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オットー・シャーマー 「今の時代の盲点を考察する」(5)

2008年09月17日

新たな社会テクノロジー:リーダーシップの7つの能力

創造を仕事とする人には、Uプロセスはなじみの深いものだ。彼らはこう言うだろう。「もちろん、このやり方なら知ってるさ。私が最高の仕事をしたときの経験からわかるんだ。とてもクリエイティブな仕事をする人たちからも教えてもらったしね。だいじょうぶ」。だがそこで、「あなたの今の組織の中では、どんな風に仕事をしていますか?」と尋ねてみる。すると彼らは目玉をぐるりとまわして答えるだろう。「いや、それはまた別の話さ。むしろこのダウンロードってやつみたいな感じだよ」

なぜそうなのだろうか? なぜ組織の中になると、Uの道をたどれなくなるのだろうか?

なぜなら、それには内面への旅と大変な努力が必要だからだ。チーム、組織、システムとしてUを潜り抜けるには、新たな社会テクノロジーが必要になる。プレゼンシングという社会テクノロジーの基礎になっているのは、中核グループが培わなければならない7つの不可欠なリーダーシップ能力である。この能力を培わなければ、前述のUプロセス(5つの動作)が望ましい結果を生むことはできないだろう。

1.場を保持する:生き方があなたに求めていることに耳を傾ける

「あらゆるコミュニティづくりでカギとなる原則がこれだ」。L.A.アジェンダのアンソニー・シグペンがかつて私にそう語った。「絶対にできあがったケーキを配っちゃいけない。そうではなくて、みんなを台所に呼び入れて、みんなで一緒にケーキを焼くんだ」。

この原則の問題は、たいていの組織のほとんどの会議が、これと逆のやり方になっていることだ。ケーキができあがってから会議を招集し、それを切って皆にふるまっているだけなのだ。だが、人々が、できあがったケーキではなく、ケーキがほしいという願望から話し合うような、もっと源流に近い場での召集を避けるのには理由がある。そういった話し合いには、特別なリーダーシップが必要だからである。リーダーは、他者を招き入れる場を創り、保持できなければならない。

場を保持することのカギは、聞くことである。自分自身(生き方があなたに求めていること)に、ほかの人(とくに、その求めに関連するかもしれない人々)に、そして、あなたが集めたグループから出現するものに、耳を傾けることだ。だが、かなりしっかりした意図も必要である。グループの未来の最善の可能性に注意を集中させ続けなければならない。そして最後に、たくさんの調理用具が必要となる。自分ではけして完成させてはいけない。できあがったケーキではなく、レシピと調理器具と材料を手渡すのだ。そう、なぜこのレシピが特によいのか話してもいいだろう。材料を足してもいいし、ケーキの生地を混ぜる手伝いをしてもいい。何なら、最初にやって見せてもかまわない。だが、ほかの人たちが貢献する余地を意図的にたくさん残しておかなければならない。だからこそ、Uのリーダーシップ能力を構築することは、不完全の原理から始まるのだ。着いたらデザートまでオーブンに入れてあるのではなく、メニューの企画からほかの人を招いて手伝ってもらうのである。

2.観察する:自分の心を広く開いて注意を傾ける

 Uプロセスに必要な2つめの能力は、自身の「判断の声」を止揚することで、思考を開放して観察することである。判断の声を止揚するとは、過去の経験に基づいて判断をするという習慣を断ち切る(または、その習慣を容認し、変化させる)こと、疑問と好奇心の新しい場を開放することである。判断の声を止揚しなければ、もっとも可能性に満ちた場所へ入る試みは無駄に終わるだろう。

 ぴったりの事例を紹介しよう。1981年、フォード自動車の技術者チームが、「無駄のない」トヨタ生産システムによって稼動するトヨタの工場を見学した。フォードの技術者たちは、画期的な新生産システムに直に触れたにもかかわらず、自分たちの目の前にあるものをありのままに「見る」こと、理解することができなかった。それどころか、見学用のにせの工場を見せられていると言い張った――在庫がまったくなかったので、自分たちが見たのは「本物の」工場のはずがないと思い込んだのだ。フォードの技術者たちの反応は、私たちがもっとも可能性に満ちた場所にいるときでさえ、既存の考えや確信を手放すことがいかに難しいかを思い起こさせてくれる。

3.感じる:自分の心とつながる

Uプロセスに必要な3つめの能力は、自分の心を開くことによって、変化のより深い力につながることである。私は以前、通信機器メーカーのノキアで成功を収めている経営幹部に、最も重要なリーダーシップの実践は何か聞いてみた。彼女のチームは幾度となく、技術や環境の変化を予測し、常に時代の先を行っていたからだ。彼女の答えはというと、「開放するプロセスを促す」であった。これこそが、Uプロセスの左側を降りるとはどういうことかの本質そのものである。このプロセスには、3つの楽器の調律が必要である―開かれた思考、開かれた心、そして開かれた意志である。多くの人にとって、「開かれた思考」には馴染みがあるが、ほかの2つの能力はあまり耳にしたことがない領域だ。

この領域についてもっと深く理解するため、私はカリフォルニア大学バークレー校の心理学教授、エレノア・ロッシュにインタビューをした。ロッシュは、2種類の認知を比較してその違いを説明してくれた。ひとつは、従来のあらゆる認知科学の基盤となっている分析的な知識である。「この状態では、世界はばらばらのモノや状態の集まりと考えられ、人間の思考は、世界や自己を間接的に示す知識を特定し、記憶し、引き出す機械だと考えられます」とロッシュはいう。

もう1種類の知識は、開かれた心と開かれた意志に関連するものであり、「(孤立した条件付きの部分ではなく)相互につながりあった全体から」得られるもので、「......このような知は確定したものではなく『開かれた』ものです。そして、条件つきの有用性ではなく、無条件の価値の感覚が、知るという行為そのものに本来的にあるのです」。ロッシュは続けてこう言った。「(このような意識から生まれる行為は、)意思決定の結果ではなく、自然に起こるものだと言われています。そして、自己よりも大きな全体に基づいているので、共感性に富み、驚くほど効果的なものとなりえます」。

人々やチームや組織の中で、このもう一方の認知能力を呼び覚ますためには、人々に自分たちが大切と考える実際の状況で実際のプロジェクトについて仕事をしてもらい、開かれた心を培う方法やツールで彼らをサポートすると実りが多いことに私は気づいた。

思考はパラシュートのようなもので、古い格言にあるように、開いているときだけ機能する。同じことが心の知性にもあてはまる。私たちは、感謝し、愛する能力を培ってはじめて心の知性が使えるようになるのだ。生物学者のウンベルト・マトゥラーナが言ったように、「愛は私たちの知性を高める唯一の感情である」

(次回へ続く)


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