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会社名でもある「チェンジ・エージェント(変化の担い手)」を目指し、また、変化の担い手の応援や育成のお手伝いをしていく中で、大きな影響を与えてくださった方々の実践について振り返っています。「世界のチェンジ・エージェント」の3人目は、システム思考の第一人者達の中でも、とりわけコミュニケーション能力に長けていたと言われる故ドネラ・メドウズさんです。
今も、人々の中で生き続けるドネラ・メドウズ氏の深い洞察
ドネラ・メドウズさんは、日本でもよく知られている『世界がもし100人の村だったら』の原案者です。1972年に世界に衝撃を与えたローマクラブへのレポート、『成長の限界』の主著者であり、ダートマス大学教授として、コンピューターモデルを使って社会、環境、エネルギー、農業などのシステムを研究しました。また、研究者としてだけではなく、晩年はジャーナリストとしてシステム思考の視点を市民に幅広く伝えることに腐心しました。
著者として刊行された本は10冊を数えます。その文章は洗練され、わかりやすく、いまもなお驚くほど的を射ています。偉大なシステム思考家は、外に現れるシステムだけでなく、私たちの内面にあるシステムであるメンタル・モデルまで、深く突き刺さるような洞察を投げかけます。ドネラ・メドウズさんは「地球市民」(Global Citizen)というエッセイを通じて数多くの卓越した洞察を人々に与え続けました。日本語版では、その中でも珠玉のものを集めたエッセイ集『地球の法則と選ぶべき未来』があります。
残念ながら、ドネラ・メドウズさんは2001年に急病のため亡くなりましたが、彼女の元夫のデニス・メドウズ氏、大親友のピーター・センゲ氏、教え子のジョン・スターマン氏、トム・フィダマン氏など世界のあちこちで活躍する多くの人たちが、彼女の意思を引き継いで、システム思考をもった地球市民の育成に力を注いでいます。
希望を抱きつづけ、「相手」側の言葉に耳を傾け続ける実践と、そのあり方
社会であれ、職場であれ、学校であれ、身近な人間関係であれ、うまくいかないシステムは概して、私たちのものの見方、考え方がその構造を創り出すことに荷担しています。私たち一人ひとりの思考の根本的前提であるメンタル・モデルや、集団としてもつ風土・文化のレベルの変容が伴わないと、どんな改革も結局問題のモグラ叩きに終始し、同じ問題が繰り返し起こることがありがちです。
こうした前提や風土の変容は、私たちの職場の風土改革の例からもわかるように、生半可なことでは起こりません。メンタル・モデルは、そもそもその人やその集団に必要とされて形成されます。過去の成功体験や慣習として私たちの心の奥底にあって、そこを見ようとすることすら拒む人も多いのです。無理に他人のメンタル・モデルを変えようとしても、強い抵抗に遭うのが関の山でしょう。
その難しさゆえに、人間がメンタル・モデルを変えることに悲観的な思想家もいます。また、多くの人が、そんな理不尽なシステムを憎み、闘いを挑み、あるいはあきらめの境地に達したりします。リーダーとフォロワー、お上と大衆、体制側と非体制側、といったように、しばしば二極化し、仮想敵を描き出し、対立の構造を語ることで、私たちは自分たちのメンタル・モデルを強化します。
しかし、ドネラさんは、そうした世の中の風潮にあっても、人の可能性を信じ、絶望の中にも希望のタネを見出すことを自ら実践しながらその仲間を増やしていきました。
「鉄のカーテン」が厳然と心に存在した80年代のことです。当時西側諸国の人でも入国しやすかったハンガリーに開催地を選び、東西のシステム科学者や思考家を集め、6日間の合宿を通じて、自らの心を開き、「相手」側の言葉に耳を傾ける場を創り続けました。現在もその意志は受け継がれ、毎年開かれている「バラトン合宿」では、相互への深い尊敬・信頼をベースにして世界の現状について議論を重ねています。私たちも、2002年からこの合宿に参加しています。
私たちを取り巻く"境界線"
やがてベルリンの壁が崩壊し、私たちの心にあった東西の境界が消え去っていきました。「空気に支配された多数意見」を脱却し、希望を抱き続けた少数の市民たちの力が、やがて大きな意思となって変化につながっていきました。
こうした問題は、国際社会での紛争や対立で起こるばかりではありません。私たちの心の中にあるメンタルモデルは、システムのさまざまなレベルで相似形をつくると言います。家庭や、友人や、ご近所や、学校や職場や、身近なところでもさまざまな境界線が引かれていないでしょうか。私たちは何かしら線を引くことで気が楽になるものです。しかし、もしかしたら、いつの間にか不要な線が私たちの回りにたくさんあるかもしれません。私たちが憤り、不安に感じている問題はその境界線によって助長され、再生産されているかもしれません。もし心の境界線を消し、あるいは境界の範囲を広げることができたら、思っていたのとは違う現実が見えてきたりするものです。
結局、私たちに直接変えられるのは私たち自身しかありません。その私たちの範囲が広ければ広いほど、変化の範囲も広がってくこと。ドネラさんはその実践を通して、またその文章を通して今もなお私たちに、直面している問題に立ち向かう勇気を与えてくれます。
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エッセイ『境界線はこころにあって、世界にはない』/ドネラ・メドウズ
関連書籍
- 世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方
ドネラ・H・メドウズ (著)、枝廣淳子 (翻訳)、小田理一郎 (解説) 出版社:英治出版(2015/1/24)
- 地球の法則と選ぶべき未来
ドネラ・H・メドウズ(著)、枝廣淳子(翻訳)ランダムハウス講談社