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システム思考でエネルギー・気候政策を考える(1)「銀の弾丸はない」

2022年04月18日

今日の社会課題の中でも特に大きな影響を与えるのが気候変動・気候危機の問題です。世界各国政府と国際社会は産業革命以前に比した平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えるため、エネルギー政策そして気候政策全般に関していかに成果を出すかが重要課題となっています。また、企業や自治体は、日本及び国際社会がどのような政策を展開し、そのインパクトがあるのかの複数のシナリオを想定しつつ、いかにして気候変動問題の悪影響を抑え、そして気候変動問題から生じるリスクとチャンスに適応していくのかが注目されるところです。

本記事では、米国NPOのClimate InteractiveとMITなどが協働で開発した政策シミュレーター「En-ROADS」を活用しながら、多数のエネルギー・気候政策の選択肢及びその組み合わせがどのようなインパクトをもちうるのか、システム思考の視点から考えていきます。

エネルギー・気候政策シミュレーター「En-ROADS」

En-ROADSは、クリエイティブ・コモンズとして、どなたでもアクセスし、さまざまな気候政策を試し、そのインパクト(大気中のCO2濃度、温度上昇、海面上昇、世界GDPへの影響など)を瞬時に検証し、さまざまな気候シナリオを策定することができるシミュレーターです。

その前進となるC-ROADSでは、世界の国々が2100年までの温室効果ガス排出量についてどのような目標を立てるか、あるいは森林伐採と植林にどのような目標を立てるかを入力することによってそのインパクトを計算できました。そのC-ROADSをもとに、エネルギー政策や輸送・建築物、土地利用、炭素除去、その他の温室効果ガスなどの政策レバーを加えているのがEn-ROADSの特徴です。C-ROADSが地域毎であったのに対して、En-ROADSはグローバルモデルとすることで、より具体的な政策に関する検討を可能にしています。

EnROADSstructure.png
図1:En-ROADSのシステム構造概観

C-ROADS及びEn-ROADSのシミュレーション計算の前提は、1850年から2010年までのデータによって設定され、そのシミュレーション結果はIPCCの第四次報告書の各シナリオに適合するものです。活用されているシステム・ダイナミクス・モデルの計算式はすべて公開され、適宜最新データに基づき更新されています。En-ROADSは、エビデンスに基づき、透明、柔軟で統合されたシナリオ作成ツールと言えます。

CROADShistory.png
CROADSsimulation_vs_IPCC.png

図2:C-ROADSのシミュレーション結果と実績データとの比較(上)、IPCCシナリオとの比較(下)

とりわけ、En-ROADSの特徴は、12種類の一次エネルギー源とキャリアに関する選択が、エネルギー政策、技術開発、エネルギーの需要と供給に関する資本ストックの回転及びフィードバック(相互作用)によってどのような影響を受けるかをモデル化していることです。エネルギー需給における主要な要因とフィードバックが下記に示されています。

EnergySupplyDamandFeedbacks.png

図3:En-ROADSに組み込まれたエネルギーの需要と供給におけるフィードバック

ここで、システムモデルを抽象的に眺めるよりも、政策の変更やエネルギー需給のフィードバックがどのようなことが起こるか、シミュレーターを実際に使って見るのがよいでしょう。
https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.4.0&lang=ja

climatetarget.png
図4:国際的に合意されている気候に関する目標

産業革命以前からの地球表面の温度上昇が2℃未満、可能な限り1.5℃までに抑えられるように、政策レバーを動かして、ベースライン(黒線グラフ)に比べて、自身が作業する政策シナリオ(青線グラフ)がどのように変化するか試してみましょう。

※En-ROADSの基本的な使い方はこちらの記事をごらんください。
https://www.change-agent.jp/news/archives/001369.html

また、より詳しい政策を設計したい方は、政策レバー右上の「:」をクリックして詳細の選択をしても良いでしょう。

シミュレーション結果の検討

さて、みなさんは1.5℃のシナリオを導くことができたでしょうか? そのためにどんな政策が必要となりましたか? 自分の思っていたイメージと同じだったことや違うことは何だったでしょうか?

イメージとの違いが起こる理由には、エネルギーモデルや気候モデルの前提条件が違う場合もあれば、あるいはシステムの複雑な営みについて想定していなかった場合もあります。もし、エネルギーや気候の前提条件、例えば、資源量や技術のポテンシャル、普及に要する期間、気候感度などについて確認、修正したい方はシミュレーションメニューの「前提諸元」をご覧になってください。

この記事では、En-ROADSを活用することによってしばしば発見・再発見されるシステム的な洞察について解説していきます。

政策シミュレーターを使った感想でもっとも多く聞かれるのは、技術政策であれ、市場政策であれ、一つのレバーだけでは1.5℃目標は達成できないという洞察です。

それぞれの政策レバーの上限は、多少無理をしてでもポテンシャルを最大限にまで引き上げたところに設定しています(それぞれ、政策レバーメニューの右上ボタンで詳細を展開すると説明があります)。

例えば、再生エネへ大きな補助金(0.03ドル/kWh)を追加すると0.2℃上昇を抑えることができます。それに伴う財政支出は普及に伴い上昇し、2030年200億ドル/年、40年660億ドル/年、50年には1.13兆ドル/年を用意しなくてはいけません。

RE3scenario.png
図5:再生エネへの補助金を最大(0.03ドル/kWh)とするシナリオ
https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.4.0&p16=-0.03&g0=93&g1=86&lang=ja

あるいは、石炭に非常に高い課税(110ドル/石炭トン)をかけた場合も0.2℃上昇を抑えることができます。電力の市場価格は世界の平均が0.09ドル/kWhですが、2030年頃までは0.01ドル上がって0.10ドル/kWh程度になります。制度が普及する十年後には490億ドル/年の税収があるのでなんとかコスト増の緩和を試みることもできるかもしれません。

Coal110scenario.png
図6:石炭への税を最大(110ドル/石炭トン)にするシナリオ
https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.4.0&p1=110&g0=93&g1=86&lang=ja

しかし、1.5℃目標へはベースライン予想の3.6℃から2.1℃下げる必要がありますから、これらの政策だけではまだまだ足りないことがわかります。現実に、ほとんどの政策レバーは0.1℃程度しか抑えることができません。しかし、中には0.3℃から0.5℃下げる政策レバーもあります。18の政策レバーのうち、単独でもっとも効果が大きいのはどれだったでしょうか?

気候政策において「銀の弾丸」は存在しない

英語で、「銀の弾丸(silver bullet)」という表現があります。これは狼男や吸血鬼などのモンスターを退治する際に、銀の弾丸を使うことで不死身のようなモンスターも一撃で倒せるというストーリーに由来して、手強い難題を解決する画期的な解決策のことを「銀の弾丸」と呼びます。

しかし、こと気候変動の問題に対しては、「銀の弾丸」は存在しません。例えば、核融合などの新たなゼロエミッション技術を今すぐに発明したとしても、商用化し、発電設備を建設するなど普及に要する期間や需給フィードバックなどを考慮すると、今世紀中のインパクトは限られたものでしかありません。(これについては、後ほどさらに詳しく説明します。)

1.5℃目標、あるいは2℃未満目標の達成には、単独の政策ではなく、多くの政策を組み合わせた、いわば「銀の散弾(silver buckshot)」を用意しなくてはなりません。

では、どのような組み合わせが有効なのでしょうか? システム思考における重要な洞察は、「1+1=2」になるとは限らないと言うことです。例えば、再生エネ補助金は2100年までに397GtCO2を累積で回避し、石炭税は614GtCO2を累積で回避するとシミュレーション結果が産出されます(2100年までに回避したCO2累積量は、「表示」メニュー「アクションと結果」で確認できます)。しかし、この2つの政策を組み合わせても合計で896GtCO2の回避にとどまります。排出0.2℃+0.2℃の効果は合わせて0.4℃になるわけではなく、0.3℃抑制にとどまっています。

Re3_Coal110scenario.png
図7:再生エネ補助金0.03ドル/kWhと石炭税110ドル/石炭トンの組み合わせシナリオ
https://en-roads.climateinteractive.org/scenario.html?v=22.4.0&p1=110&p16=-0.03&g0=2&g1=86&lang=ja

なぜかと言えば、まず基盤にあることとして、それぞれの政策で回避する温室効果ガス排出量に重複がある場合は、追加性のある部分しか効果として算定できないためです。単独の政策効果を、複数実施してもとの合計を上回ることはそうそうあることではなく、多くの場合は効果の重複によって目減りします。

よりシステム的に重要なことは、政策の組み合わせによって、トレードオフ効果が生じたり、逆にシナジー効果を発揮できる場合があるということです。

ここで出した再生エネ補助金と石炭税は、実は相互補完するシナジー効果が働く組み合わせなので、トレードオフで相殺される効果が抑えられています。単独の効果と比較してみましょう。

「世界の一次エネルギー源」のグラフを見ながら、石炭のレバーを左に動かすと、石炭が減りつつも、石油、天然ガス、再生エネなどがそれぞれ上昇します。一方で、再生エネのレバーを右に動かすと、石油、天然ガス、石炭などがそれぞれ下降します。石炭を減らせばすべてが再生エネにシフトするわけでも、あるいは逆に再生エネを増やせばすべてが石炭を減少させるわけでもありません。それぞれの事業者や需要家がエネルギーミックスの間で最善の選択を求めると、他の選択肢との間で温室効果ガス削減効果が限定的なエネルギー選択を行うことがよくあります。こうしたシステム効果を「風船握り効果」とも呼びます。つまり、ゴム風船を手のひらで握ろうとすると、中の空気が隙間を探して移動するために、指の間からもれてあちこちに広がっていく効果です。

この風船握り効果のために、再生エネ補助金も石炭税も、単独では、多くの方のイメージするほどの効果は出ていません。この2つの政策を合わせることによって、かろうじて石油や天然ガスへの流出を抑えるシナジー効果が働きました。また、石炭税で得た財政収入は少なくとも初期において、再生エネ補助金や貧困層向け対策に使うことができる点でも補完的です。しかし、それでも合計で0.3℃抑制の効果にとどまるということは、もっとほかの追加や組み合わせが必要となるでしょう。

このように、気候変動のような課題では、どのような政策の組み合わせが限られたリソースを最大活用してインパクトを得ることができるのか、しっかり吟味することが必要になります。皆さんもすでに試行錯誤で効果の高い組み合わせや効果の低い組み合わせを発見したのではないでしょうか? 

このシリーズでは引き続き、エネルギーや気候に関連するシステムの洞察、知恵を紹介していきます。

(つづく)

小田理一郎

▼つづきはこちらから「システム思考でエネルギー・気候政策を考える(1)~(4)」
https://www.change-agent.jp/systemsthinking/practice.html#energy

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