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(image photo by Mark Dixon)
(世界的なマネジメント・グールーで知られるピーター・センゲ氏がグローバル
経済について語ったエッセイの続編をご紹介します。)
創造的プロセスはビジョンと現実のギャップによって力を得る
創り出したい何かを想像するとき、私たちは未来のビジョンを心に描いているが、それは同時に、今あるものとの潜在的な違いをも呼び起こす。創造的な芸術家はみなこの原理を心得ている。ロバート・フリッツはこれを「構造的な緊張」と呼び、ビジョンを実現しようと行動を起こすことによって解消できることだと述べている。ビジョンと現実の間に生じるギャップを埋めることは、創造的な芸術の本質である。芸術家は素晴らしいアイデアを現実のものにしなければそれを認めてもらえない。「ビジョンを現実のものにする」ということは、社会や政治、企業における偉大なるリーダーシップの本質でもある。
しかし、ビジョンと現実の間に生じるこうした緊張に不安を感じる場合もある。そのため、「クリエイティブ・テンション」(創造的な緊張)が「エモーショナル・テンション」(感情的な緊張)となり、私たちはしばしばそこから逃げ出す方法をあれこれと模索する。エモーショナル・テンションを軽くする一つの方法は、単に真のビジョンを低くして夢をあきらめ、「現実的な目標」だけを目指すことである。こうすれば不安な気持ちは和らぐかもしれない。だが同時に創造的なエネルギーも損なわれてしまう。
二つ目の方法はさらに厄介なもので、現実について真実を語らないということだ。ビジョンを低くするという妥協のダイナミクスは私たちの身の回りによくあることだが、同じように否定のダイナミクスもまた珍しいことではない。しかし、現状を偽って伝える限り、私たちはその現実を変える力も失ってしまう。ビジョンに対して誠実であり続けるだけでなく、現実をありのままに語ることによっても創造的プロセスのエネルギーは解き放たれる。
制約を理解することで自由に創造できる
熟練者と初心者との違いが一つある。それは自分の周りにある制約を正しく認識しているかどうかだ。フリッツの言葉を借りれば「無限大のカンバスに絵を描く画家は一人もいない」。
ゼロックスの元副社長のジョン・エルターは、この原理を用いて絶大なる効果をもたらした。同社初のフルデジタルコピー機開発に向けた数年にわたる製品開発プロセスの初期段階に、彼はチームメンバーをニューメキシコ州の砂漠にある広大な大地へと2日間の旅に連れて行った。その帰り道、たまたまゴミ集積場のそばを通りかかった彼らは、下の方に埋もれているゼロックスのコピー機を見つけたのだ。思いもよらない出来事だった。彼らは、製品と会社全体にとっての新たなビジョン――子どもたちのためにゴミ捨て場行きをゼロに――を胸に再び仕事に取り組んだ。
エルターは言う。「技術チームが取り組む制約は、ほとんどが経営者側の言う無意味なことばかりです。経営陣は皆、『製品の収益をこれだけ伸ばさなくてはならない』とか『こうした原価目標を達成しなくてはならない』といった制約を課します」。しかし、彼らが砂漠ではっきりと直感した後に彼はこう述べている。「私たちは自分たちの抱える本当の制約、すなわち、このコピー機からゴミ捨て場行きとなるものを決して出してはならない、ということに気づいたのです」。彼らが設計した製品は、最終的には再製造率94%、リサイクル率98%となり、さらには売上目標をすべて達成、ないしは上回った。取り組んでいた制約をとらえ直すことで、チームは偉大なる製品を創り出したのだ。そしておそらくこのことは、倒産や買収から会社を守ることにつながった。
エルター率いるチームが見せてくれたように、今後私たちが先へ進むにつれ、創造性を可能にする制約は、つながりを深める世界の環境的、社会的現実を認識することから生まれるだろう。自然は無駄なものを何一つ生み出さない。企業が自然と違うことをする理由がいったいどこにあるだろうか? とはいえ、私たちはたいてい制約の原因となる相互のつながりを理解することができないため、創造性を可能にする制約を見極めることができないのだ。
(つづく)
ピーター・M・センゲ
マサチューセッツ工科大学上級講師。SoL (Society for Organizational
Learning, 組織学習協会)設立者。The Journal of Business Strategyにより過
去100年でビジネス戦略に最も強く影響を及ぼした1人であるとされている。著
書である『The Fifth Discipline: the Art and Practice of the Learning
Organization』(『最強組織の法則― 新時代のチームワークとは何か』徳間書
店、1995年)はハーバード・ビジネス・レビュー誌より、過去75年における最も
優れた経営書の1つであると評価される。
このエッセイは、氏の設立したSoLの機関紙『Reflections』から許可を得て翻訳しています。
その他の回の内容を読みたい方はこちらからどうぞ。
1回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(1)」
2回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(2)」
3回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(3)」
4回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(4)」
5回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(5)」
6回目:「グローバル経済において望ましい未来を創り出す(6)」