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事例紹介:持続可能な地域づくりに向けた組織ビジョンの策定
どうしたら"私たち"が本当に創り出したいと心から思える未来ビジョンをつくれるだろうか?~地域エネルギー会社のケース~
2050年カーボンニュートラルに向けて書かれた本に、「『先生の講義を聞いて再エネが必ずしも環境に悪いものではないんだということを知りました』という感想にしばしば出くわします。」という記載があり、非常に驚きました。(*) たしかに、日本では2012年に固定価格買取制度の施行され、太陽光発電を中心とした再生可能エネルギーは急速に普及しましたが、同時に、全国で再生可能エネルギーを規制する条例も増加してしまいました。これは、地域住民の暮らしへの配慮よりも、利益を優先した再エネ事業者が住民との地域トラブルを増やしたことが影響していると考えられます。
2020年に宣言された2050年カーボンニュートラル宣言以降、日本でも脱炭素化が加速しています。それに伴い、再生可能エネルギー事業者には、地域経済への貢献、住民との共生、そして自然環境へのダメージを最小限に抑える事業活動が求められています。
2025年、創業20周年を迎える地域主体の再生可能エネルギーの先駆者であるおひさま進歩エネルギー株式会社は、「持続可能性コンパス」を活用して多角的な視点から次の10年を見据えたビジョンを見直し策定しました。
外部リンク:2025-2035年 新しいビジョンを決定 - おひさま進歩エネルギー株式会社
持続可能性コンパス:統合的なビジョン策定の枠組み
「持続可能性コンパス」は、持続可能性コンサルタントであり、この分野のパイオニアであるアラン・アトキンソン氏の提唱した概念です。持続可能性を、羅針盤における4つの方位に見立てた以下の側面からとらえます。
- N(Nature:自然環境)
- E(Economy:経済)
- W(Welbeing:ウェルビーイング)
- S(Society:社会)
この枠組みを用いて、組織・事業活動や地域社会をつくりだしてきた現実を踏まえ、つくりだしたい未来や組織としてありたい姿を考えました。
※ 参考記事:「持続可能性コンパス:企業や地域の持続可能性を見える化する」
VISIS:現実社会のつながりと一人ひとりの想いを結び付けてありたい姿の合意を導き出す対話のプロセス
ビジョン策定には約1年間をかけて取り組みました。まず、社員全員で20年間の歴史を学ぶことで、脈々と組織に受け継がれて大事にしてきた脱炭素と地域貢献への想いや、地域内外の知恵を借りながら地域主体太陽光発電事業の先駆者として得た実績や教訓を共有知としました。
そのうえで、世界のさまざまな地域・国、組織、ネットワークで活用され、実績のあるVISISメソッドを応用してビジョンづくりを実施しました。
VISISとは以下5つの要素で構成されるプロセスです。
※ 参考:ISISハンドブック.pdf)
V: ビジョン(Vision)
集まった人たちでどんな未来を実現するかを設定する
I: 指標(Indicator)
現状と起こりうる未来のパターンを「サステナビリティ・コンパス」の4つの側面から検討し、重要指標を明らかにする
S: システム(System)
パターンを生み出す指標間の因果構造と背後にあるメカニズムを明らかにし、セクターを超えたつながり、トレードオフ、相乗効果を探求する
I: イノベーション(Innovation)
レバレッジ・ポイントを探り、少ないリソースで最大効果を生む施策を探求する
S: 戦略(Strategy)
リソースや能力を生かして、4つの側面を横断する施策を策定し、アクションへの合意を築く
今回は、このプロセスを応用して、事業活動による地域社会への影響、そして事業活動を生み出す社員のつながりを、一人ひとりの知性・感性を互いに引き出しながら未来像をつくりました。
ビジョン策定対話のプロセスの成果
社員の業務・働き方はさまざまです。地域電力供給に直接携わる人、間接業務の人、また、フルタイムだけでなくパートタイムで働く人もいます。今回のビジョン策定プロジェクトに対して、皆はどのように受け止めたでしょうか。
・社員のみなで意見を出し合ってビジョンをつくるプロセスが刺激的だった
・若手メンバーの思いがけない積極性が見られたとともに、皆の率直な気持ち、新たな一面を知る機会となった
・ピラミッドを使ったワークショップ方式が面白く、日常業務では深く考える機会のなかった、自分のやりたいことに気づけた
・自分の携わる環境学習事業が他の事業価値の波及効果の起点となっていると認識できた
・一般には経営ビジョンに入りにくい、仕事のやりがいを含められたことがよかった
・自然が好きで地域の自然を守る事業に関心をもつ社員が多いとわかった
・環境に配慮した自然共生型地域自然エネルギーのモデルになりたい
・地域の人々と対話を積み重ねていきたい
※詳細(外部リンク): おひさま進歩エネルギー スタッフブログ
多様な参加者や関心を結びつけ、サステナブルな未来に向けての合意を築く「ピラミッド」
「ピラミッド」は、持続可能な発展のためにN/E/W/Sの4つの側面から現実や未来を統合的に捉える視野をもつことに役立ちます。また、「VISIS」を活用したグループ・プロセスは、関係者それぞれが持つ支店や知見を引き出し、システム構造と自分や自分たちの事業のつながりを理解することで、つくりだしたい未来を探究することを促します。最終的に完成した立体のピラミッド・モデルは、グループの議論や思考プロセスの記録であり、その結果生じた将来の行動へのコミットメントを象徴します。
現在、日本でも2050年カーボンニュートラルに向けた動きが加速しており、サステナビリティ経営の推進には、組織を超えた関係者の巻き込みや、一人ひとりの実践が不可欠です。
チェンジ・エージェント社では、日本国内における「持続可能性コンパス」および「VISIS」のツールのライセンス使用権を取得しています。これらのツールは、組織や地域の枠を超えた協働や、システム・チェンジの契機となる対話・実践のきっかけになると考えています。
持続可能な未来を考え、ともに一歩を踏み出してみませんか。
文責:北見幸子
(*)安田陽『2050再エネ9割の未来 脱炭素達成のシナリオと科学的根拠』株式会社山と渓谷社、2025年