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新型コロナウィルス(COVID-19)感染で亡くなられた方のご冥福を祈り、また、闘病されている、苦しんでいる、あるいは悲しんでいる方へお見舞い申し上げます。医療や保健、生活インフラのために最前線で働かれる皆様には感謝申し上げ、今つらく不安な気持ちでいる皆様には今の危機を一緒に乗り越えたくエールを送ります。
私は医療・公衆衛生の専門家ではありませんが、システム思考や組織学習の視点から、医療や保健関連の方たちの出している知見、提言についてよりわかりやすく、意思決定者や市民の方たちにコミュニケーションをすることを意図しています。
人の死を数字として扱う不遜をお許し頂きたく、何よりも一人でも多くの救える命を救うためにコラムを書いております。
第1回では、ウィルス感染な指数関数的な成長の傾向とそのスピードがいかに私たちの想像を超えやすいものかを紹介しました。第2回では、その指数関数的な成長を生み出すシステム的な構造としての自己強化型ループ、そして拡大に対して抑止の働きをもつ回復、死亡、感染の実質飽和という3つのバランス型ループを紹介しました。しかし、多くの世界での現状の対応だけで自然の成り行きに任せることは、多くの重症患者と死亡者の発生につながり、医療体制にかかる負荷を考慮するとさらに被害が広がるおそれがあります。このコラムでは、市民、事業者、自治体・国政府などの行動変容や施策がどのようにその構造に介入することによって、未来の状態(特にアウトカム)を変えることができるのかについて考えます。その後、今検討されている施策の組み合わせがどれくらいのインパクトを持ちうるかについても考えます。
システム思考で分析をするときには、このコラムでの流れのように、関心事が時間の経過と共にどのようなパターン(挙動)で展開し、成り行きがどのようになるかを探ります。次いで、その成り行きのパターンをベースとおいて、今なされている営みのシステム的な構造の分析を行います。前回紹介したループ図(システムモデル分析の一手法)では、「未感染者数―感染者数―回復者数(死亡者数)」という基本的な人の蓄積と流れの構造に対して、ダイナミックな変化を生み出す条件やその結果と合わせて、関係者たちの行動等を赤字で示していました。具体的には、「(未感染者の)感染リスク行動」「感染リスク環境」「未感染者の社会行動」「感染者の接触につながる行動」「他の感染地域からの移入」です。これらのエントリーポイントから、とりうる行動変容や施策を整理していきます。具体的な施策を検討するにあたっては、国の専門家会議による一連の見解、提言(2/29. 3/2, 3/9, 3/19)を参考にしました。NHKの下記のウェブサイトにそれぞれの全文及びNHKによる要約が一覧できます。https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/view/
ウィルスと人間の相互作用を示すシステム図。紫はウィルス固有の性質、赤は人間の行動関連、黒はその他の要素を表す。矢印は因果関係を表し、青は変化の影響が同じ方向に、赤は変化の影響が逆の方向に現れる。また、矢印に二本線がある場合は、長い時間を必要とすることを表す。緑の要素と矢印が自然の構造への介入(働きかけ、行動変容、施策)を示す。また、因果関係が循環している部位に示されるR、Bはそれぞれ自己強化型フィードバックループ、バランス型フィードバックループを意味する。 |
典型的な感染の拡大と終息パターンを示す構造は、指数関数的な成長のエンジンとなる自己強化型ループに対して、その成長を抑止する3つのバランス型ループで構成されていました。私たちの関心事は、「いかにして感染の連鎖(R1ループ)を弱めて新規感染を止めるか」「感染者について診断、回復(B1ループ)を強め、速めるか」そして、「いかにして死亡者数(B2ループ)を最小限に抑えるか」です。未感染者がなくなる飽和(B3ループ)について、短期的には感染抑止が最重要となりますが、長期的には集団免疫を獲得するために重要となっていきます。ここではこの月単位の短期、年単位の中期の時間軸を念頭に、次の介入を見ていきます。
A.個人の予防行動及びその啓発 => 「感染リスク行動」
B.リスク環境改善施策 => 「感染リスク環境」
C.社会的距離拡大施策 => 「未感染者の社会行動」
D.疫学的な公衆衛生施策 => 「感染者の接触につながる行動」
E.人の移動の制限及び検疫 => 「他の感染地域からの移入」
F.医療による介入(治療) => 「重症化」「回復期間」「実効致死率」
F.医療による介入(予防) => 「未感染者数」
項目毎に詳しく見ていきますが、ある施策は上記区分の複数にまたがる場合もあります。システム思考で施策を考える際には、一般に共通の目的に貢献する複数のポイントへ波及する施策は効果的と考えます。但し、しばしばあるポイントでの施策が他のポイントに望ましくない影響を与える"副作用"や"意図せぬ結果"にも注意を払う必要があります。
A.個人の予防行動及びその啓発
個々人が自分を護り、周囲の人たちを護ることは最も重要なことです。個人の行動変容が十分多くの人たちで実施されない限り、どれほど強力な施策を打ったとしても、感染の拡大を抑止することは難しくなります。
この介入の狙いは、感染につながる感染リスク行動を認識し、その行動を抑止して、できる限り感染の確率を下げることにあります。新型コロナウィルスについては、咳、くしゃみ、つばなどによる飛沫感染による感染します。実際に集団感染の起こった状況から想定されるリスクに対して、国の専門家会議からは以下のような対策が提示されています。
(「」内は専門家会議の見解、提言からの引用、括弧書きは筆者補足です) |
インフルエンザなど他の感染症や世界保健機関(WHO)のガイドラインとも重なります。上記に、「挨拶の握手、キス、ハグなどを避ける」ことが書かれていないのは、欧米では一般的であっても日本ではそれほど行われていないからでしょう。逆に欧米ではあまり活用しないマスクについて、専門家たちは提言の中で「近くに人がいる状態で会話する際に、マスクを着用する」ことを進めています。国内でもよく議論されますが、エビデンスからは、マスクを着用しても本人の感染防止の観点からの感染の効用は認められない一方、感染の疑いのある人が周囲の人への感染を防ぐ上で有効と見なされています。WHOは市民のマスク着用については推奨せず、特に医療従事者が必要としている医療用マスクは供給が逼迫しているために使わないように推奨しています。最近では、欧米でも布製のマスクを使うことに関して推奨し始める国も出始めています。
マスクに関して言えば、比較的健全なディベートを行いながら、そのメリット・デメリットや目的、効果、条件、制約などを理解し、自分で判断したり、専門家のアドバイスを受けて着用をするしないの選択があることがよいことかと思います。一方で、ネット上ではデマも多く、あらゆる関連テーマで、特に陰謀論的なことや人の気を引くことに対して多く出回っていることが大きな懸念となっています。WHOのサイト(https://www.who.int/news-room/q-a-detail/q-a-coronaviruses)でもデマと疑われる情報に対して科学者の見解を示すことに大変力を入れていますが、国内でもファクトチェック・イニシアティブ(https://fij.info/coronavirus-feature)が内容の検証を行っています。くれぐれも信頼できるソースから情報を入手し、鵜呑みにするのではなく状況や目的に応じて考え、あるいは、医療関係者などの信頼できる人に相談してご判断ください。(このコラムの情報も、考える材料や問いかけとして受け取っていただけたらと思います。)
ところで、日本人はどれくらい感染リスクに対する予防行動をとっているのでしょうか。LINEが厚生労働省と情報提供の協定を結び全国の利用者、8000万人以上に対して健康状態や感染予防の対応について尋ねた調査(3月31日~4月1日、2540万人回答)の集計結果によれば次のようになっていました。
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手洗い、咳エチケットなどの基本的な感染症対策は多くに人が行っていますが、「3つの密」を避ける対策については十分とは言えない状況です。
新型コロナウィルスの対策についてどの程度知っているか情報発信や啓発の重要性がある一方で、最後のテレワークのように、本人が希望してもそうした選択肢がないこともしばしばあります。それが次の対策のポイントになります。
B.リスク環境改善施策
一人ひとりの市民がリスク行動を避け、また、予防の行動をとることが重要である一方で、その人が暮らし、通う地域や職場に大きなリスクがあったり、予防行動をとる環境がなかったらば、感染の確率を下げることはできません。
専門家会議の提言、そして国の感染対策の大きなポイントである「3つの密」を避けるのは、個人の努力だけでなく、職場や外出先となるさまざまな施設側の環境や状況に潜むリスクを下げることが重要となります。
その対策として、専門家会議が提言した項目から、主として事業者のアクションとして期待されていることを以下に列挙します。
(「」内は専門家会議の見解、提言からの引用、括弧書きは筆者補足です) |
おそらく、皆さんのお仕事の業態・業界ごとに、さらにさまざまな具体的な指針が加えられるのではないでしょうか。運用にあたっては、具体的な基準やルールが必要なものもありますが、すでに知識が社会の中にあることは調べる、聞くでよいでしょうし、十分にはないことをまず運用しながらその効果を確かめて改善していく適応マネジメントが必要なこともあります。
国は、事業者による感染対策の要請や助成を行い、また、テレワーク、時差出勤なども推奨しています。しかし、実際にどれくらいの職場でそれが可能か、課題は多いことでしょう。例えば在宅勤務の側面をとった場合、総務省の「通信利用動向調査」では企業のテレワーク導入率が2018年で19.1%。子育て支援アプリ「ママリ」が行い、3月7日に発表した調査では、働く母親の8割が在宅勤務できないと回答しています。特に中小企業での課題が目立ちます。
今後は、製造工場、倉庫、小売りなど、事業所内の設備や場がなければ仕事ができない人向けには、通勤インフラのスペースを提供する一方で、人の密度や接触機会を減らす上では、在宅勤務ないしテレワークへの移行を図るインフラの強化、ノウハウの推進が重要になってくるでしょう。こうした変化は、今回の新型コロナウィルスをきっかけにすでに始まっていますが、今後いろいろな形でIT機器やその運用に関するノウハウ蓄積、インフラやルールの整備などが必要になってくることでしょう。同じようなシフトは、教育現場にも言えることかと思います。
こうした環境作りは、職場のハードだけでなく、ソフトな制度や職場文化にも言えるでしょう。例えば、自身や子どもの風邪の症状で休んだ方がよいときに、金銭的な理由や職場・上司の雰囲気などが理由で休めないとしたら、結果的にリスク行動を促進してしまう可能性があります。仕組み作りは第一歩ですが、よくよく目的を理解して、職場全体での安全をいかに確保するか、それぞれの従業員・職員の健康をいかに維持するか、双方向のコミュニケーションや文化を築く活動が欠かせません。
C.社会的距離拡大施策
疫学上の「社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)」という言葉は感染リスクを抑えるために、人と人との接近や接触を減らすことを指します。すでに、ここまで紹介したリスク行動の回避やリスク環境の改善で上げた提言の一部も、この社会的距離の拡大に相当するものが含まれていました。
最近は新型コロナウィルス対策のため、英語でもよく「ソーシャル・ディスタンシング(Social distancing)」を耳にしますが、2つの文脈で話されてるように思います。一つは、ミクロのレベルで、家庭、職場あるいはその他の状況で人と人が同じ空間を共有する際に、どのように感染リスクを下げるかという意味での社会的距離であり、これはまさに密度を下げる、人と人の距離をとる、といった行動変容や環境の整備を指しています。
もう一つの社会的距離は、よりマクロなレベルで、集会の制限、文化・スポーツイベントの制限、休校、外出制限、生活を継続する上で必需となる事業以外の事業所や店舗営業の制限などを行うものです。人と人が「接触する回数」自体を大きく制限しようとする一連の施策と言って良いでしょう。
このマクロレベルの社会的距離についてシステム的に考えてみましょう。国にしても都市にしても、大きな規模の集団(例えば10万人以上)となっている場合は、構成する市民全員が他のすべての市民と接触する機会があるとは考えづらいものです。大抵は、家族、職場、学校、地区などのもっと小さいな単位の集団に属して、ほとんどの場合はいくつかの異なる集団内のみの人たちと接触することになるでしょう。では、私たちは1週間に、誰と何回くらい顔を合わせたり、話をしたりするでしょうか。もちろん人それぞれですし、年齢や家族構成や職業や役割などによっても違うかもしれません。そこで、そうした人の行動を調査して、仮に平均的には3分の1が1~数人の家族と、3分の1が数十人の学校や職場の人たちと、そして3分の1が数百から数千人の地域の人たちと顔を合わせている人たちがいるとしましょう。その前提から、もし地域のイベントや集会、レストランや買い物などに出かけなければ、接触回数を3分の2にすることができ、接触の対象者も家族や職場などの数十人程度に限ることができます。さらに、学校や職場が休みになって家族としか顔を合わせないとしたら、接触回数もいくらか減るでしょうし、何よりも接触の対象者もわずか数人に限ることができます。
大きな国や自治体も、常に均一になるようにかき回す大きな一つのポットではなく、小分けした小さなポット(コンパートメント)の集合体として区分けすることができれば、感染に必要となる「感染者と未感染者の接触機会」を大幅に減らすことができると考えることができます。
第1回で、倍増期間のイメージのために睡蓮のなぞかけを紹介しました。「毎日2倍に増える睡蓮が池全体を覆うのが30日目だとして、池の半分が覆われるのは何日目か」という問いに対して、答えは29日目でした。人によっては、「個体の周りすべてが個体で覆われている睡蓮は増えようがないだろう」と思った方もいるかもしれません。その通りです。このなぞかけが成り立つ前提は、池が一つの全体であり、かつ風や波で全体にまんべんなく攪乱されていることが条件です。もし池をいくつもの区画に分けて、攪乱しないだけでなく、その区画間の境界を乗り越える睡蓮が出ないように設計すれば、池全体に広がることはなく睡蓮は特定の区画だけにのみ広がり、やがて消滅していくことでしょう。
専門家会議の提言で、「不特定多数」の集団の密集や食事をとることを避けるようにありましたが、「不特定の人」とは普段属する集団を超えて接触する人のことを指します。平時には、所属する集団超えていろいろな人と会う人ネットワーカーとしては重宝されますが、感染拡大時にあっては、この通常の集団の境界を越えることがリスクを増加する要因になります。社会的距離拡大施策をとっている間は、最低限の集団単位を越えてほかの人と接触する機会を極力減らすこと、そして、どうしても避けられない必需品の買い物、通院、重大な用事など、ほかの人と会うときには最大限の注意を感染対策に注ぎ込むことで感染のリスクを下げることを目指します。また、私たちがそれぞれが文字通り一人で生きていくことは、実利的にも、精神的にも難しいものですから、家族あるいはそれに変わる集団単位での人と人としての接触機会をもつことは重要です。さらに、外に出るときにはその集団の互いが互いを護るためにも、責任をもって感染対策ができたならば理想的です。
では、あらためて国の専門家会議の提言する社会的距離拡大施策を見てみましょう。
(「」内は専門家会議の見解、提言からの引用、括弧書きは筆者補足です) |
日本の社会的距離拡大施策は、中国、イタリアなどで見られたロックダウン(都市封鎖)や、アメリカ、イギリスなどで多く見られる夜間ないし終日の外出禁止指示、事業所やレストランでの食事提供の営業停止などの施策に比べると、経済への影響の配慮からでしょうか、かなり緩やかです。例えば、他国では、病院、警察、消防や電気、ガス、水道、食料流通、銀行など生活インフラ以外の事業に対して制限をかけているのに対し、今までの日本の自粛においては、どんな業界であっても、仕事や生業は不要不急の対象外でした。
専門家会議の見解からも、できるだけ負担の大きくなる強い社会的距離拡大施策を避け、クラスター戦略をしっかり進めながら、国や自治体による発令は最終手段にしたい意図の現れる文言があります。確かに事業の停止を迫ることはただ事ではありません。
海外のより強力な施策について、イタリア、スペインなどでは、強い施策を打ち出さなければいけないほど、多くの市民たちの外出自粛の要請を無視して店舗などでの飲食を続け、患者数の爆発的な増加が起きてしまったからとの見方もあるかもしれません。しかし、日本はそれを対岸の火事のように見れるでしょうか。
日本に目を向けて、不要不急の外出自粛は、2月25日より推奨されていましたが、私たちはどれくらい外出を減らすことができたのでしょうか。駅や公共交通機関の統計、小売りの来客数、あるいはスマホの位置統計などさまざまな統計で確認することができます。Googleが社会的距離拡大施策の効果のデータとして、"COVID-19 Community Mobility Report"を公開しています。位置情報の統計利用の許可を選択したユーザーデータから、位置を6つのカテゴリー「小売・レクリーション」「スーパー・薬局」「公園」「駅」「職場」「住宅」に分けて、ベースラインとして1月3日~2月5日5週間の曜日平準化したデータに比較して2月16日から3月29日までどうなっているかを見て取ることができます。表示されている数字は最新(画像では3月29日)ですが、むしろグラフが中央のベースラインからどれくらい下に面積があるかで見るのが重要です。(一番右下の住宅以外は下がっていた方がよい)
出典:Google, "COVID-19 Community Mobility Report"(https://www.google.com/covid19/mobility/)
東京を概観して言えるのは、最初の専門会議の報告から3月25日小池知事の外出自粛の会見に至るまでは、小売り・レクリーエーションが1~2割、駅が2割前後減少している一方で、他はベースラインからの変化がごくわずかしかないということです。職場で下にスパイクが出ているのは祭日のためです。3月25日頃から徐々に減り始めて、寒く雪の降った3月29日になってようやく外出を控える効果が出ている程度です。(追記:3月29日の記述を修正しました。)
米国ニューヨーク州ではロックダウンの始まった3月15日(累積感染確認数732人)頃から、イタリア北部ロンバルディア州では大きなクラスターの発生した2月21日の後から下がり始め、3月8日(国全体感染確認数7375人)のロックダウン以降明確に人の外出が制限されていることがわかります。
専門家会議の状況認識においても、「3つの密」を踏まえた行動変容の重要性が市民に伝わらなかったこと、3月中旬頃から「自粛疲れ」によってリスク行動が広がっている可能性を指摘していました。
残念ながら大規模イベント中止と休校の"要請"のみに頼った社会的距離拡大施策は機能せず、13日間(潜伏期間及び報告までの平均日数)遅れを経て先週来の新規患者発生数の拡大につながっているように見受けられます。
今回はここまでとして、次回は疫学的な公衆衛生施策、人の移動の制限及び検疫、医療による介入、さらにそれらの施策の効果について考えます。
執筆:小田理一郎