News & Columns
令和6年能登半島地震により亡くなられた尊い命に深い哀悼の意を表し、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
2024年が始まりました。年始にあたり、昨年を振り返り、世界と日本の動向を踏まえて、本年の抱負と取り組みを展望します。
2023年の振り返り
チェンジ・エージェント社は、2023年にシステム・アプローチを中心に人材・リーダーの成長支援、組織開発、そして社会課題解決の分野において、研修やファシリテーションによるセッション190日・回以上開催し、延べ約3000人の方々にサービスを提供しました。システム思考、学習する組織に加えて、TOC(変化の理論)や共有ビジョンなど組織を横断した戦略策定への関心の高まりを感じています。5月に新型コロナウィルスが5類に移行してからは、対面型のセミナー、研修への要望が大半を占めるようになってきました。
2020年から対面で人が会うことが制限されたこともあってか、多様な関係者間でいかに対話し、協働を広げられるか、「ファシリテーション」方法論への関心も強く感じました。この分野における世界のソートリーダー、アダム・カヘンの著作2冊を上梓しました。
3月には、アダム・カヘン氏を招聘して講演イベント2回とファシリテーター向けワークショップを開催しました。講演イベントはビデオを公開していますのでご覧ください。特に2本目のビデオは、来日に合わせて初公開となる内容を多く含む講演となっています。
5月には、チェンジ・エージェント社のウェブサイトをリニューアルし、システム原型やレバレッジ・ポイント、レジリエンス、システムチェンジなどのコンテンツを追加しました。「覚えてキー!ワード」https://www.change-agent.jp/keywords/のコーナーも拡充し現在45の用語を解説しています。2023年によく読まれた記事は、実践的な課題を紹介するものが目立ちました。
皆様のご愛顧に感謝申し上げると共に、皆様の組織や地域における能力の向上と変化を創り出す一助となれるよう引き続き努めて参ります。
世界と日本の展望
技術(Technology)
世界に目を向けると、技術分野では、2023年AI、自動化や電気自動車など技術イノベーションの進展を身近に実感する年でもありました。これまでも世界で着実に変化が起きていましたが、変化や活用の顕在化によって社会や人々への影響への懸念が交錯していくことでしょう。今後こうした技術の変化が日本の産業構造、組織でのプロセスや働き方、人財のあり方やスキルなどにどのように向き合うかに注目が必要です。また、日本の技術でも素晴らしい動きや兆しが多い中で、小規模のパイロットや事業にとどまり、大規模な事業化のための仕組みやシステムが世界に比して遅れをとっています。個別の企業や起業家の問題にとどめず、産業・セクター横断で学習や連携のインフラを強化することが求められていると感じます。
経済(Economy)
経済分野では、引き続き高インフレ基調で経済が推移し、米欧など金利高で推移する一方で日本の低金利が続いたこともあって、円安が一段と進みました。緊張感の高い金融政策の舵取りの中、今後の日本の為替、物価、金利の動向はどうなるのか、実効的な経済政策は打ち出されるのか、賃金を実質的に増やしつつ広がる相対的貧困に歯止めをかけられるのか、など気になるところです。根底において、「コスパ・タイパ」、効率、ROIなど指標は見えやすいことに偏重し、今までの消費と生産パターンと新自由主義と株主志向の資本主義経済は行き詰まりを迎えています。より多くのステークホルダーに開き、人的資本、社会関係資本、自然資本、レジリエンスなど計りにくいけれど大切なことの指標を捕捉して、経済、社会、環境のアウトカムを出すことへもっと力を注ぐ必要があるでしょう。
社会(Society)
社会分野では、持続可能な開発目標SDGsが世界や日本で進展を見せています。日本でも子ども家庭庁が発足し、未来世代を応援する取り組みが広がるなどポジティブな動きがありました。危機へ対応する日本人の連帯には世界から賞賛を受けます。一方で、特に地域では、過疎化・高齢化が進み、域内人口の減少、地域経済の停滞、新規の事業者や雇用の伸び悩み、廃校や後継者問題による教育・医療介護などサービスへのアクセス、社会関係資本と伝統文化・知識の減耗、そして自然の劣化など、課題の大きさに比してその進展はまだまだ不十分です。人口の多い都市部でも、経済・情報・アクセスの格差が広がり、孤独や暴力、メンタルヘルスなど分断のもたらす社会課題の数々に対して、少なすぎる担い手、縦割りの限界、個人情報の壁などにぶつかっています。少ないリソースを有効に活用するためには、リソースを分散させるのではなくシステム的に連携し、トレードオフを抑えて、波及や蓄積による相乗効果を高めていく必要があります。行政や社会起業家だけでなく、より多くの市民のエンゲージメントとエンパワーメントが必要です。しかし十分な巻き込みができていない根底において、男女差別や性的マイノリティ、外国人への差別などアンコンシャスバイアスがあることにしっかりと向き合うことも必要です。こうした根底の課題に対して、オープンな対話が広がっていることに希望を覚えます。
環境(Ecology)
環境分野では、2023年は気候変動を強く実感する年でもあり、観測史上年間を通じてもっとも暑い年となりました。北半球の冬のうちから干ばつの地域が目立ち、夏に向けて酷暑と水害、そして秋から冬にかけても異常に暖かい気候を感じるところが多くありました。気候変動のストレスは、人間だけでなく生物多様性にも大きな影響を与えました。こうした懸念に対してIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)を中心に科学者、政府、NGOなどの活動が盛んとなり、生物多様性の悪化カーブを反転させる「ネイチャーポジティブ」のビジョンが世界で広がり始めて、今後の企業、自治体、大学などへの展開が待たれます。気候変動において昨年12月にドバイで開催されたCOP28では、「損失と侵害」の基金運用開始、2030年までの再エネ3倍、省エネ改善率2倍の合意ができたものの、化石燃料の「段階的廃止」には踏み込めず「脱却」を目指すという表現にとどまりました。1.5度目標だけでなく2度目標に向けて、残された時間はわずかで2050年まで待てません。
政治(Politics)
経済や環境の課題をより複雑にしているのが地政学的な影響です。2022年2月より続くプーチン政権によるウクライナ侵攻は膠着状態にあって出口は見えず、2023年10月ハマスによるイスラエル攻撃と人質高速の後に起こったネタニヤフ政権によるガザ侵攻は、中東問題の根深さを露呈しながら凄惨な状況を迎えています。安保理で拒否権を持つ国が深く関わり、また戦争のルールそのものを変えかねない状況の中、果たして収束するのか、あるいは新たな紛争へと飛び火していくのか予断を許しません。さらにはAI・自動化の兵器利用やサイバーセキュリティへの懸念、中東地域の不安定によるエネルギー供給懸念、食糧不足による飢餓や物価高など課題は波及的に広がる恐れがあります。
分断は国家・地域の間だけでなく、国内でも分断・分離を強める声が高まり、統合や格差是正への動きにとって大きな障壁となります。そのような中で、2024年にはロシア、米国、イラン、メキシコ、インドネシアなどの大統領選挙があり、EUも欧州議会選挙を迎え、さらにインド、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、南アフリカ、イランそして台湾で総選挙が行われます。危機や不安のもとでは、ポピュリズム政党や独裁的なリーダーが生まれやすくなる傾向がある中で、言論や対話に基づく公正な選挙を願ってやみません。足下では日本もまた、言論、対話、公正な政治運営を見つめ直すときにあるでしょう。対立か連帯かは戦術上の選択です。しかし、違いを理由にシステマティックに対立や分断をあおりつづけることは、私たちの存在の基盤となるものを破壊することを心して、それぞれの立ち位置だけでなく私たちの社会や文明の基盤を高めることをガバナンスの根本に置くことを求めます。
VUCA時代に求められる組織・人とチェンジ・エージェントの抱負
21世紀は「VUCA(脆弱・不確実・複雑・曖昧)」に象徴され、とりわけ「ポリクライシス(多重の危機)」といわれる乱気流のように多方面から迫るダイナミックな環境変化の渦中の中で意思決定や行動をとっていきます。そこでは、どのような組織、リーダー、人たちが求められるでしょうか。
システムを俯瞰すればするほど、無力感をぬぐいきれないほどの複雑な状況においても、その複雑なシステムはいかなる構造か、受容すべきことと変えられることは何かを見極めるシステム思考力は必須と言えるでしょう。変容に向けてのビジョンと適応能力、そして前例や正解のない課題に対して「ネガティブ・ケーパビリティ」を併せ持つことも求められます。さらには、考え方の異なる他者たちと違いを超えて対話し、共生や協働のビジョンと道筋を築く力も必要でしょう。私たちはこうした力を「システム・リーダーシップ」と呼び、そして「学習する組織」はこうした力を集団で伸ばし、高め続ける組織でもあります。
チェンジ・エージェント社は、リーダー層向けに「大局で考え、足下で行動する」をモットーに、各組織、地域、産業を取り巻く大局を見て全体像を把握し、自分たちのそもそもの前提や目的を見つめ直し、自らと互いの変容を促す人財の育成に努めます。
一方で、こうした大きな変容は、一部のリーダーだけで成し遂げられるものではありません。フォロワー転じてそれぞれの立ち位置でリードする人たちが、システム規模で、共に今の現実を見つめ、深く考え、違いを超えてともに未来を描き、行動していくことが必要です。チェンジ・エージェント社は、より多くの社員や市民たちが、自ら変わりたいと考え、変容に関わっていくための当事者意識とリタラシー、そして行動と学習に向けての能力を高めていきます。さらに格差や不公平などの社会課題に取り組み、変化に取り残されがちな周縁の人たちが居場所、出番を持ち、参画できる社会づくりに貢献していきます。
また、私たちの暮らしやビジネスの基盤には、自然環境があります。チェンジ・エージェント社は、陸や海でそれぞれの生命のネットワークが築く生態系と気候システムについての理解を高め、それらを損なうのではなく、保全・再生し、その完全性や機能を高めるための施策を広げることに邁進していきます。2030年におけるより積極的な気候目標を掲げ実現するためにEn-ROADSや「ワールド・クライメート」などのシミュレーションを通じてより多くのステークホルダーのエンゲージメントを後押します。さらに生物多様性を悪化から改善へ転換する「ネイチャーポジティブ」をビジョンとして、「NbS(自然をベースにした解決策)」「30by30(2030年までに保護地域を30%に)」「リジェネレーション(再生)」などのテーマに取り組みます。
こうした取り組みの根底には、「生命の尊厳を大切にしたい」という願いがあります。生命のサイクルやその持続のための戦略は生物の種類によってさまざまですが、それぞれの命に尊厳があります。人間ならば、すべての人がその尊厳を認められる世界であること、またそうした理念や価値観を互いの違いを超えて共生できる社会を望みます。個であれ、集団であれ、集団のネットワークであれ、「生きているシステム」の個性と可能性、創造性とレジリエンスを高めていくことを2024年の抱負として掲げ取り組んでいきます。
本年もご愛顧・ご厚情賜るとともに、もし共感いただけるなら共に取り組んでいただきたく、どうぞよろしくお願いいたします。そして、皆さんと周りの皆さん一人ひとりの生命の尊厳と輝きを心より祈念申し上げます。
小田理一郎