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アダム・カヘンの新刊『共に変容するファシリテーション』の紹介
アダム・カヘンの新刊『共に変容するファシリテーション(原題:Facilitating Breakthrough)』がいよいよ来年1月末頃に上梓される予定です。私も、原稿段階からレビューし、また、日本語版の飜訳を務めさせていただいたので、この本が日本の読者の皆様にお届けできることを、ことのほかうれしく思います。
ファシリテーションの世界では、アダムは伝説級のファシリテーターとして長く注目され続けてきました。カナダ勲章を受章し、また、2022年シュワブ財団から『ソーシャルイノベーション思想的指導者2022』に選ばれています。また、彼はファシリテーションを通じて、南アフリカのマンデラ元大統領、コロンビアのサントス元大統領のそれぞれがノーベル平和賞を受賞するに至る多様な利害関係者たちのコラボレーションを支援しました。
アダムは、ファシリテーションの実践の体験を振り返りながら、ファシリテーションの理論を構築することにも余念なく、これまでも、さまざまな手法を提示してきました。そして、今回の新刊で提唱されているのが、「変容型ファシリテーション」です。本記事では、彼の著作の変遷をたどりながら、どのようにこの新しい手法に行き着いたかを振り返ります。
「変容型ファシリテーション」のアプローチ
ファシリテーションに関して、アダムは在来型には大きく2つの異なるアプローチがあることを提示します。一つの全体に焦点をあてる「垂直型ファシリテーション」と多数の部分に焦点をあてる「水平型ファシリテーション」です。組織や社会の構造をイメージするとわかりやすいでしょう。トップダウン型の組織や強い権限を持つリーダーが支配的な力をもつ社会は「垂直型」、ボトムアップ型組織や個々の構成員の発言が尊重される民主的な社会は「水平型」とみなすことができます。
垂直型ファシリテーションは、組織内での会議や会合によく見られます。一つの組織においては、メンバーたちは討論や議論を通じて、問題や目的を明確に定義し、リーダーの承認を得た解決策や計画に対して実施をすることが比較的容易で、「団結」や「協調」というメリットを発揮します。しかし、一つの全体に焦点をあて過ぎて、個々のメンバーへの注意が払われないと、そのグループでは全体による「支配」と「硬直」のために、メンバーの主体性や個性が発揮されない、現状維持に疑問を持たず新しい思考が枯渇する、などの行き詰まりを迎えがちです。日本の多くの組織が悩む自主自律、創造性、心理的安全性の課題はまさに垂直型のグループ運営による行き詰まりであるとも言えるでしょう。
こうした垂直型の行き詰まりを打破するのは、水平型の動きです。日本の組織でも、ワークショップ、対話などが導入されて、この水平型ファシリテーションはこの20年ほどで急速に広まりました。ここでは、メンバーの主体的な参画を促す仕掛け、心理的安全性への対処、傾聴や共感、「我が事化」、実験やプロトタイプ作成などが強調されることで、水平型のメリットであるメンバーの「自主性」や「選択の多彩さ」を導きます。
アダムの第一作『手ごわい問題は対話で解決する』は、まさにこうした水平型ファシリテーションを、垂直型の行き詰まりに悩む組織や社会に対して処方箋を提供するものでした。とりわけ、アダムの実践に見られるように、組織を越えたコラボレーションにおいては、特定の利害関係者を優越した存在に置くことや社会の優越者による抑圧的な支配の現状を放置することが問題となりやすく、水平型ファシリテーションの有用性はさらに際立つものとなります。
しかし、個々のメンバーの存在を尊重しながら、メンバー間の新たなつながり、信頼関係を育むこのアプローチも万能ではありません。多様な部分に焦点をあてる水平型ファシリテーションも行き過ぎると、個の尊重の余りに「分裂」を助長し、また公平を重視する余りに結論の出ない「立ち往生」に陥ることも少なくありません。日本の組織でも、対話の試みが広がったものの、決断ができない、対話の先にどこへ行けばよいのか方向性を見失う例もあって、その結果、対話自体をあきらめることや、元の状態に逆戻りをすることすらあるようです。アダムは、こうした水平型への行き過ぎや対話と呼びながらも個を周縁化するような安直な全体性への回帰に陥いる自体などの欠落に対処するために、二作目の著書『未来を変えるために本当に必要なこと』を執筆しました。
こうした水平型の行き詰まりを突破するのは、ほかならぬ垂直型の動きです。但し、以前のような硬直と支配に向かう動きではなく、個や多様性を尊重した後に、改めてグループの協調と団結を図る形で模索するスパイラルアップの動きが必要となります。立ち往生する自分たちをバルコニーから俯瞰する、探求だけでなく主張もする、全体で合意できることを見いだす、共同で計画をつくる、など、共に前に進むような動きを創り出します。
アダムの五作目となる『共に変容するファシリテーション』では、新たに「変容型ファシリテーション」というアプローチを提唱し、垂直型の行き詰まりが現れる前に水平型の動きを為し、水平型の行き詰まりが現れる前に垂直型の動きを為す循環を繰り返すことで、両者のプラス面を最大化し、マイナス面を回避するものとしています。それは、全体の利益と個と利益が好循環のスパイラルを描くような展開のもとに行われます。
互いに共感を持って傾聴して、つながりを再発見することを通じて、個を取り巻くより大きな全体性に触れること、未来の潜在可能性を感じ取ることで、多様なメンバーの間にも協調と団結が生まれることがあります。このような協調と団結は、必ずしも個を犠牲するものではありません。一方で、メンバーを取り巻くそれぞれの母体組織や地域を考えたとき、協調と団結の範囲はごく一部に過ぎないこともあります。ここで、一部のメンバーだけが得た協調と団結を強要すると、新たな硬直と支配に向かうおそれが生じます。再び、個を理解するための水平型の動きが求められるかもしれません。共に前に進むプロセスは、その影響範囲を広げながら、スパイラルアップの展開を積み重ねて、ゆっくりと、そして閾値を超えれば急速にシステムの変容を遂げていくものと言えるでしょう。
組織や集団が取り組むべき5つの問い
アダムは、このような一般理論を具体的に実践するために、組織や集団が取り組むべき問いを以下の5つに整理します。「状況をどのようにとらえるのか(6章)」「成功をどのように定義するか(7章)」「現在地から目的地までどのような道筋をとるか(8章)」は、組織の長期戦略を考える上での基本的な問いであり、学習する組織の「創造的緊張感」や「変化の理論(TOC)」の枠組みとも整合します。そして、「誰が何をするかをどのように決めるか(9章)」はガバナンスいついて、そして「自分の役割をどのように理解するか(10章)」は、主体性や内的動機付け上の最も重要な問いを投げかけます。
これらの5つの問いについて、垂直型と水平型ファシリテーションにはそれぞれの典型的な答えをもってアプローチします。しかし、それらのアプローチにはメリットがある一方で、続けるとデメリットの方が上回ります。変容型ファシリテーションでは、それぞれの限界に対応するための5対の動きを活用します。これらの動きは、今までの彼の著書の中で個別に紹介されていました。そして、ファシリテーターは、その個性や経験、能力開発の結果、自身の得意な極と、その反対に「エッジ」(開発課題)となる極をもつことがよくありますが。アダムは、自分の弱い極を強めよとアドバイスしてきました。
新刊で明示されたファシリテーションの極意
しかし、新刊で明示されたファシリテーションの極意において重要とされるのは、そうした動き(Doing)を支えるのは、ファシリテーターのあり方(Being)であることです。心のあり方、注意の払い方について、カヘンは5つの「内面のシフト」として、「オープンになる」「見極める」「適応する」「奉仕する」「パートナーとなる」ことを提示します。全体的に、より整理された全体像と、具体的な実践への落とし込みの枠組みが示されています。(本の中ではまとめた図もあるのですが、抽象度が高いので、6~10章にある具体的な事例や解説と読むのがお薦めです。)
個人的な感想ですが、ブレイクスルーを生み出すための「変容型ファシリテーション」は、方法論の観点でも一つのブレイクスルーを成し遂げたと感じます。アダムは自身の体験から帰納的にファシリテーションの理論を導き出し、過去の著作の冊数を重ねるごとに、その理論を進化させてきました。二作目の著作から、神学者ティリッヒの理論に基づき、つながりの衝動としての「愛」と自己実現の衝動としての「力」の間で、交互に循環する両極間の循環を主張し、その後の著作でもこの二極のフレームワークがベースにありました。新著では、3つめの新たな「正義」の軸を掛け合わせることで、交互に循環する動きにスパイラルアップをする方向性が明確になっていきました。このことについては、結論の章で詳しく語られます。
また、新書結論の章を除いては、今までのベースであった力と愛を対極に置く代わりに、垂直型と水平型の対極のフレームワークに置き換えています。これまでの「力対愛」の表現に比べて、垂直対水平が一般的な組織論、マネジメント論でのイメージにより近く、捉えやすくなりました。これによって、本書はファシリテーターだけでなく、組織や地域のリーダーや、職位はなくとも変化の担い手としての役割を担う人たちにも彼のアプローチの有用性がわかりやすくなったと感じています。
動きの根底にある5つの内面のシフトが機能せず、退廃的な方向(二極化と膠着)に向かうとき、内面のシフトを活用して場に循環の動きを導き、個々の変容とシステムの変容に向けて前進するとするフレームワークは、私自身のこれまでのファシリテーションやリーダーシップ開発の経験、学習とも符合し、目から鱗が落ちる感覚を覚えました。
アダムが新著で紹介する概念やモデルは、ファシリテーションの領域にとどまらず、リーダーシップ論の世界で注目を集めるものがまとまって紹介されています。ハイフェッツの「適応型リーダーシップ」やシャーマーの「プレゼンシング(U理論)」、キーツの「ネガティブ・ケイパビリティ」などがその例です。注意の払い方に注意を払うのは、トルバートやキーガンらの提唱するリーダーシップの本質とも重なり、自己変容型・相互変容型のリーダーシップへとつながります。アダムの提唱する「変容型ファシリテーション」は、組織やネットワークで影響力を発揮し、組織や地域、ひいては社会に変化を創り出したいと願うリーダー、ファシリテーター、変化の担い手たちに有用だと考えます。
2023年の上梓の暁には、是非書店や図書館でお手にとってご覧になっていただけたらうれしく思います。
アダム・カヘンの新刊『共に変容するファシリテーション(原題:Facilitating Breakthrough)』
(小田理一郎)
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