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「他責・他律から受容・自主性へ。人・関係・組織のあり方が変わるための理論と実践が学べる」
図1:『みんなが「話せる」学校』書影
3月末に出版される吉村春美さんの新著『みんなが「話せる」学校~対話で学びと挑戦の土壌を創る』の帯文を書かせていただきました。吉村さんと出会って16年以上になりますが、一貫して教育の現場に対話を広げるための研究とNPO活動などを通じた実践に務めてきたのが印象的です。
本書は、教員が対話を通じて、生徒たちの可能性を引き出すような学び、そして複雑化する教育の現場で挑戦する学校の文化を築くことを主題とする、学習する組織に関する教育界への応用実践のための指南書です。第一章では、教育現場の実態、今の現実についてシステム的に俯瞰した分析が並びます。
図2:学校現場の今の現実(『みんなが「話せる」学校』から本稿筆者が抽出。赤線は相殺、副作用などによる悪循環の経路を示す)
日本の教育現場は今、生徒の主体的、協働的で個別最適な学びの必要性が叫ばれる一方、同時に、学級崩壊、学力低下、不登校、いじめなど教育課題が山積しています(図中央四角内)。こうした状況で、今までの施策は教師個人による技術的な問題解決や校長のリーダーシップ、あるいはそうした教員・管理者の技術的な問題解決能力を強化する施策が支配的になっています(B1、B2対症療法ループ)。こうした施策の根底には、「問題は教員が解決すべき」「すべての教育課題は学校だけで解決すべき」「教師全能主義」などのメンタル・モデルが色濃くあります。確かに、短期的・局所的な成果を出した学校もあって全国から視察の対象になるなど、こうした認識を強化する(R1')傾向もあります。しかし、多様化・複雑化する課題の本質的な解決は時間を要し、目指す成果を十分出しているとは言いがたい状況です。
吉村さんはそれに対して、本来根治策として行うべきは、多様化・複雑化する課題をリーダーシップ論で注目されるハイフェッツの言うところ「適応課題」として捉え、教員・周囲の人たちやその関係性の適応、変容を図ることであると考えます(B3ループ)。しかしながら、教員の多忙さや校長の在任期間の短さなども手伝って、適応課題でなく技術的な問題であるとする見誤りが、システム横断的な対応そして適応課題への適切な取り組みを妨げる悪循環を創り出していると見立てます(R4、R4'副作用悪循環ループ)
これらのループは全体として問題のすり替わりの構造を創り出し、従来からあった教員の過酷な労働環境、やりがい低下といった問題を悪化させ、「教員はもう限界」(R5ループ)、「教員にはなりたくない」(R6ループ)など教員のウェルビーイングを損ないます。このような状況に合っては、本来目指すところの他の利害関係者の協働を集め、生徒の主体性を引き出す個別最適な学びや多様な教育課題への対応はかなわない悪循環ないし効果の相殺が起こります(R7ループ)。
このような悪循環が多重に絡む状況において、吉村さんの示す教育現場変容の営みは以下の図の緑の線で示されます。
図3:学校現場の変容の仮説(『みんなが「話せる」学校』から本稿筆者が抽出。緑線は今の現実の構造への介入を示す)
第2章では、根本原因の一つが教員と周囲の人たちの関係の質にあるとし、いかに低い状態にある関係の質を社会関係資本に転換するか、また、組織の土壌を築くために心理的安全性を高めることが重要かについての理論、研究などを解説しています。心理的安全性は、間接的に多くの要因に影響を与える集団内の基盤的な要因として知られますが、教員の内発的動機付けや子ども志向にも影響を与え、システムの悪循環を緩和し、根治策を支える複数の要因に好影響をもたらします。
第3章では、社会関係資本と心理的安全性を築くためには、「対話」(図3下部の六角形)こそが重要であるとするのがこの本の中心テーマです。対話は、ダニエル・キムの「組織の成功循環モデル」にあるように関係の質を高める主要な施策であり、また適切な対話は心理的安全性を高めることで社会関係資本の蓄積を助け、さらに対話が行いやすくなる好循環(B8、B8'ループ)を築きます。アダム・カヘンによる「聞き方と話し方の4つのモード」モデルを、豊富な実践事例と共に解説し、「内省的な対話」「生成的な対話」の進め方の具体的なイメージを提示しています。とりわけ、対話を進める上で想定(メンタル・モデル)を保留することや、共感的・受容的な聞き方を進めるために「NVCコミュニケーション」を活用することについて、学校現場の具体例による解説がわかりやすいです。
第4章では、「学校の社会関係資本」構築や「自律的な学校経営」を推進する上で鍵を握るリーダーシップのあり方についてのモデルを提示します。とりわけ、吉村さんは校長による「促進的(ファシリテーター型)リーダーシップ」と中堅教員による「橋渡しリーダーシップ」の二点について、また、それらを補完する情報共有の場を築くことについて事例を交えて解説しています。えてして、トップダウンかボトムアップか二項対立的に議論されることも多いですが、ミドル層から校長へ、そして現場教員への働きかけのモデルを示すフレームワークは、日本の組織にとって相性のよいものと言えるでしょう。
また、本書の素晴らしいところは、第5章の事例紹介です。京都市立葵小学校、沖縄のうるま市立中原小学校、埼玉県戸田市の美女木小学校における対話の導入と組織変容のプロセスについて詳述することで、それまで語られていた理論フレームワークや鍵となる介入などの具体的イメージを持つことを助けてくれます。日本の組織で、そして、予算や時間などのリソースが潤沢とはいえない公立の教育組織においての導入事例と学びには、大いに勇気づけられます。
最後の第6章では、事例にも見られる実践的な活動から得た、「対話の学校づくりがうまくいく5大ポイント」を紹介します。それらのポイントが何かは、是非本を手に取ってご覧になってください。
本書は、教育関係者の方はもちろんですが、お子さんをもつ親御さんにも教育の今の現実と未来の可能性を知る意味でお薦めします。また、本書では、対話の障害となるダウンローディングやメンタル・モデルなどについてリアルな事例が数多く掲載されています。メンタル・モデルやチーム学習のディシプリンについて、海外事例よりも日本の事例で学びたいという方にもお薦めします。
この本に紹介されるような教育現場の変容がもっともっと日本で広がり、学びと挑戦の土壌が学校と子どもたちに根付くこと、ひいてはそうした子どもたちが大人になってより多くの学びと挑戦をもって社会の変容が広がることを願います。
(小田理一郎)
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