News & Columns
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー・ジャパン(以下、SSIR-J)の第二フェーズの開始にあたって「伝説のアーティクル」と命名された人気の論文記事を順次紹介しています。今回紹介するのは、「あなたのエンドゲームは何か?:「本当に目指したい姿」を見出す」です。執筆は、グローバル・デベロップメント・インキュベーター(GDI)の役員のアリス・グゲレフと創設者アンドリュー・スターンです。GDIは野心的な人材、画期的なアイディアと資金をマッチングして、次世代のシステム変革ソリューションを創出するソーシャルインパクト事業を育成する団体です。SSIR-Jウェブサイトで公開されている原文はこちらからご覧になれます。
エンドゲームとは何か? なぜ重要か?
エンドゲームとは、チェスや戦略ゲームにおける「ゲームの終盤戦」の局面において、残りのコマでどのような最終的な勝利を目指すのかの目標イメージに由来します。ビジネスのスタートアップならば、IPOを成功させる、大きな企業に買収される、市場の支配を続ける、あるいは長期的な成長と持続可能性を目指すなどです。こうしたエンドゲームを明確にすることは、投資家を引きつける、組織の戦略的な指針とするなどの観点で大きな意義があります。
ソーシャルセクターにおいて、非営利組織や社会的企業の存在感が増していますが、とりわけ注目されるのがインパクトのスケール化です。過去先人たちの取り組みもあって、多くの社会課題においては前進していることが多くあります。一方で、「持続可能な開発目標(SDGs)」はじめさまざまな環境や社会の課題において、解決策となるアイディアや取り組みは存在しながらもその恩恵が届くのはごく一部にとどまっています。誰も取り残したくない、より多くの人たちに恩恵を届けたいという願いが、よりよいアイディアや取り組みのスケール化に期待を後押しします。
多くの非営利団体は、生まれながらに小規模です。社会的インパクト実現に向けて志を共にする数人の仲間たち、あるいはとても強いソースを持った個人を応援しようと集まってくる少人数の市民たちが非営利団体を立ち上げるパターンが日本でも非常に多く見られます。数人~数十人の手弁当に近い状態から、やがて専従・パートタイムの有償職員を抱え、コミットする自らの生活の糧を確保することも必要です。こうした「スタートアップ期」に、自組織の打ち出すコンセプトやサービスモデルに期待が集まると、そのコンセプトの実証へと資金や人員が集まる「コンセプト実証期」へと移行します。このコンセプト実証期の組織や事業の規模は、予算規模に換算すると50~200万ドルだとグゲレフらは置いています。日本では円安の影響もありますがもう少し小規模であることが多いでしょう。
コンセプト実証期で有効性を示したサービスモデルは、その後「成長初期」「飛躍期」「フルスケール期」と展開することで、地域内のより多くの人たちにサービスモデルを届け、あるいは国内外の他の地域でもインパクトの実現に貢献することができます。志が高ければ高いほど、目標のレベルと今の現実のレベルの乖離に対して、その乖離をなんとか埋めたいと努力し、事業規模・組織規模の拡大を目指します。しかし、想いある人たちが集まった集団が、多様な人たちが集まる組織運営に長けているとは限りません。むしろ、さまざまな成長の限界に直面し、事業規模や質が停滞することもしばしば見られます。このインパクト実現と組織規模拡大のジレンマの難題に対して、グゲレフらは「組織の規模とインパクトの大きさは必ずしも同じではない」ことを提起します。
むしろ、ほとんどの非営利団体は、単独で変化を引き起こせるほどの規模に成長することはない。構造的な障壁が高すぎて、持続的かつ著しい成長のために必要な資金を獲得できないからだ。そうした障壁があるということを考えると、非営利団体のリーダーは「どのように組織をスケールアップさせるのか?」ではなく、もっと根本的な問いと向き合うときが来ているのだ。今こそ考えてほしい問いとは、「What's your endgame?(あなたのエンドゲームは何か?)」である。
ここでソーシャルセクターにおける「エンドゲーム」とは、その組織が自身の核となる事業モデルや介入策の有効性を証明したあと、最終的にどのような形で社会課題全体の解決に貢献していくのかを指すと定義されています。そして、グゲレフは非営利団体が検討すべきエンドゲームは6つあり、スケールアップによって実施中のサービスを維持・拡大しようとするのはそのうちの1つにすぎないとします。
論点となっている非営利団体組織の規模について、グゲレフらは次のような統計を示します。
アメリカでは1970~2003年の間に年間収益が5,000万ドルを超えた営利企業は4万6,136社だった一方で、非営利団体はわずか144団体だった。最近は非営利団体を取り巻く環境がわずかに改善されつつあるが、1975~2008年の間に年間収益が5,000万ドルに達したのは201団体にすぎない。登録されている全組織の半数以上は、年間資金調達額が10万ドルに届かず、100万ドルを超えているのはわずか7%というのが現状である。
日本でも、内閣府のNPO法人実態調査では、認証団体の6割、認定・特例認定法人の3割が1000万円以下であり、1億円以上の予算規模をもつ団体は1割に過ぎません。予算規模だけで論じることではないですが、グゲレフらは「成長初期」を抜けて「飛躍期」に到達する基準を500万ドルと置いていますが、日本では最大規模のNPO(財団は除く)でも7-8億円程度ですから、飛躍期に到達する非営利団体は極めてまれな存在です。(筆者コメント:運動論の観点から、どれだけ多くの受益者やユーザーにアウトプットだけでなくインパクトが届いたかの観点のリサーチがあれば是非勉強したく思います。)
非営利団体の成長モデル
図1:非営利団体の成長ループ
→:原因から結果へ因果関係(青:影響の向き同じ、赤:影響の向き逆)
//:因果関係が効果を現す時間の遅れ(相対的)
R:自己強化型ループ、B:バランス型ループ
非営利団体の成長局面について、筆者が直接・間接に関わった組織について特にリソース及び能力とインパクトの側面からモデル化すると図1のようになります。
インパクト目標に対して達成度合いの乖離がある分野で非営利団体によってソリューションが提示されると、有望なアイディアに対してスタートアップの資金が投じられてその資金によってプログラムが開発、実施されます(B0目標ループ)。その非営利団体が成功裏に立ち上げ、コンセプトの有効性が実証され始めると、そのコンセプトあるいはインパクトの達成度合いが評判となってより多くの資金調達額集まり、受益者などからの収入(事業収益)を含めてより多くの資金が集まります。その資金をプログラムの経費として投入することでさらに事業活動とアウトプウトの規模を広げてインパクトの達成度合いを高めます(R1、R1''成長ループ)。矢印上の二本線は相対的な時間遅れを示し、例えば事業実施してアウトプット(事業者によるモノ・サービス提供)が生じてもそれがアウトカム(受益者にとっての価値)につながるまでには時間遅れが生じることがしばしばです。また、インパクトの達成度合いが評判につながるまで、あるいは評判が資金調達額につながるまでには、並行する別の因果関係に比べて相対的に時間がかかることを示します。例えば、評判からスケール化への期待が高まって募集する投資の必要資金調達額は即座に決まります(R1'成長ループ)が、実際に調達額がその必要額に到達するまでには遅れが生じます(R1成長ループ)。
資金の一部は、プログラム直接経費だけでなく、成長に伴い人材の数と質(人的資本)や拠点・設備・インフラなどへ投資することもできます。こうした人的資本、設備資本あるいは派生する知識資本が充実することは、組織能力の適正度合いを高め、活動の効率・効果を高め、良質なサービスのデリバリーを担保して、インパクトの達成度合いを高めます(R2、R3ループ)。また、事業活動の規模が大きくなることはスケール効果によって効率を高める可能性もありますが、非営利団体の活動規模は零細で十分なスケール効果を出すまでには時間遅れがあります。同様に、ソーシャルセクターにおいて、調達あるいは内部留保した資金は、プログラムの直接経費が優先され、人件費・人材開発費や設備・備品・インフラなどへの投資に回ることは後回しとなりがちで、自己資金によって細々となされることもしばしばです。
(R4、R5ループは後述)
非営利団体の成長の停滞:「ソーシャル・キャピタル・キャズム」
こうした停滞の状況について、グゲレフらは以下のように調査結果を示します。
...アメリカ有数の資金提供者から支援を受けている142の非営利団体を調査し、その中でも2000~2007年に設立された41団体に着目した。この41団体は設立から少なくとも5年間は成長したが、以降は十分には拡大せず、現在もその頃の規模に留まっている。この41団体の中で、比較可能な各種データが入手できた39団体については、2012年時点での予算規模に差が生じていることが明らかになった。3分の2の27団体は年間の資金調達額が200万ドルに達していたが、1,000万ドル規模に成長したのはわずか5分の1の8団体にすぎなかった。これらはここ10年で最も有望な組織であるにもかかわらず、それなりの運営規模に成長したのは、一部にすぎないのだ。
このように成長初期段階あるいはそれ以前で停滞し、飛躍期を迎えない現象は「ソーシャル・キャピタル・キャズム」あるいは「ベンチャーキャピタルの死の谷」などさまざまな呼称のあるよく知られた現象です。これが起こる原因は、営利のベンチャーキャピタルと共通する要因、そして、ソーシャルセクターに特有の要因があります。
図2:非営利団体スケール成長の停滞要因
→:原因から結果へ因果関係(青:影響の向き同じ、赤:影響の向き逆)
//:因果関係が効果を現す時間の遅れ(相対的)
R:自己強化型ループ、B:バランス型ループ
<>内の変数は再掲
赤字の停滞要因は、グゲレフらの示すものを筆者が表現改変してループ図上に追加
停滞を起こすことについて、営利企業にも共通する要因、そして、ソーシャルセクターに特有の要因があります。図2の赤字の変数及び赤字Bで示されたループに着目ください。
まず営利と共通する要因は、事業活動規模(アクティビティ及びアウトプット)の成長に比して、人材の数または質が追いつかないために人的資本充足度が低下して組織能力が追いつかないB2制約ループ、また事業規模に付随する地域的な広がりや情報量の増加に伴い拠点・備品・インフラ等の整備が遅れ、設備資本や知識資本が組織内に行き渡らないB3制約ループが生じます。規模拡大に後追いして増加する人員数、拠点、情報量などの運営が複雑化する状況においては、組織の複雑性マネジメントの能力を高めるためのリーダーシップ開発や組織開発を進める必要があります(R4成長ループ)。しかし、こうした取り組みには成果が出るまでの遅れを伴い、組織内のさまざまなひずみ、あつれきなど制約要因が強まって組織の効率、効果、そして良質なサービスデリバリーを劣化させていきます(B4制約ループ)。ジェイ・フォレスターらMITの分析では、例えばIT企業のように飽和規模が極めて大きい市場において、ベンチャー組織成長の停滞の理由のほとんどは、市場の飽和のような外部要因ではなく、組織内部での運営の課題によって起こっていると報告されています。
加えて、グゲレフらはソーシャルセクター独自の理由を挙げます。営利企業であれば、停滞にぶつかりがちなベンチャーに対して、エンジェル投資家が資金面及び関係性や経験の面でさまざまな支援を行います。しかし、ソーシャルセクターでは、志の面での応援こそあれ、事業のマネジメントの観点を含めて非営利団体を支援するエンジェル投資家は極小でしかありません。
グゲレフらはさらにソーシャル・キャピタル・キャズムが生じる原因として、1)所有権と株式の欠如、2)資金調達とサービスの非整合性、3)成長投資に対するバイアス、4)助成金のゆがんだ資金提供構造を挙げます。ここでは、筆者が日本での実感も交えて、ループ図の解説をします。
株式報酬・M&A売却益などの欠如
図2右下部において、組織の複雑性マネジメント能力が不足するならば、営利企業であれば優秀な経営リーダー人材を外部から招くなどもあるでしょう。しかし、所有権や株式を持たない非営利団体においては、ストックオプションなどの株式報酬やM&A売却益など現金支払いを後に回すことのできる株式報酬が使えません。もちろん志によるリクルートもあり得る一方で、多くの非営利団体では一般のフルタイムマネジャーの給与を払う余力がないこともしばしばです。
サービス受益者と資金提供者の非整合性
事業規模が成長する局面において、営利企業であれば売上増加を意味し、限界利益が出ている限りにおいては内部留保からの投資が可能です。しかし、受益者からの収益に頼る非営利団体はグゲレフらによればある程度の規模の非営利団体でも3分の1に過ぎず、また一般的に見て限界利益は低いことが想定されます。初期先行投資が得られても、持続的に成長を支える資金調達はタイミング面でもスケール面でも容易なことではありません(図2左下部)
間接費資金提供へのバイアス・逡巡
グゲレフは支出の85%以上をプログラム直接経費に回すべきとの通念が一般的であるとしていますが、別のSSIR-Jの記事でも紹介したとおり、ソーシャルセクターでは間接費へ資金を回すことへの強いバイアスあるいは逡巡があります。当初コンセプト実証を組織の固定費でまかなっているフェーズに比して、成長初期に入ると広がるプログラム数、人数、拠点数に対して、間接人員やインフラへの資金投資は不可避となります。事業や組織の規模が大きくなるこのフェーズでは、それまで以上にリーダーシップ開発や組織開発の重要性が増し、組織の複雑性マネジメント能力を高めることなくして持続的な成果は望めません(R4ループ)。それに対して、資金提供側の通念に従った直間比率を要求し続けることは、直接人員が増えても脆弱な拠点、設備、インフラでの実質がさまざまな非効率、非生産的なリソース投資のもとになります(B2/3/4'制約ループ)。
単独プログラム助成への傾倒
地域や社会などシステム規模でのインパクト達成が、単一のプログラムだけで実現できることはまずないでしょう。「ポートフォリオ」あるいは「バスケット」としての全体的なアプローチや、短中長期にストリームライン化した連携がなければ、一つの解決策と成長は別のボトルネックや派生する副作用、トレードオフなどを生み出すだけでなく、ともすれば、助成金など限られたリソースへの競争や分断、組織間の不信などを生み出しかねない状況をつくります。言い換えれば、社会的インパクトをスケールするには、課題へのシステム横断的な連携・協働が欠かせません(R5成長ループ)。しかし、グゲレフなどが主張するように、資金提供団体は、単独のプログラムやせいぜい3年程度の短期プログラムへの資金提供を優先する傾向があります。これによって、組織単独でも、横断でも、システム的なプログラム開発は阻害される、あるいは停滞することとなります(B5制約ループ)。
「スケールアップ」からシステム的な「インパクトの実現」へ
このように、非営利団体が飛躍期まで至るのは「至難の道」であり、まして、一組織単独で都道府県レベルあるいは全国レベルでのスケールアップを図ることは、よほどのニッチェ分野でない限り「夢のまた夢」だと言えるでしょう。そこでグゲレフらが提唱するのは、「スケールアップ」を目指すのではなく「インパクトの実現」へと転換することです。
インパクトの実現について、組織のミッション、ビジョンに関連してインパクト目標のステートメントを述べる非営利組織が多くあります。このようなインパクト実現のビジョンを広くステークホルダーに呼びかけることは重要ですが、グゲレフらは2つの問題点を指摘します。一つ目は、「組織が立ち向かおうとしている課題の全体像」が明示されていないこと、つまりその組織が単独で達成可能なことと現実にインパクト実現に必要なことに隔たりがあることです。二つ目は、「立ち向かっている社会課題全般の解決に、組織としてどう貢献できるのか」が具体的に盛り込まれていないこと、つまり、非営利団体は、ミッション、ビジョン、組織が直接的に生み出すインパクト目標のみならず最終的にセクター全般の変化をどう生み出すかが示されていないことです。これが、グゲレフらの主張する「エンドゲーム」、つまり、「特定の課題領域において解決しうる項目全体の中で、組織が最終的に果たそうとしている役割」にほかなりません。
「スケールアップ」を優先すべきだという風潮の中でも、その流れに逆らうリーダーもいる。彼らは、インパクトの実現において、組織の規模拡大が唯一の手段どころかベストな手段でもないことを認識している。調査を進める中で私たちは、自らの能力と現状にきちんと見合ったエンドゲームを見据えて、優れたパフォーマンスを発揮しているいくつかの非営利団体に出会った。
グゲレフらは、過去のパターンを分析して「6つのエンドゲーム」のフレームワークを開発し、記事で紹介しています。どのように目指すべきエンドゲームを見極めるかは、取り組む社会課題とその解決策としての運営モデルの本質的な特徴を吟味することであるとして、1)オープンソース化、2)複製・再現、3)行政施策への導入、4)商業化、5)ミッションの達成、6)サービスの継続の6種類のエンドゲームを示している。
図3:6つのエンドゲーム(非営利団体「成長の限界」モデルへエンドゲーム戦略をプロットした図)
→:原因から結果へ因果関係(青:影響の向き同じ、赤:影響の向き逆)
//:因果関係が効果を現す時間の遅れ(相対的)
R:自己強化型ループ、B:バランス型ループ
<>内の変数は再掲
緑字(EG):グゲレフらの示すエンドゲームの因果関係をプロットしたもの
図3はグゲレフらの示すエンドゲームの方針を筆者の解釈で示していますが、つながりはほかにもあり得えます。
おおまかにエンドゲームの1~4の「オープンソース化」「複製・再現」「行政施策への導入」「商業化」は、自組織の単独でのデリバリー、スケールアップにこだわるのではなく、「スケールアウト」つまり他組織へとデリバリーの役割やナレッジを移行して、課題に取り組むシステム横断的な協働ネットワークの中で、自組織のコア・コンピタンスや戦略的活動分野に絞り込む戦略です。サービスモデルの有効性を実証し、他組織を巻き込むことでデリバリー展開の裾野を広げると共に、自組織のコア・コンピタンスを明確化し、戦略的に特化する活動、例えばナレッジ開発、アドボカシー、モデルの導入支援や認証、実施への助言などに絞り込むことで自組織の過剰な肥大化、複雑化を回避します。いわずもがなですが、組織のスケール化、複雑化に伴う諸課題はデリバリーを受け入れる組織に移行しますので、適切な人材、インフラ、資金調達の条件がより整っているか、人材・組織開発などの能力開発がより実施しやすい条件のもとで成り立ちうるエンドゲームです。
一方、エンドゲーム5~6の「ミッションの達成」「サービス継続」は、自組織の非営利団体としての活動について、しばしばインパクト実現のシステム横断的な協働や連携が成り立つ前提で、自組織の役割の終わりを認識する、あるいは継続する場合は相互依存のネットワークの中での自らの役割を絞り込む選択肢です。エンドゲーム4'の収益事業部門法人化はまた、継続する収益事業を深化させる組織と、新しい役割を探索する組織の異なる文化を両立させる上でも、有効な手段と言えます。
「6つのエンドゲーム」フレームワークの意義
グゲレフらのエンドゲームのフレームワークは2つの点でとても有意義に感じています。まず一つ目に、よいアイディア、サービスをもつ非営利団体が直面する成長の限界の状況において、有効な手段の視野を広げてくれることです。定石となる「アクセルを緩める」ことも、あるいは「制約要因へ対処」し、「能力開発へ先行投資」をすることも非営利団体のメンバーたちにしばしばジレンマを与えます。すべての人にインパクトを届けたいとの願いとは裏腹に、組織をやみくもに大きくすることはむしろ自ら制約要因を生み出します。しかし、エンドゲームを示し、自組織が飛躍期やフルスケール期のすべてを担う必要がないと認識することは、社会に生み出したい変化のビジョンを手放すことなく、身の丈の成長ないしは適度なストレッチ範囲の中で戦略や運営に取り組めるようになります。
二つ目に、自組織の役割を考える上で、社会や同様の課題に取り組むステークホルダーたちのネットワークの全体像に対してより意識的になること、さらには連携や協働を戦略的に展開できることです。ビジネスでもそうですが、多くの組織は「自前主義」を暗黙の前提としています。加えて、非営利団体向けの補助金・助成金の多くは、単独のプログラムにおいてより優れた組織を生み出すことを助長するようにデザインされています。しかし、限られたリソースでインパクトを実現しなくてはならない現実の中で、数多くの零細組織の中から「成功者」を見出し、その組織規模と事業規模を広げるモデルはあまりにも制約と不確実性が大きすぎます。だからこそ、全体像を俯瞰して、インパクト実現のためにはどのように既存のプレイヤーの強みを活かしながらも、その間にあるモレヌケやダブり、相殺を抑えるとともに、相乗効果を生み出す連携をイメージすることが求められます。エンドゲームは、相互依存するネットワークの中での全体像や自組織の戦略的、ユニークな役割を希求する上でよいフレームワークとなるでしょう。
組織が変化の理論(Theory of Change: TOC)を策定するとき、組織設立趣旨や存在理由である社会のビジョンに対して、社会ビジョンを自組織の取り組みだけで実現するのではなく、自組織ミッションによる説明責任の境界を示すことを推奨しています。短期・中期のアウトカムには積極的にコミットしながらも、モデルの有効性実証やナレッジの蓄積、再現プロセスのモデル化を蓄積することで、中長期の展開はより多くのステークホルダーとの協働あるいは連携を前提とする方がより実現可能性が高まるでしょう。
一方で、非営利団体は数~数十人など小さくに収まる必然性もありません。個人的には、日本では千人とは言わずとも数百人規模の非営利団体あるいはグループが多く出ることを期待しています。資金提供団体や中間支援団体、行政、企業とも協力して、非営利団体でも必要なリソースや投資ができる環境を整えること、そして人材、組織、リーダーシップの開発を行うことで組織能力や戦略プロセスの質を高めることも忘れてはなりません。
グゲレフらの「あなたのエンドゲームは何か:「本当に目指したい姿」を見出す」は、6つのフレームワークを理解する上での事例を数多く示すと共に、その実行のためのチャレンジや運営ポイントも示しています。非営利団体の役員やマネジャーはもちろん、社会課題に取り組む企業、行政の方々に是非読んでほしい論文です。
(小田理一郎)
原典
Alice Gugelev & Andrew Stern, What's Your Endgame? (Stanford Social Innovation Review, Winter 2015)
翻訳
『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう―スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10』(SSIR Japan、2021年)
転載ウェブ記事
アリス・グゲレフ、アンドリュー・スターン「あなたのエンドゲームは何か?:「本当に目指したい姿」を見出す」
関連する記事
- 『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04――コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』に寄稿させていただきました。
- SSIR-Jの伝説のアーティクルシリーズ(システム思考の氷山モデルやループ図を使って解説)
- システムチェンジ