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SSIR-Jの伝説のアーティクル(2)社会を動かすカーブカット効果

2024年08月27日

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スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー・ジャパン(以下、SSIR-J)の第二フェーズの開始にあたり、今回も「伝説のアーティクル」と命名された人気の論文記事を紹介します。今回は、市民活動を支援する弁護士、アンジェラ・グローバー・ブラックウェルによる「社会を動かすカーブカット効果」をシステム思考の観点から紹介します。SSIR-Jで公開されている原文はこちらからご覧になれます。

Equityとシステム原型「強者はますます強く」

これからのビジネスや社会起業の重要性のある課題について、Equity(公正性)に関わるテーマがますます重視されていくことでしょう。本記事は、そのEquityを考える上でとても示唆的です。ブラックウェルは、EquityEquality(平等)の違いについて次のように端的に触れています。平等とは、例えばバスに乗る権利をすべての人に与えることです。しかし、法が権利をうたうだけでは例えば車椅子を必要とする人が実際にバスに乗れるものではありません。車椅子利用者がバスに乗り、行きたい場所に行けるようになるには、路肩の縁石を進みやすくする「カーブカット・スロープ」を設けたり、バスに昇降機を設置したり、そうした設備を配した路線バスが、広く市民の移動ニーズにあわせて市内で計画、運行されることが必要です。

Equityの問題は、モビリティ(移動)の問題に限らず、貧富の格差、職場や社会における男女の格差、教育や医療へのアクセスの格差、情報アクセスの格差などさまざまな領域に及びます。これらの問題は、システム思考では「強者がますます強く」と呼ぶシステム原型にみられるパターン、構造、メンタルモデルが絡んでいます。

例えば、貧富の格差に関する問題の構造を見てみましょう。経済的に恵まれた家庭の子は、その成長の過程で、経済的に困難のある家庭の子に比べてより多くのリソース配分を受けることができます。それによって、恵まれた家庭の子はよりよい教育を受け、よりよい就職を得やすく、また社会の中でも政治的影響力をもちやすい立場となることが多くなります。その結果、大人になってより多くの収入や資産を得て、世代を超えての経済上の優位性とリソース配分比率上の優位性を得ることができます。(図1R1ループ)この構造によって強者はますます強くなるパターンを生み出します。

一方で、貧しく恵まれない家庭の子は、より少ないリソース配分しか得られません。よい教育を受ける機会が限られ、就職にも不利となって、社会での政治的影響力は相対的に少なく、その結果として、恵まれない家庭の子どもたちが大人になったときの経済的成功は限られます。それがまた、その子たちへのリソース配分比率をより少なくします。(図1R2ループ)この構造によって、貧困と教育や政治上の格差がますます固定化され、あるいはさらに格差が広がるパターンが生じます。(図1R2ループ)

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図1:強者はますます強く(経済格差)

世帯の収入という観点で分析した際、貧しい家庭の子どもが親の収入よりも有意に多くの収入を得ることを「社会的流動性」と言います。貧富に関係なく誰にでも経済的な成功のチャンスがあると信じるのが「アメリカン・ドリーム」です。この社会的流動性の分析では、近代化、技術の進展、民主化あるいは中産階級の台頭などを経ても、ある一定数の人たちは固定的に貧困の連鎖から抜け出せず、さらに1970年代以降は、経済格差はむしろ拡大して、社会全体の進歩の大きな阻害要因にもなっています。

この構造に関わるメンタルモデルについて、強者の多くは「成功は自身の努力によるものであり、貧困や問題を抱える人たちは自身の努力が足りない」と考える傾向が強くあります。いわゆる「自己責任論」などはその典型です。また、強者といっても、自身の周りには同様の境遇に多数の人がいるために、いかに自分たちが構造的に恩恵を受けているかに無自覚であることがしばしばです。社会的には、親世代の経済的裕福さによる「下駄をはかせてもらっている」ことに気がつかないのです。そして、弱者のための施策をとることは、自分たちの恩恵を奪われるとする「ゼロサム・ゲーム」の意識も根強くあるでしょう。格差是正の施策に対して、積極的に応援しようと思わないだけでなく、むしろ自分たちが無自覚に得た「特権」を侵害されるものと抵抗や反対を示すこともしばしばです。

経営リーダーたちへの調査では、人のパフォーマンスや社会における成功について、個人の要因か環境の要因かを尋ねられると8割方が個人と考える傾向があるそうです。一方、組織や社会をシステム的に調査すると、逆に8割方は環境要因の影響が大きく出ます。中長期にはどちらかに帰因して考えるよりも、個人要因と環境要因の「相互作用」と捉え直すのが有用です。システムは、過去の環境と個人の相互作用の循環が蓄積して、構造化されたものと言えるでしょう。そして蓄積した格差をより平坦にするには、悪循環を好循環に「フリップ」したり、よりよい循環の経路を新たに築いたり、あるいは通念や価値観といったメンタルモデル上の相克や葛藤を「リフレーム」することがよりシステム的に構造変革、システムチェンジを図る上で有用となっていきます。ブラックウェルの命名する「カーブカット効果」は、まさにこうした構造的な働きかけを行うことでより進歩した社会をデザインする概念となるでしょう。

カーブカット・スロープによるモビリティ改善とコベネフィット

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2 カーブカット効果

命名のもとになった、道路や建物の段差を解消するカーブカット・スロープについて、その構造を見ていきましょう。これまでの道路や建物では、自動車レーン、歩道、建物敷地の境界に段差を設けられ、健常者にとってはさほど気になるものではなかったことから当たり前としてデザインされ続けていました。(図2のR1ループ)。ここで、健常者により多く配分されるリソースは、道路や建物が設計される際のユーザー対象となってデザインに配慮が行き届く度合いと考えるとよいでしょう。健常者ばかりを念頭にデザインされることによって健常者は問題と感じなくとも、車椅子に乗る人たちにとっては道路を横断したり、バスに乗ったり、建物に入ったりする上でたった数センチの段差でもとても大きな障害となります。街に出かけても自由に行き来できるところが限られれば、自然と出かけることが苦難となって利用から遠ざかります。そしてニーズがない、少数派の意見として、障害者による交通アクセスの課題はデザイン上の対象や配慮が届かなくなります。(図2のR2ループ)

こうした状況をよしとしなかったバークレーの市民活動家たちは、かき消された声や奥底にある潜在ニーズを届ける実力行使として、段差のある道路縁石にゲリラ的にスロープを加えます。公共設備を勝手に改造することに対して警察からは逮捕すると脅されはしたものの、実際に社会に実害を出しているわけでもなく、ごくシンプルな解決策がいかに市民の悩みを解消し、より進歩した街のデザインを実現できるかのモデルケースとなっていきます。誰でもどこでもできるカーブカットは低コストで実行可能性も大きいことから、より多くの施設、都市で採用されていきます。それまでは気づかなかった人たちも、あちこちで普及している様子を見て、なぜ自分たちが暮らす、働く所にはカーブカットがないのかと思うようになります。そうして、連邦法でもカーブカットを義務づけることとなったのでした。(図2のR3ループ)

システム思考で言うならば、自己強化型ループないし正のフィードバックによる、広く公正な施策・慣行の指数関数的なパターンによる普及と言い換えることもできるでしょう。しかし、ブラックウェルが「カーブカット効果」と呼ぶのは、Equityを重視する社会的な意義にあると言えます。義務づけて後明らかになったのは、恩恵を受けるのは車椅子の利用者だけでなく、ベビーカーを押す親から重い荷物やスーツケースを運ぶ人たちまで実に幅広い人たちだったことがわかりました。こうしたさまざまなコベネフィットは、カーブカット効果を生み出す施策の評判をさらに高めます。(図2R3'ループ)

ポジティブな外部性効果

社会のより多くの受益者を対象にする包摂的な施策は、トレードオフよりも多くのシナジーを生み出すポテンシャルを有します。前述の通り、社会の中で一部の人たちがより多くの恩恵を受ける公共政策や経済施策について、その施策の変更は既得権益や特権に対する脅威とみられて、社会の中で力をもつメインストリームからの抵抗にあいやすいものです。基本的には、相手に譲れば自分たちが何を失う「ゼロサム」のメンタルモデルが根底にあるからです。しかし、社会システムにおける相互作用はある瞬間ではゼロサムに見えても実際に中長期にはノンゼロサムであるケースがほとんどです。

ノンゼロサムが縮小に向かうケースを考えて見ましょう。かつての奴隷制度や貴族制度、独裁や植民地、経済的な独占などの勝者がすべてを得て弱者に抑圧する施策は、革命や独立にぶつかるか、社会の発展が停滞し衰退することが歴史的に多くあります。技術革新などでリソースの拡大や効率の改善などの機会には相互発展の可能性があるものの、本質的に競争的排除の強いシステムの中で勝者ばかりが速い成長を求めることは早晩システム全体の限界を迎えやすい状況を生み出します。

1970年代から英米日あるいはより広く先進国の中で、民営化・民活など市場原理を公共政策や社会施策に組み込む新自由主義経済の考え方がもてはやされ、多くの経済圏は富者をますます強めることで、その波及効果をより貧しい者に及ぼす「トリックルダウン」仮説が新自由主義経済(ネオリベラリズム)の政策を正当化していきました。しかるに、この頃を境に、第二次世界大戦後、より貧しい層での収入向上が見られたトレンドは停滞し、むしろほとんどの恩恵をごく一部の富者が独占する傾向が強まっていきました。ブラックウェルもまた、トリックルダウンの失敗を嘆いています。(1970年以降、トリックルダウンの例外的な成功例が共産主義の社会政策をもつ中国です。)描いたような正の外部性効果は現れていないのが現代の先進国社会の状況です。

では、システム効果のノンゼロサムが拡大するシナリオもあるのでしょうか。それを体現するのが「カーブカット効果」です。単なる正のフィードバック効果やイノベーション普及にとどまらない特長がいくつか見られます。まず経済的・社会的には弱者とみられる人たちを中心に据えた施策は、どこでも誰でも比較的少ないリソース投下によって始められるためスケール可能性が大きいこと。そして、インフラや情報へのアクセスの改善から波及するコベネフィットの効果の裾野が広いこと。そして、カーブカット効果は障害者だけでなく健常者にも活用されていることからわかるように、メインストリームの人々との共通のメリットやコベネフィットが発生しやすいこと。これらの特長は、正の外部性を持ちやすくして、システム全体へ効果が波及しやすい、つまり、よりレバレッジの効いた施策となりやすいのです。

ブラックウェルの記事では、こうしたカーブカット効果が、シートベルト着用義務、黒人の高等教育格差是正、航空機の禁煙、自転車専用レーン、退役軍人援助、低利子住宅ローン、都市部での公共交通機関へのシフト、路面電車(グリーンライン)などの事例でどのように展開したかを紹介しています。

これらはまた、「システムチェンジ」、つまりシステムの構造や価値観そのものの変化を示す事例とも言えるでしょう。カーブカット・スロープや航空機の禁煙など、それまでの通念や当たり前ががらっと変わりました。こうした大きな変化の鍵が、Equity、つまりそれまでの社会の不公正について声を上げること、そして社会が包摂的により多くの人が参画できる場へとリデザインすることにあるのではないかと感じます。是非、ブラックウェルの記事原文もご覧になってください。

(小田理一郎)


原典:アンジェラ・グローバー・ブラックウェル「社会を動かすカーブカット効果: マイノリティへの小さな解決策から生まれる大きな変化」、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー・ジャパン
https://ssir-j.org/the_curb_cut_effect/

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