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SSIR-J第二フェーズキックオフ
先日、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー・ジャパン(以下、SSIR-J)の第二フェーズキックオフイベントが大学院大学 至善館のキャンパスで行われました。
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)は、2003年に刊行を開始し、ソーシャルイノベーションに関する論文、論考などで世界から高い評価を受けるグローバルマガジンです。アメリカ東部では、ハーバード大学がハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)を刊行して、ビジネススクールはじめ経営学、組織論などへの良質な記事を多数発信してきました。いわゆるリーマンショック後になって、ハーバード大学始め多くのビジネススクールがより向社会的な方向へと転換あるいは修正して行きますが、他の大学に比べていち早くソーシャルイノベーションに焦点をあてていたのがこのSSIRです。
日本では、井上英之さん、井上有紀さんらを中心に、2021年8月にSSIR-Jとして『これからの「社会の変え方」を、探しに行こう』を発刊と同時にウェブサイト提供を開始し、並行してSSIR-Jのコミュニティづくりが始まりました。その後、書籍として「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー日本語版」シリーズは5冊発刊され、ウェブサイトも拡充し、ソーシャルイノベーションがニッチェを超えて広がりつつある日本における重要な「知の発信」拠点となっていました。私も、授業などでウェブサイトにある記事を活用させてもらっています。
スタンフォード側との契約の条件によって事業継続が難しくなっていたようですが、本年3月末に、至善館副学長の鵜尾さん(日本ファンドレイジング協会)の努力で事業継承できることとなりました。それから3ヶ月半あまりを経て、7月18日のキックオフイベントの開催となりました。私も所属する至善館で、会場に80人、オンラインで80人とあわせて160人集まるイベントとなってうれしく思いました。鵜尾さんの挨拶で、「知の港」といった表現をされていましたが、知識が外国から入ってくるばかりでなく、そこに日本でソーシャルイノベーションの実践あるいは研究する多くの人たちのエコシステムが築かれ、その探求を海外に発信していくような場ができたら素晴らしいと思いました。
チェンジ・エージェント社もまた、システム思考、システム・リーダーシップ、マルチステークホルダーダイアログなどのシステムアプローチを国内外で展開する中で、知識創造の一端を担えたらと考え、SSIR-Jの場などへ参画したく考えています。みなさんも是非、SSIR-Jの場に参加・参画ください。https://ssir-j.org/participation/
SSIR-J伝説のアーティクルより
さて、前置きが長くなりましたが、SSIR-Jで過去もっとも読まれ、有用と考えられている「伝説のアーティクル」シリーズの記事を何回かに分けて紹介します。今回は、ブリッジスパン・グループのアン・ゴギンス・グレゴリーとドン・ハワードが執筆した「非営利団体を悩ます「間接費」のジレンマ」です。
本稿では、以下システム思考の氷山モデルとループ図を使って解説します。
1)できごと
運営する団体での組織インフラへの投資や運営、財務、管理、ファンドレイジングなど間接費の財源は慢性的に不足状況にあります。組織インフラの投資不足により、トレーニング不足でサービスの質は停滞し、成果把握や資金調達も進んでいません。組織へのインフラへの投資が成功につながるにもかかわらず、間接費比率を増やすことを嫌い、投資が抑制されています。
2)パターン(挙動)
民間セクターでは業種によってさまざまだが平均して売上の25%が間接費です。調査委対象の若者支援4団体において行政からの委託では間接費が最大でも15%しか許容されず、また財団からの助成でも間接費に支出できる割合は10~15%に過ぎませんでした。職員が報告などの業務に費やす時間を金銭換算すると許容される支出割合を大幅に上回り、報告書作成業務をカバーできるだけの間接費の支給を受けているのは820団体中わずか20%でした。
こうした傾向の結果、受給者の典型的な行動は、間接費につながる組織インフラ投資などを抑制すること、そして、間接費の過小報告を行うことが多くなります。当然ながら不十分な資金で事業を受託した非営利団体は、財政難になりやすく、コストを増加させるような他の資金調達に頼るか、あるいは不十分な資金供給の受託事業をさらに請け負うことによって、ますます財政難から抜け出せなくなることすらあります。
3)構造
上記のパターンを引き起こす構造を、ループ図で示します。
図1:非営利団体のインフラへの投資抑制(グレーの変数と因果関係は筆者が追加)
非営利団体が人材開発インフラ、IT・財務・測定システム、資金調節プロセス整備など組織インフラへ投資することによって、人財の質を高めて人的資本を蓄積し、取り組みの成果を測定して改善ポイントを把握し、そして、財源をより効率的に確保することができます。組織インフラへ投資が非営利団体のアウトカム達成度合いを高め、その成功につながることが研究で示唆されています。にもかかわらず、実際には多くの非営利団体の組織インフラが脆弱なままであり、トレーニング不足でサービスの質は停滞、組織リーダーたちはストレスを貯めてしばしば燃え尽き症候群に陥り、成果測定が不十分なために戦略課題はあいまいなままで、その一方データの収集と分析に膨大な時間をかけています。そして、慢性的に財源不足に悩まされます。このような状況では、資金調達プロセスを進められずに相変わらず財源不足となる悪循環(R0ループ)、また、組織としての成果・成功が限られるために再投資もできない悪循環に陥ります(R0'ループ;グレーの変数・矢印は文献からではなく、筆者による追加)。
この悪循環を好循環に転換するためには非営利団体は組織インフラの投資を行うべきところ、直接事業と異なり組織インフラは間接費として計上されることから資金提供者より資金効率が悪いと評価されることを嫌って、組織インフラへの投資に対して自らブレーキをかけてしまいます(B1ループ)。これが、非営利団体を悩ます間接費のジレンマです。間接費を上げるため、それに見合った財源を取りにいくのが根治策となりうる(B2ループ、筆者による追加)のですが、対症療法的に投資の抑制ばかりするので、好循環をスタートできず、組織のパフォーマンスを十分発揮することができていません。
図2:非営利団体の飢餓サイクル(強調箇所を赤で示す)
なぜ、非営利団体は、間接費をかけて組織インフラへ投資することができないのでしょうか? その根底には、資金提供者による間接費への非現実的な期待があります。資金のより多くの部分が、受益者へのサービス提供に向けることが望ましく、間接費が全体の20%を超えることは資金効率上望ましくないと考えているため、資金提供者はできるだけ間接費を削減することを受給者に要求します。それが、非営利団体へのプレッシャーとなって、投資抑制を行うとともに、間接費の過小報告をもたらします。過小報告は、職員が報告書作成など管理業務にかける時間を請求対象から外す、あるいは別の勘定科目に振り替えるなどの形で行われます。しかし、この慣行は、各事業の収支報告や米国歳入庁への報告などの間接費データの正確性をゆがめ、事業実施に必要な間接費の適切な見積もり設定を阻害します。こうして、非営利団体の間で広く過小報告が行われることによって、資金提供者は非現実的な期待を形成し、それがまた非営利団体へのプレッシャーとなる悪循環を形成する(R3ループ)のです。これこそが、非営利団体が間接費の欠乏を助長させる「飢餓サイクル」です。
この悪循環には、悪者はどこにもいません。みな、よかれと思った善意の行動が集合的にこの構造を生み出しています。間接費削減のプレッシャーを受けた非営利団体では、なんとか報告対象となる間接費を吸収することでそのプレッシャーを緩めようとします(B3'ループ)。そして、寄付金や公共の資金を運用する資金提供者は、間接費比率のベンチマークに照らし合わせて資金効率のムダが出ないように間接費の削減を要求します(B3''ループ)。それぞれの善意の行動が、飢餓サイクルを回し続けるエンジンとなっているのです。(なお、この構造は、システム原型「予期せぬ定期対関係」に相当します。)
さらに悪循環を助長する要因として、情報システムインフラへの投資がなされていないために、データ収集に多くの時間を割き、実態としての間接費を膨らませて過小報告の程度を広げて、資金的の非現実的な期待の度合いが高まり、非営利団体へのプレッシャーとなってインフラ投資を抑制します(R4ループ)。また、文献には言及されていませんが、筆者の経験では、組織インフラへの投資がなされていないためにアウトカムが約束した期限で期待したレベルに到達していない状況となったとき、見合った成果が出ていないためにさらに間接費の過小報告を助長します(R5ループ)
4)メンタル・モデル
では、どのようなメンタル・モデルが、それぞれの善意ながら悪循環を生み出す行動を正当化するのでしょうか?
図3:非営利団体の飢餓サイクルの背後にあるメンタル・モデル(六角形内)
この構造の中で、関係者が感じ、考えていること、そこから読み取れる前提を六角形内に示しています。資金を受給する非営利団体は、間接費削減のプレッシャーを受けて、「予算は少ないものである」「それでもなんとかする」「予算がなくてもやるしかない」と考えます。また、間接費の過小報告をするとき、間接費を実態通りに報告して間接費比率が高まることが、資金喪失や組織の評判へ悪影響がでるのではと恐れます。この背後には、セクター全体として「非営利団体は、寄付や助成金は(直接の)事業にまわすべきで間接費や管理費は最小限に抑えるべきだ」との前提があるでしょう。
また、資金提供者サイドでは、「間接費20%未満」の通念があり、これは非営利団体にかかる間接費データが正確でないためにますます強化されます。そして、間接費を抑える期待形成の根底には、寄付者のためにコスト効率性を最重要視していることがあります。コスト効率はもちろん重要事項ではありますが、より重要なのは効果です。資金に対してどれだけのアウトカムを達成できるかの視点をないがしろにしてしまっては、どんなに効率がよかろうと本来の目的を達成することはかないません。
システム構造への介入
このようなジレンマと悪循環からどのように抜け出すことができるでしょうか? アン・ゴギンス・グレゴリーらは、以下のような介入を提唱しています。
図4:NPO飢餓サイクルへの介入提案(介入を緑で示す)
まず、力関係で優位な立場となりやすい資金提供者のアクションを求めています。メンタル・モデルのレベルにおいて、コスト効率へ偏重するのではなく、アウトカム重視を打ち出す必要があります。資金提供者は受給者と共に、「そのアウトカムを着実に生み出していくために、または、アウトカムの質や量を向上させるために、何が必要か」を問うて、今の現実について正直な対話を行いながら、具体的にアウトカムへ注力したアクションを取っていくことが求められます。
間接費の財源不足の状況に対して、例えば、一般経費に特化した助成金を出すこと、助成にあたって間接費の割合を増やすこと、あるいは率で上限を求めるのではなく必要な間接費を非営利団体が申請してその妥当性をもって支払うことなどを示唆しています。
また、提供を受ける非営利団体においては、経営陣や理事会のレベルで、現実の間接費の状況について正直な対話が必要です。そして、組織内のインフラのニーズやリスクを把握し、アウトカムの生み出し、向上させるために何が必要かの戦略的な問いかけを促します。特に、財源不足へのあきらめや間接費が実態として大きいことに対して、刹那的に管理費カットで対処するのではなく、中長期には組織インフラへの投資によってサービスコストが減少すると考えることを促します。
加えて、個々の非営利団体が単独で推し進めるリスク、つまり他の組織よりも率先して厳格に自組織の実態を示す間接費を報告すると、評価が下がり資金を継続的に受けることができなくなるというジレンマに対して、システム横断で行う介入として、財務報告における間接費の定義を標準化することも求めています。
ここでは抽象的にポイントだけ記しましたが、介入の具体例は、是非オリジナル文献をあたってみてください。
その後の展開
2009年に書かれたこのSSIRの記事には後日談があります。非営利団体を悩ます間接費のジレンマ、飢餓サイクルは、システム的な課題ゆえに、個別組織では解決することは極めて難しいものです。実際、2009年から2019年までの10年間の間に、財政難となる助成金の受給団体の数は増え続けていきました。ある調査では、対象の半分以上の非営利団体が慢性的な資金難の状況にありました。
そこで、影響力のある財団やステークホルダーが集まり、どうすれば非営利団体の財政健全性を好転させることができるかについて、議論しました。それまでに、いくつかの財団では非営利団体との正直な対話を進めています。例えば、間接費に関する実態に関して、例えば平均で支給される間接費予算と実際の間接費の間には平均17ポイントのずれがあることや、非営利団体の種類に応じて、必要となる間接費のレベルに違いがあることもわかりました。そこから、支援を事業単位で行うものから組織単位で行うものまでその文脈や必要性に応じて柔軟に適応する助成金の支給メニューを拡充し、「Pay What It Takes(PWIT:必要なことへ金を出す)」などのベストプラクティスも認識され始めていました。
この記事を書いたブリッジスパン・グループとリンダ・ブース・スウィーニーは、このような新たな知識、ガイドライン、助成慣行をどのように広げることができるかについて、行政、財団、中間支援組織、非営利団体、一般市民らの相互作用に着目したシステム分析を行っています。このシステム分析の結果、非営利団体の成果と健全性のための「PWIT」を可能にする要因を特定し、とりわけシステム的な課題であるがゆえに、いかにしてステークホルダーたちのエコシステムを築くかの重要性について認識を深めました。さらに、フォード財団、ヒューレット財団、マッカーサー財団、オープン・ソサエティ財団、パッ カード財団が、助成先の慢性的な資金不足を解消するために新たな試みを行うことに合意し、セクター全体、何千もの助成先への影響が期待されています。
日本においても、受託すればするほど財政状況が厳しくなる「助成金貧乏」の状態は多くの非営利組織を悩ましています。この事例を対岸の火事とすることなく、国内においてもよりよい助成慣行や非営利団体の戦略的な運営が進むことを願います。
執筆:小田理一郎
原典
アン・ゴギンズ・グレゴリー、ドン・ハワード「非営利団体を悩ます「間接費」のジレンマ」、スタンフォード・ソーシャルイノベーションレビュー・ジャパン(2022年6月14日)https://ssir-j.org/the_nonprofit_starvation_cycle/
Ann Goggins Gregory & Don Howard, "The Nonprofit Starvation Cycle", Stanford Social Innovation Review (Fall 2009), https://ssir.org/articles/entry/the_nonprofit_starvation_cycle
参考文献
Jeri Eckhart-Queenan, Michael Etzel, and Julia Silverman, "Five Foundations Address the "Starvation Cycle", The Chronicle of Philanthropy (August 22,2019), https://www.philanthropy.com/paid-content/the-bridgespan-group/five-foundations-address-the-starvation-cycle
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