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この講演録では、南アフリカのアパルトヘイト問題をはじめとして、難しい状況に向き合い続け、解決に導いてきた世界的ファシリテーターの一人であるアダム・カヘン氏の日本での講演(2023年3月10日実施)の内容を3回に分けて報告します。本記事はその1回目で、ファシリテーションの理解に関する新しい理解、「神秘の出現」について紹介します。
5年ぶりに日本に帰ってくることができて、私も妻のドロシーも本当にうれしく思っております。まず、感謝の気持ちを表しますまた、講演を始める前にもう一つ、このテーマに関心を持ってくださったみなさまに謝意を伝えたいと思います。というのも、新刊を執筆した動機の根底には世界はもっと多くの、より良いコラボレーションを必要としているという考えがありました。それゆえに、世界はもっと多くの、より良いファシリテーションを必要としています。これが新著を書いた理由です。そしてファシリテーターとして活動しているみなさまと今夜ご一緒できることをとてもうれしく思います。みなさまのお役に立ちたいと思い、この本を執筆しました。 私は30年前から、実際には30年以上前からファシリテーターとして、フルタイムで活動しています。私がどのようにシェルに入社して、その後南アフリカで働くようになった経緯を聞いた方も多いでしょう。でも、私は2017年11月22日まで、ファシリテーションの本質をよく理解していませんでした。そして、この日に何が起こったのか、お話しします。というのも、ここから非常に多くのインスピレーションを得て、本を執筆することになったからです。さらに具体的にはこの本のより深い部分のメッセージとなるものです。
当時私はレオス・パートナーズ社の同僚2人と一緒にコロンビアという国でワークショップのファシリテーターをしていました。ご存知のように、コロンビアではずっと内戦がありました政府、軍、ゲリラ、様々な犯罪者集団の間で、激しい武力衝突があったのでした。そして2016年、ついに政府と主なゲリラ軍の間で和平協定が調印されました。写真の左側は当時のフアン・マヌエル・サントス大統領です。右は当時のゲリラ軍のトップ、ロドリゴ・ロンドニョ氏です。
私は以前サントス大統領と仕事をしたことがあります。この写真が撮影された後、彼はノーベル平和賞を受賞しました。受賞が決まったその日、大統領は自分が主催して私がファシリテーターを務めた、25年前のワークショップについて言及しました。大統領は、このファシリテーションとワークショップは平和を希求するコロンビアにとって最も重要な出来事の一つですと述べました。私はそのような極限状態であっても、ファシリテーションの可能性があるのだというヒントを得ました。
それから25年後、私は招待を受け、コロンビア南西部のカリという都市でワークショップをすることになりました。ここは内戦当時、非常に大きな被害を受けた地域です。イベント開催時でさえ、ゲリラ軍が領土の大部分を支配していました。2017年、私はこのワークショップのファシリテーターを務めました。このワークショップには全国のさまざまな地域からリーダーが集まりました。現在では、どのようにすればこの地域を平和で豊かなものにできるかについて和平協定が結ばれています。そして、このリストの最大のポイントは、これらの参加者には、非常に厳しい政治的、経済的、文化的、思想的な違いがあることです。実際のところ、この違いはとても深刻なもので、参加者はワークショップ中に写真を撮って欲しくないと言いました。というのも、敵対する組織のメンバーに会っているとことを知った同僚の怒りを買ってしまうのではないかと恐れていたからです。
ファシリテーションの可能性
というわけで、これから写真をお見せしますが、このワークショップの写真ではありませんその同じ月にメキシコで開催された類似するワークショップの写真です。こういった写真をお見せしているのは、ストーリーを伝えたいからです。というのも、ファシリテーションという言葉で私が何を意味しているかをみなさんが思い浮かべることができるようにしたいからです。そして、きっと参加者のことを知らなくても、ファシリテーターであるみなさんならこのことに気付いてくれるでしょう。
いつもと同じように、ワークショップが始まりました。私は日本でファシリテーションをしたことがありますが、いつも輪になって座ってもらうようにしています。みなさんは、もちろんこの人たちのことを知らないから気づかないかもしれませんが参加者たちは互いに同じ部屋にいることに驚き、少し落ち着かない様子でした。そして、少なくとも私がこの写真を見るとき、席について、お互いに顔を見合わせる不安な様子が思い出されます。こうして自己紹介から始まりました。 つづいて他の写真で、この後、数日間にわたる一連の活動を少しご紹介します。初めに、この地域の状況に関する今の現実について話しました。今の現実について話すための方法としてレゴを使うワークは皆さんも行っているかもしれません。
テーブルの前に座っている男性はメキシコで最も裕福なビジネスマンの一人です。そして、話している女性は政府関係者です。実際にはトランスジェンダーの政府関係者です。彼女は自分が状況をどう見ているのかを説明しています。彼の顔を見れば、聞き慣れない視点からの意見を聞いていることが伺えます。彼は彼女の話に耳を傾けています。彼女がレゴで作った模型を見て、相手が見ているものとなぜそう見えたのかを理解しようとしています。そして、さまざまなグループがそれぞれのテーブルでこうした演習を続けていきます。
ご存知のようにこの手のワークショップではよくあることですが、最も面白い会話は、会議室ではなく、会議室の外で行われます。このワークは、二人で一緒に散歩をするというものです。カトリックの司教とフェミニストのリーダーが一緒に歩いています。後でフェミニストのリーダーから聞いたのは、彼は散歩中に彼女を全く見ていなかったということでした。
そして、これはその後の同じリーダーの同じグループの写真ですが、お互いに仲良くなってくるとボディランゲージが変わってくることが見えてきます。実際に体が前に傾いている様子も見えます。これはコロナ禍の前のことなので、慌てないでくださいね。彼らが状況をどう捉えたかについて話し合います。
これは将来起こりうるシナリオについて話しているところです。各自が自分のコンピューターで作業するのではなく、壁に貼られた紙を見ながら、文字通り一緒に何かを作っています。そしてこの作業を続けています。これは結論となる文書の細部について合意していく作業です。
中央にいる男性は農民のリーダーです。右の女性は研究者です。そして、この交流を通じて、お互いのことをより深く知るようになります。以前は話をしようとしたことがない相手とでさえもです。
この写真だと、左は反乱軍リーダーというところでしょうか。そして警察官の男性に別れを告げています。以前警察官と同じ部屋にいた時には警官に殴られたと言っていた人物がです。そして、若い人たちです。みなさんも経験されていると思いますが、若い人と年配の人のグループではエネルギーが全く違います。
そして、このグループの最後の写真です。終了までに数回のワークショップを経て、今では外国人ではなく、自分たちのグループのメンバーがファシリテーターをしています。みなさんはこの人たちを知らないと思いますが、ここでもまた、表情から参加者の間の関係がこのワークショップで変化したことを読み取れるでしょう。ファシリテーションの方法について私が概念的な話をする際に、みなさんに話を理解してもらえるようにこれらの写真をお見せしました。ファシリテーターをしていると、みなさんもこういったダイナミクスの一部に気付いたり演習をしたりしていると思います。
コロンビアで出会った特別なインスピレーション
コロンビアでのワークショップの話に戻りましょう。コロンビアでのワークショップはセッティングが特別なものでしたが、ファシリテーターとして見れば、ある意味、それはごく普通のワークショップでした。もし写真を持っていたら、先ほど紹介したものと同じように見えていたかもしれません。参加者たちは最初不信感を抱いていました。初日が終わるころにはリラックスして、この地域の未来のために、何か一緒にできるのではないかと思い始めていました。
さて、ここでこの話の本題に入ります。彼の名前はフランシスコ・デ・ルー。彼はカトリックの神父で、コロンビアのイエズス会のトップでした。そして、内戦時に勇気ある行動をとったことでとても有名です。聞いたところによると、彼は、ジャングルに入って、ある特定の人たちにお互いに話をしてもらおうとした人物です。そして、このワークショップの1週間前に、新しい委員会の委員長に任命されたのです。「真実・共存・不再戦を明確化するための委員会」という面白い名前の委員会です。南アフリカでの委員会の名前は「真実和解委員会」でした。興味深いのは、コロンビアではnon-repetition(不再戦/繰り返さない)が追加されたことです。つまり、彼らは本当にどうすれば同じ失敗を繰り返さないようにできるのかと考えていたのです。
デ・ルー神父とは以前会ったことがありました。実は、このワークショップへの参加にとても驚きました。彼は国レベルの役職に任命されたばかりだったのです。そして、この地方のワークショップに来ていたのです。彼はとても優秀で面白い人なので、感激しました。私は「なぜここにいらしたのですか?」と尋ねました。そして、彼はこう答えました。「このファシリテーションというものが、これから始める仕事に役立つかもしれないから、あなたがやっていることを見てみたいと思ったのです」初日の終わりには会議が終わり、参加者たちが椅子から立ち上がって一緒に食事に行くことになりました。そして、フランシスコが私の方に向かって走ってきました。彼は小柄な男性ですが、とても興奮していたのです。そして、こう声をかけてきました。
「アダム、アダム。あなたが何をやっているかわかりました」
「はあ、私は何をやっているのでしょう、フランシスコ」と私がたずねると
「あなたは神秘の出現に対する障害物を取り除いているのですね」とデ・ルー神父は言ったのです。
このやりとりを聞いただけでは、非常にわかりにくいでしょう。その時は彼が何を言っているのか、私にはまったくわかりませんでした。その後、彼と一緒に夕食を食べに行きました。しかし、私のスペイン語は日本語と同じレベルです。あまり上手ではありません。しかも、彼の英語もあまり上手ではありません。その状況で、神秘とはどういう意味ですかと神父に尋ねましたそれから数時間話しても彼の言っていることの意味がよくわかりませんでした。ただし、この「神秘」という言葉については別です。英語の「神秘」は、最後に答えがわかるミステリーの本やミステリー映画のあのミステリーと同じ言葉です。ですが、同じ単語が、スピリチュアルな文脈や宗教的な文脈では「知ることができないもの」に言及するために使われます。私にはそれはよくわかりません。だから、神秘とは何かと聞かれれば、全くわからないと答えます。でも、私が彼の話を聞いて面白いと思ったのは、そこではありません。彼が話していたのは「神秘の出現」についてです。
「神秘/ミステリー」を知ることはできませんが、「出現」は知ることができました。そして一番興味深かったのは、「障害を取り除いている」という言葉です。そしてこれは、ファシリテーションとは何かについての、とても奥深い仮説だと思いました。そう思った理由について、彼との食事を終え、自分の部屋に戻ってからこの意味について考えてみました。そして、2つのことに気がつきました。
「神秘の出現」3つの側面
まず、ほとんどのファシリテーターは、ファシリテーションとは人に何かをさせること、そうするように強制することだと考えています。実際、私がファシリテーションの講義をすると、100%の確率で、少なくとも英語では、「どうやって参加者たちを来させるのですか?」と聞かれます。「どうしたら本音で話してもらえますか?」「どうすれば、人々に結果を実行させることができますか?」「どうすればお互いに信頼できる関係を築くことができますか?」「どうすれば人に~させることができますか」(How do you get people to~)はとても一般的な英語表現です。しかし、彼はその逆のことを言いました。あなたは人に何かをさせるわけではなく、彼らの内側にある何かが出現することへの障害を取り除いているのですね、と。神秘は一人一人の中にあるというのは、宗教的な説明でしょう。そして、私たちは障害を取り除くことでそれが出現することを支援しているのです。次に「神秘の出現に対する障害物を取り除いている」という観点から、ワークショップのアジェンダを改めて見てみました。
ワークショップでは、3つのことをやろうとしていたと思います。つまり、神秘の出現には3つの側面がありました。人々はお互いをつなげ、自分と状況をつなげ、自分自身とつなげようとしていました。まず1つめに、人々はつながりを出現させようとしていました。2つめに、彼らは皆、自分の知っていること、自分ができること、自分の持っている能力、自分の持っている地位で貢献しようとしていました。(3つめに、)平等につながり、貢献しようとしていました。 つまり、「つながり」「貢献」「公平性」です。そして、同僚と作ったアジェンダを見て、気づいたことがあります。アジェンダに改めて目を通してみました。みなさんがファシリテーターであれば、このように非常に詳細なアジェンダを作成した経験をお持ちだと思います。3色のマーカーを使って、つながりを妨げる障害を取り除くためのものをすべて並べてみました。
例えば先ほど小田さんが(会場でのチェックインのために)「奇数列の人は後ろを向いてください」と言いましたね。これは実はとても良い例です。小田さんから「後ろを向いて、この3つの確認用の質問に答えてください」と言ったときのことです。これは、よく行われる演習です。でも実は、その一番シンプルな演習でもつながりの障害となるものを取り除いていたのです。というのも、もはやみなさんは目の前にある本を黙って見ているだけではなくなり、他の人やまだ挨拶していないかもしれない人たちとも話していました。実際、彼(小田さん)がみなさんにそうするように伝えた時、私は部屋の中の音に耳を傾けていました。全員が同じ音、同じ音色を奏でていました。この音は、日本語で、人が誰かとつながるときに出す音です。それで、小田さんはつながりの障害を取り除いていたのです。また、一人一人が自分の考えを言うように求めました。彼は貢献の障害となるものを取り除いていました。そして、「持ち時間は1人30秒、合計2分です」と言いました。全員が貢献できるような形でやってくださいと伝えていました。このシンプルな例でさえも、「貢献」「つながり」「公平性」を見ることができます。
コロンビアで行われたその会議に、カラーマーカーを3本持っていっていて、アジェンダに色分けしたとすれば、つながりのための演習はどれでしょうか。貢献の演習はどれでしょうか。公平性に関する演習はどれでしょうか。アジェンダの99%に色を付けることができるでしょう。フランシスコが私に伝えてくれたのは実践的なことでした。実際、これはファシリテーションの仕組みさえも理解できる方法です。さて、講演の最後の方で、つながり、貢献、公平性というこの3つの言葉の話題に戻ってきたいと思っています
私が持っていた障害物を取り除くというイメージには、フローがあって神秘の出現があります。レオスという私の会社の名前ですが、レオスという言葉はギリシャ語で「フロー」を意味します。だから、このフローという考え方はずっと重要なものでした。そして、「神秘の出現の障害を取り除く」についてですが、フローの障害となるものを取り除くという考え方もあります。例えば水がスムーズに流れなくなっている場所から、大石を取り除くことです。これがヒントになって、この本を執筆することになりました。もしかしたら、もう本を読まれた方もいるかもしれません。本をまだ読んでいないみなさん、先ほどのお話は本の序章にありますこの本にはファシリテーションを神秘の出現の障害を取り除くことと理解するならば、ファシリテーターとしてどうすればよいのかについて書かれています。「あなたは神秘の出現に対する障害物を取り除いているのですね」というこの言葉がこの本の土台になっています。これが、この30年間私が取り組んできたことです
(つづく)
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