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オットー・シャーマー 「今の時代の盲点を考察する」(6)

2008年10月03日

(前回まで紹介してきたUプロセスについて、どのようなリーダーシップ能力が
求められるかの続編をご紹介します。)

4.プレゼンシング:自分自身と自己の意志の最も深い根源につながる

Uプロセスに必要な4つめの能力は、自分自身と自己の意志の最も深い根源につながることである。開かれた心によって私たちは全体から状況を見ることができるのに対し、開かれた意志があれば、私たちは出現する全体から行動を起こし始めることができる。

デンマークの彫刻家であり経営コンサルタントでもあるエリック・レムケは、このプロセスに関わる経験を私に語ってくれた。「ある彫刻をしばらく続けた後、物事が変わり出す瞬間が訪れます。この変化の瞬間がやってくると、創作をしているのはもはや私ひとりではありません。はるか深いところにある何かにつながっている感じで、私の両手はその力といっしょに創作をしているのです。それと同時に、私は、自分の知覚が広がるにつれて、自分が愛といたわりで満たされていくのを感じます。物事が違ったように感じられます。それは、世界に対する愛であり、これから訪れるものに対する愛です。そして私は直観的に、自分がやらねばならないことを知るのです。私の両手は、何を足し、あるいは引かなくてはならぬかを知っています。また、私の両手は、どのようにフォルムが表れてくるべきかを知っています。ある意味では、この手引きにしたがえば簡単に創作できるのです。このような瞬間には、私は感謝と謙虚の気持ちを強く感じています。」

5.結晶化する:意思の力にアクセスする

成功を収めた、人を元気づけるプロジェクトの裏には、その規模にかかわらず、似たような筋書きが多い。――ひじょうに少数のキーパーソンが、プロジェクトの目的と成果に全力を投じることである。そして、この献身的な中核グループとその意思が実世界へと出ていき、物事を起こす人々や機会、資源を引きつけ始めるエネルギーの場を生み出す。そうして勢いが積みあがる。中核グループは、全体が姿を明らかにする媒体として機能する。

設立した企業6社が大成功を収めている起業家のニック・ハナウアーは、インタビューの中で、ジョセフ・ジャウォースキーと私にこう語った。「私の好きな名言の中に、マーガレット・ミードのこんな言葉があります。『世界を変えようと決意を固め、思慮深い市民からなる小さなグループの力を決して否定してはならない。実際、その力だけがこれまで世界を変えてきたのだ』。まったくそのとおりだと思います。5人いれば、ほとんどどんなことでもできるでしょう。ひとりだと難しい――が、そこにあと4~5人加われば、戦う力が生まれます。突如として、内在することや手の届く範囲にあるものを、ほぼどんなことでも現実のものとできる勢いが生まれるのです。」

6.プロトタイプを作る:頭と心と手を一体化する

Uプロセスに必要な6つめの能力は、頭と心と手を一体化するプロトタイプづくりのスキルである。映画にもなった小説『バガー・ヴァンスの伝説』で、名コーチであるバガーは、スイングが崩れたゴルファーに助言する。「手でつかむんだ――頭で考えるな。感じるんだ。おまえの手は、おまえの頭よりもずっと賢いんだ。」

この助言は、Uの右側でどう行動するかの基本原則を的確に表している。Uの左側を降りるとは、思考、感情、意志を開放して、その抵抗に対処することである。右側を昇るとは、実際にやってみる状況下にで、頭と心と手の知性を意図的に一体化しなおすことである。ちょうどUを降りていく過程での内なる敵が判断の声、皮肉の声、恐れの声であるように、Uを昇っていく過程での敵は、即興性や気づきのない行動(反応型の行動)、行動する意志のない果てしない熟考(「分析麻痺」)、根源と行動につながらない会話(「だべり」)という従来の3つの行動様式である。これらの3つの敵には、同じ構造上の特徴がある。頭と心と手の知性がバランスを保つかわりに、その3つのうちの1つが――気づきのない行動においては意志が、果てしない熟考においては頭が、終わりのないネットワーク作りにおいては心が――支配するのだ。

この段階を詳細に見たとき、興味深いのは、新しいものが人間の思考に現れる順序が、世間一般の通念に反する。(1)新しいものは通常、えもいえぬ感情や感覚から始まる。(2)その感覚が、「何(what)」、つまり新しい洞察や考えへと姿を変える(3)そして、その「何(what)」が、飛躍的な革新を生み出すかもしれない状況や問題や課題(「場:文脈」(where))に結びつく。(4)そうして初めて、「何」や「場」が合理的な構造や表現形式の枠組み(「なぜ:合理的な理由」(why))を与えられて、形を作り始める。ほぼすべての種類の飛躍的な革新において、この順序を見出すことができる。革新に取り組むときの最大の誤りは、初めに合理的な思考に焦点を当ててしまうことだ。新たな洞察が出現するためには、ほかの条件が必要となる。つまり、自分の未来の最善の可能性につながり、力強い画期的なアイディアを創造するには、頭の知性だけでなく、心と手の知性を利用することを学ぶ必要がある。

7.奏でる:大きなバイオリンを弾く

Uプロセスに必要な7つめの能力は、「大きなバイオリン」の演奏を学ぶことだ。私がバイオリニストのミハ・ポガチニックに、音楽上の経験でプレゼンシングに相当する瞬間について話してほしいと頼むと、ポガチニックは、フランスのシャルトルで行われた最初のコンサートの話をしてくれた。「大聖堂に蹴り出されたみたいに感じました。大聖堂が『おまえなど出て行け!』と言ったのです。というのも、私は若く、いつものように演奏をしようとしていました。ただ自分のバイオリンを弾こうと。しかしそのとき、シャルトルでは自分の小さなバイオリンを弾くことはできない、『大きなバイオリン』を弾かなくてはならないことに私は気づいたのです。小さなバイオリンとは、あなたの手の中にある楽器です。大きなバイオリンとは、あなたを取り囲む大聖堂全体です。シャルトル大聖堂は、音楽の原則に完全に基づいて建てられています。大きなバイオリンを弾くには、耳を傾け、別の場所から、つまり外側から演奏する必要があるのです。耳を傾けて演奏する場を、自分自身の内側から、自分自身の外側にまで動かさなければなりません。」

今日ほとんどのシステム、組織、社会において、私たちが大きなバイオリンを弾けるようになるために不可欠な要素2つが欠けている。それは(1)適切な組み合わせのプレーヤー(同じ価値連鎖で互いにつながり合った現場の人々)を招集するリーダーと(2)マルチステークホルダーの集まりを、「議論する場」から「新しいものを共に創り出す場」へと転換させる社会テクノロジーである。

それでも、より大きな全体から行動するこの能力が、どのような効果を発揮できるかを示す例がたくさんある。ひとつは、災害への対応である。災害が起こると、多くのしくみは、なくなってしまう(階層制度など)か、またはその状況では機能しなくなる(市場や、人脈による交渉)。このような状況では、協調の4つめのしくみ――全体の存在から見て行動するしくみ――が出現する。

 まとめると、U理論における7つのリーダーシップ能力は、Uプロセスとそれぞれの瞬間が機能するための前提条件である。このリーダーシップの7つの能力なしにUプロセスを実現することはできない。

(おわり)


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