システム」とは、相互に作用し合う要素の集合体のことです。家族や職場などのさまざまな人間関係から、会社や市場、地域、国家、あるいは人間とほかの動植物や生態系との関係もシステムです。
システムの、さまざまなつながりや相互作用が、全体としての営みを作り出しています。この全体の営みが、個々の要素の変化に大きな影響を与えます。
私たちが学校や職場で受けてきた教育のほとんどは、構成要素が集まって全体を作るという考え方(要素還元主義)に基づいているため、「システムの全体構造が各要素の動きを決める」という側面は頭ではなかなか理解しにくいものです。
そのため、私たちはしばしばシステムの挙動に驚くことになります。変化を作ろうと押すと、逆に押し返す力が働いたり(システムの抵抗)、それまでほとんど変化のなかったシステムがある閾値(ティッピング・ポイント)に達すると急激に変化したりします。万物流転の環境変化の中で、なかなか把握しきれないのがシステムなのです。
とらえどころのないシステムを相手にする者、システム思考を学ぶ者に勇気を与えてくれる概念が「レバレッジ・ポイント」です。文字通りの意味は「てこの力点」ですが、要は小さな力でも大きく動かせるポイントのことです。問題構造のツボといってもいいでしょう。
レバレッジ・ポイントは、問題の近くにあるとは限らず、直感ではわかりにくいものです。ちょうど、足裏のツボを押して内臓を治療する東洋医療のような感じでしょうか。
ニューヨークの事例:重犯罪を4割減に
一例を挙げましょう。80年代、米国の多くの都市は、犯罪の増加に悩まされていました。犯罪者を捕まえ、隔離するために警察官や牢獄を増やすなどの政策をとりましたが、いたちごっこになるばかりで、むしろ犯罪は増えていました。
そういった状況に対して、ニューヨーク市は、地下鉄の落書きを消し、軽微な犯罪の取り締まりを強化することで、重犯罪を4割も削減しました。割れた窓がいつまでもそのままになっていると、犯罪がうまくいく兆候を感じさせ、犯罪が増え、それによって割れた窓がますます増える「割れた窓理論」に基づいた取り組みでした。人そのものではなく人に行動を取らせる環境を改善することで、好循環が生み出されたのです。
米国環境庁の事例:化学物質の使用量を4~9割減に
別の例として、米国環境庁は80年代、化学物質の使用に関して、罰則規定を設けることなく、各企業が使用している化学物質の量を情報公開することで、化学物質使用量を4割も減らすことに成功しました。企業は評判を懸念して自発的に削減を進めたのです。中には、ワースト企業のリストから外れたいとの一心で9割も使用量を削減した企業もありました。
多くの都市では、渋滞の問題があると道路建設で道路を走りやすくしますが、渋滞はむしろ増えています。スウェーデンの首都ストックホルムでは、都市部の制限速度を下げ、道路のスピードを出しにくくすることで渋滞を4割減らしました。自動車の魅力が減り、公共機関や自転車の利用者が大幅に増えたからです。
いずれも問題から一見離れたところにある解決策で大きな成果を生み出した事例です。複雑なシステムでは、私たちの直感とは反対の策がうまくいくことがよくあります。
システム思考には、システムの構造を注意深く観察しながら、大きな成果を創り出すレバレッジ・ポイントを探し続けるという醍醐味があるのです。