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チェンジ・エージェント社では、先月から今月にかけて、生態系学者のヤン・センジミール博士を招聘し、「社会・生態システムにおけるレジリエンスとトランスフォーメーション」のウェビナーを開催しました。通訳無しの英語での開催であったにもかかわらず、100名以上のお申し込みをいただき、大変な盛況となりました。
レジリエンスとは、「システムが外部の衝撃に対して、その衝撃を吸収し、いち早く再起する特性」のことです。例えば、病気になって体が弱くなっても回復して元気に活動できるようになるとか、精神的に落ち込むような事態になっても、自分自身を保ち、前に進んでいけるような力がレジリエンスの一例です。
こうしたレジリエンスの特性は、集団や社会にも見いだすことができます。例えば、顧客のニーズや社会の期待が大きく変化していくことで消えていくブランド商品・サービスや会社が多くあります。しかし、中には、ずっと愛されて続けるブランドや会社もあります。こうした組織には、環境に適応することによってレジリエンスを強める特性を発揮していると言えるでしょう。
また、豪雨や台風、洪水、津波、地震などの災害で、サプライチェーンやインフラサービスの機能が一時的に止まってしまうことがあるかもしれません。それでも、いち早く復旧して、元のレベルのモノやサービスの供給ができるのは、レジリエンスの高いビジネスシステムないし都市・地域システムであると言えるでしょう。
レジリエンスに関する研究は、心理学、ビジネスのリスク分析、災害管理などの分野で発達していますが、その理論やフレームワークは、生物や生態学の研究から発展していることも多くあります。
国際社会においては、気候変動、生態系の喪失、資源危機や社会の分断、紛争などの直面し、レジリエンスへの注目が一層高まっています。世界の中でも、レジリエンス研究の最先端をいく組織の一つが、スウェーデンにあるストックホルム・レジリエンス・センター(SRC)だと言えるでしょう。同センターの大きな功績の一つ、「プラネタリー・バウンダリー」のコンセプトは直接、間接に聞いた方も多いのではないでしょうか。プラネタリー・バウンダリーとは、「その内であれば、人類は将来世代に向けて発展と繁栄を続けられるが、境界(閾値)を越えると、急激な、あるいは取り返しのつかない環境変化が生じる可能性がある」境界のことで、人間活動にとって重要な気候変動、生物多様性、窒素・リン循環など9のプロセスについての境界に対する現在の人間活動のインパクトを測定しています。2009年に発表されて以来、ドーナッツ経済学やSDGsなどに多大な影響を与え、現在でもサステナビリティを考える際の支柱の一つと言えるでしょう。
SRCには、レジリエンスに関して学べるリソースがたくさんあります。とりわけ、同センターのユーチューブ上のチャンネルは、ブライアン・ウォーカーを始めとするレジリエンス分野の第一人者たちによるわかりやすいプレゼンテーションが豊富に掲載されています。日本語字幕があるものは少ないものの、最近ではクローズド・キャプション(CC、字幕)をオンにして自動翻訳機能に任せれば英語が理解できなくとも視聴できるようになっています。私の画面では、「ブラジル人」との飜訳表示がしばしばでてきますが、たいていレジリエンスのこと(笑)と考えてください。
いくつかお薦めのビデオをリストアップします。
○ブライアン・ウォーカー
「レジリエンスのわかりやすい説明(The best explanation of resilience)」
日本のブルー・プラネット賞受賞者でもあるブライアン・ウォーカーが、レジリエンスについて説明してくれます。「谷の中にあるボール」のイラストを使ってわかりやすく説明してくれます。ボールの位置は変数の現在地、谷の分水嶺に囲まれた範囲が「吸引領域」、ボールの落ち着き先となる谷底が「アトラクター」となりますが、専門用語を厳密に理解しなくとも視覚的にレジリエンスの働きを理解できます。
○ブライアン・ウォーカー
「社会・生態システムにおけるフィードバック(Feedbacks in social-ecological systems)」
システム思考の中でもおなじみの概念である「フィードバック」を、社会・生態システムの文脈で説明します。牧草地が砂漠化するメカニズムの説明を通じて、閾値を超えるか超えないかを決めるような重要なフィードバック、市場外部性のように存在しないフィードバック、存在するが気づきにくいフィードバックなどを紹介します。
○スティーブ・レイド
「社会・生態システムにおけるレジリエンスとは何か(What is social-ecological resilience)」
社会・生態シフトにおけるあるシステムの状態から異なるシステム状態へのレジームシフトとそのティッピングポイントについて、SRCのスティーブ・レイドが説明します。伝統的にレジリエンスは、耐えるようなある状態にとどまることとして説明されることが多いですが、昨今では、システムが自らを変える「適応」、「変容(トランスフォーメーション)」の側面の重要性を高めています。
○「レジリエンス思考の活用の仕方(How to apply resilience thinking)」
レジリエンスを理解し、実践する上で重要な思考の習慣、枠組みがレジリエンス思考です。その中でも、意識をするとよい重要な7原則を紹介します。
1.多様性と冗長性を維持する
2.コネクティビティを管理する
3.スロー変数とフィードバックを管理する
4.複雑適応システム思考を養う
5.学習を推奨する
6.参加を促す
7.多極的ガバナンスを促進する
「レジリエンス」の概念は、少しとっつきにくいところがあります。しかし、システムの適応や変容としての側面を注目するならば、今後益々重要性が高まっていくことでしょう。
レジリエンスの概念は、よいもの、悪いもの含め、あらゆるシステムに適用できます。例えば、システムAを残すためにレジリエンスを高めたく、そのためにシステムBは変えたいと考えているとしましょう。しかし、システムAのレジリエスが低下するのも、システムBを変えたくても変えられないのも、別の古いシステムCのレジリエンスが強いためであることもあります。さらに、何が望ましいか望ましくないかは、人や集団によって違うことがよくあります。
レジリエンスは、具体的な文脈に置く方が理解しやすいものです。また、皆さんの周囲にあるシステムについて、何を変えたいか、何を永く残したいか、について、適用するイメージもわきやすくなるかと思います。世界の実践者たちがシステムやレジリエンスをどのように捉えているか、是非ビデオでご覧になってください
小田理一郎