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仕事が早いHさん、思うようにいかないTさんのストーリー
2人の腕のいい時計職人、HさんとTさんがいました。1,000個ものパーツから時計を組み立てる手作り時計の名人です。その腕のよさゆえに、Hさんにも、Tさんにも、注文がひっきりなしに来るようになりました。「自分の手がけた腕時計を多くの人に使ってもらえる」と、2人の職人は張り切って仕事をしました。
しかし、やがて2人の明暗が分かれていきました。Tさんは思うように注文をこなせなくなったのです。1,000個のパーツを組み立てる作業は簡単ではありません。電話が鳴るたびに作業の手を止めて、注文を受けなくてはなりません。電話の後も、途中まで進んでいた作業の再確認に追われ、やり直しもあって、大幅に効率が落ちてしまいました。しまいには、納期に遅れが出るようになり、問い合わせや苦情が殺到。ますます作業に打ち込めないありさまです。Tさんの製造プロセスは、効率が悪いだけでなく、外部からの衝撃に弱いシステムでした。
一方、Hさんは増え続ける注文にも順調に対応して、ますます評判がよくなっていきました。実は、製造プロセスにある工夫を加えていたのです。10個のパーツごとにパーツアセンブリを作り、また10個のパーツアセンブリごとにサブアセンブリを作り、そして最後には10個のサブアセンブリを組み立てることで、1つの時計を完成させていました。
レジリエンスを高める「自己組織化」
このように、分化させたより小さな単位の「サブシステム」を階層状に構成することを「階層化」といいます。階層化することによって、それぞれのパーツの作業に必要な情報が格段に縮小します。それゆえ、Hさんの作業プロセスでは、効率がよくなるだけでなく、電話(外部からの衝撃)があっても、その衝撃を容易に吸収できる、弾力性のあるシステムに進化していったのです。
外部の衝撃を吸収できる能力を「レジリエンス」、システムが自身を環境変化に適応させて自らをデザインし、進化させていく能力を「自己組織化」といいます。こうした特徴を備えたHさんの製造プロセスは、Tさんのものよりもはるかに優れたものとなり、2人の明暗を分けたのでした。
「階層化」
システム思考家であり、ジャーナリストであったドネラ・メドウズは、システムをうまく働かせるには、「自己組織化」、「レジリエンス」、そして「階層化」が必要だと述べています。
多くの組織や仕事を見ると、たくさんの階層化がなされていることがよくわかります。たとえば、専門的な機能ごとに分化させたり、異なる製品やサービス、地域ごとに部署を分け、さまざまなパーツを階層化させています。今日、政府や企業などが階層化したシステムとなっているのは、そうすることで生産性と衝撃を吸収する能力を飛躍的に高めることができたからにほかなりません。
階層化の目的は、全体への貢献
しかし、階層化には注意しなくてはいけないポイントがあります。階層化の本来の目的は、全体への貢献をなす下部組織の働きをより効果的にすることにありますが、この目的がしばしば忘れられがちです。
例えば、下部組織が全体への貢献を忘れ、自分たちの利害だけで動いたとしたら、どうなるでしょうか? 逆に、上部が下部組織を助ける役割を忘れ、トップダウンによるコントロールを強化し過ぎると何が起こるでしょうか? 階層化をうまく機能させるには、心がけるべきコツがあるのです。
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