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オットー・シャーマー 「今の時代の盲点を考察する」(4)

2008年08月21日

U:1つのプロセス、5つの動き (つづき)

(5つの動きのうち1~2は前回の記事に記載されております。)

3.プレゼンシング:インスピレーションと共通の意志の源につながる。静寂の場所に行き、内なる叡智を出現させる。

Uの底を打つときには、Uの旅をする個人やグループは、絶対に不可欠なもの以外すべてを「手放す」ことを必要とする閾にたどりつく。いろいろな意味で、この閾は、古代エルサレムで「針」と呼ばれた門のようなものだ。この門はとても狭いため、荷物をいっぱいに積んだラクダがここに来たときには、荷主はラクダからすべての荷物を降ろさなければこの門を通り抜けることができなかった――これが由来となって、新約聖書の「金持ちが神の国に入るより、ラクダが針の穴を通るほうが簡単だ」という言葉が生まれた。

自分自身の不可欠でない側面を振り払う(「手放す」)と同時に、私たちはまた、起こりうる最高の未来の自分という新たな側面に対して、自分の心を開く(「迎え入れる」)。プレゼンシングの本質は、新しいものの迎え入れ、古いものを変容させる体験にある。グループがひとたびこの閾値を越えると、すべてのことが変わるのだ。メンバーそれぞれとグループ全体が、活力に満ちて、未来の可能性を意識して行動をし始める。そして多くの場合、このグループが、彼らの感じとる出現したがっている未来を、意図をもって実現させる役割を担い始める。

4.共創造:現実の例として新しいもののプロトタイプを作り、実践を通じて未来を切り拓く。

私は、技術者や科学者、経営者、経済学者としての教育を受けた人たち(私自身もそうであるが)とともに仕事をすることが多い。だが革新ということに関していえば、私たちは皆、間違った教育を受けてきた。私たちが受けたあらゆる教育や訓練には、重要なスキルがひとつ欠けている。それは、プロトタイプ作りの技と実践である。これは、デザイナーになる際に学ぶものだ。デザイナーは、他の職業の人たちが社会化され習慣としているやり方と正反対のことを学ぶ。

私は、ドイツの博士課程の学生時代、初めて美術大学を訪れたときのことを今でもおぼえている。私は、美学と経営についての本を出版していたので、ベルリン美術アカデミーでデザインを教えていたニック・ロエリヒト教授が、ワークショップの共同講師として私を招いてくれたのだ。ワークショップの前の晩、私はロエリヒト教授のロフトアパートに招待され、教授とその親しい仲間たちとはじめて会った。私はそのグループに会って、有名なデザイナーが自分のアパートにどのようなインテリアを施しているのか、見たくてたまらなかった。しかし、アパートに着いたとき、私は愕然とした。部屋は広々としたきれいなものだった――が、ほとんど空っぽだったのだ。片隅にあるとても小さなキッチンには、流し台とエスプレッソ・マシーン、カップが2~3個、それに調理台のようなテーブルが1つあった。だが、食器棚はない。食器洗い機もない。リビングにはテーブルもなければ、イスもない。ソファーもない。ただ、クッションが2つ、3つ、その上に座れるように置いてあるだけであった。

その日は、すばらしい夜となった。そして後になって、あのガランとしたアパートは、ロエリヒト教授のプロトタイプ作りのアプローチを反映したものだと知った。たとえば、教授がアカデミーの学部長室の原型となるインテリアデザインを行ったときには、すべての家具を運び出し、そこで何が起こるかを観察した。それからロエリヒト教授と学生たちは、学部長が開くミーティングなど、学部長の実際のニーズに応じて、その部屋に必要なものや家具をすぐに揃えた。プロトタイプ作りには、まずすべてのものを空っぽにする必要がある(「手放す」)。それから、本当に必要なものを決め(「迎え入れる」)、そして、それらの実際のニーズへのプロトタイプの解決策をその場で提供する。そして、次に何が起こるかについて、観察し、適応するのだ。

 これは私にとってすばらしい勉強になった。「これはすごい!この有名なデザイン学の教授の部屋が空っぽなのだとしたら、最高峰のビジネススクールや有名な経営のグールーたちも、機能不全の官僚主義をすべて排除して、同じくらい簡素な組織設計を創り出せないはずはない」と思ったのである。

翌日、私たちは午後1時ごろワークショップを開始した。課題は、地域経済と世界経済をカジ取りするための、今の方法と代替案のすべてを網羅するゲーム盤を作り上げることだった。ずいぶんと大がかりなデザイン課題だなと私は思った。ところが、私は、ロエリヒト教授が次に発した言葉を聞いて引っくり返りそうになった。「いいですね。ではチームに分かれて。午後5時になったら、各チームに最初のプロトタイプを発表してもらいます」。私は唖然とした。私が専門としている経済学や経営学の世界だったら、このようなデザインの課題に対しては、こんなふうに反応するだろう。「まず、対象が大きすぎるので、問題を絞り込む必要があります。次に、問題を絞り込んだら、1年ぐらいかけて、そのテーマに関して起こったことすべてについてじっくり検討します。そうしたら、その要点をまとめあげ、今度どうすべきかについて提案を打ち出すとよいでしょう」。それなのに、4時間で1つのプロトタイプを見つけ出すだって? 私の受けた専門教育からいって、このやり方には深さと方法論が欠如している、と強く思った。だが、私にわかっていなかったのは、4時間以内に1つのプロトタイプを見つけ出すということこそが方法論だということだった。従来の方法が、分析的に洞察し、それからデザインの青写真を描き、それを作り上げるというやり方であるのに対し、プロタイプ作りの方法は異なるかたちで機能する。まず問いを明らかにし、それから観察し、そして、さらに観察するためにプロトタイプを作り上げ、そして適応する、そして、、、といった具合に進めるのだ。

つまり、プロトタイプは、分析の次にくるものではない。プロトタイプとは、分析し、熟考してつくるのではなく、むしろ実践することによって未来を探る、感知と発見のプロセスの一部なのだ。これはひじょうに単純なポイントである――しかし、私は多くの組織での革新のプロセスは、ちょうどここで行き詰っていることに気づいた。昔ながらの分析手法による「分析麻痺」に陥っているのだ。

Uの行程における共創造の動作が、実践によって未来を探る一連の小さな現実の例をもたらす。またそれは、さまざまなプロトタイプを通した学習を活用し、革新を進めるに当たって直面するさまざまな難題に対し、互いに助け合って取り組むチェンジメーカー(変化を起こす人々)達の、急速に広がる力強いネットワークを生み出すことにもなる。

5.共進化:環境の中に新しいものを埋め込み、全体から見て行動することを促す。

いったん新しいもののプロトタイプや小宇宙を複数作り出したら、次のステップは、学び――何が機能していて、何が機能していないか――をじっくりと振り返り、取り組んでいるシステムや状況に最も大きな影響を与えうるのはどのプロトタイプかを判断することだ。この段階でしっかりとした判断を下すには、他の組織や部門のステークホルダーに参加してもらう必要がある場合が多い。ほとんどの場合、最終的に浮かび上がってくるものは、Uプロセスの最初に自分が創造していたのとはまったく異なっている。

共進化の動作は、もっともレバレッジの大きいプロトタイプの取り組みを、次のレベルでの舵取りと規模拡大に役立つ組織やプレーヤーとを結びつける「革新の生態系」を生み出す。

Uプロセスの5つの動作は、革新プロジェクトや構造改革といったマクロレベルにも、グループの会話や1対1のやりとりというメソまたはミクロレベルにも当てはまる。武術においては、一瞬のうちにこのUの動作を体験する。より大きな革新プロジェクトにおいては、Uプロセスは、より長い時間をかけ、さまざまなかたちで展開する。したがって、こられのプロジェクトのチーム構成は、通常、各動作の後に、幾分変化・適応していく。

(次回に続く)


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