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2022年6月に「SoL Learning Plaza」がストックホルムで開催されました。私も日本代表として出席してその会議の終わり頃、基調講演者の一人であるデニス・サンドウに声をかけられました。デニスは、組織における学習エキスパートであり、ヒューレット・パッカード(HP)で数々のイノベーションを生み出すための組織土壌創りに尽力した研究者として著名な方です。私も彼と同じオレゴン大学出身であったことから挨拶をしたことはあったのですが、彼からの声かけに驚きました。話を聞くと、SoLジャパンで私たちの行っている非公式ネットワークの形成と運営についての話を聞いて、リサーチをしたいとのことでした。とても光栄なことであり、一緒にプロジェクトを開始しようと準備中です。
本記事では、デニス・サンドウが考える組織の捉え方や「学習する組織」の築き方、そして彼のリサーチのアプローチについてご紹介します。
組織と構造
急速に変化するグローバル経済において、知識とイノベーションは最重要課題の一つです。かつての「工業化時代」においては、自動車の組み立てラインに象徴されるように、物理科学を製品製造に応用して価値創造を果たしました。その根底にあるのが、機能分化、要素還元主義などの機械論的な世界観です。組織を製造、販売、開発などの専門性で水平方向に分化するとともに、権限の区分で垂直な文化を行われ、そうした人たちのネットワークはいわゆる「組織図チャート」で表現されます。
図1:公式な社会システムの構造(組織図チャート)
しかし、「知識(ナレッジ)時代」と言われる時代において、これまでのような機械論的な世界観では価値創造の機能を果たしきれず、新たに生命科学的な世界観が注目されるようになります。つまり、知識、人、組織は「生きているシステム」と捉え、それによって世界観は、部分から全体へ、分析から統合へ、要素から相互作用へと転換されます。
サンドウの協働者であり、HPに組織と知識について指南したチリの生物学者ウンベルト・マトゥラーナは、組織とは、人と人の関係のネットワークであり、アイデンティティを生成するものと定義しました。そして、組織の構造とは、組織の人間関係のネットワークの地図であるとしています。しかし、前述の組織図チャートは、人間関係のネットワークのごく一面にすぎません。組織の構造を学ぶには、組織そのものを理解する必要があります。生きているシステムとしての組織をどのように理解すればよいのでしょうか?
マトゥラーナは、「生きる」すなわち組織や人の営みを「知る」ことの観点から説明し、人や組織の知的な行動は、その社会システムのすべての人が他のすべての人を正当な参加者として受け容れる社会システムにおいて生じるとしました。マトゥラーナは、人が他者を相互に受け入れることは、人間の自然な社会的秩序であるとし、逆に他者を否定することは、より近代的な社会によって生み出されたものであるともしています。実際、他者を否定して分離・断絶している組織よりも、互いの正当性を認めあい、一体感のある組織のほうが高いパフォーマンスやイノベーション、発明を導くことは容易に理解できます。しかし、弱肉強食とも受け取れるビジネスの世界において、そのような社会システムは、どのような営みによって生まれるのでしょうか?
協働する社会システム
組織には、産業時代のマネジメント階層のような公式なシステムと知識時代の協調的な従業員ネットワークのような非公式なシステムとの違いを見ることができ、またこの2つはしばしば緊張関係にあると見なされてきました。しかし、価値創造型の社会システムは、事業上の価値を創造する目的を共有した従業員、サプライヤー、顧客などのステークホルダーの集団であり、その緊張関係を乗り越えるものです。今日の時代における価値創造は、「集団における行動のコーディネーション」(ピアジェによる知識の定義)を通じて共通知を生み出すような、ダイナミックで、自己組織化する社会システムが求められ、それはしばしば非公式なシステムとして形成されます。
例えば、HP社のインクカートリッジは、インクとその他の材料の間の高度な組み合わせによって可能となりました。しかし、そこには慢性的に技術上の課題が存在しました。そこでHP社は競合関係にあった2つのサプライヤーと協力して材料の開発に取り組みます。そして、開発期間を大幅に縮小したチームのメンバーの関係性が以下のソーシャルネットワーク図に表されています。このネットワーク内の協働がより効果的に機能したのは、各メンバーが他のメンバーの存在の正当性を相互に認め合い、信頼と開放性を早期に醸成して、顧客であるHPの価値及び3社すべての間の価値創造する共通の目的に焦点をあてることができたためです。
図2:インクカートリッジ開発の関係者のソーシャルネットワーク図
(Sandow and Allen, "The Nature of Social Collaboration: How Work Really Gets Done")
また、インクカートリッジの「初期品質エスカレーション」と呼ばれる深刻な品質問題に直面したとき、品質マネジャー、調達マネジャー、テクニカルマーケティングマネジャーの3人の間で、同じようなソーシャルネットワークが自己組織的に形成されました。このネットワークは、さらに貢献するメンバーを集めながら全社規模にまで自己組織的に広がりました。下図は、品質マネジャーのGeorgeの視点から、自身の仕事を遂行するにあたって、必要とした人やチームとの関係を描いたソーシャルネットワーク図です。これまで、品質エスカレーションが発生した場合には、エキスパートたちを中心に問題解決するプロジェクトチームが形成されることが多かったのとは対照的に、このソーシャルネットワークでは、製品の生産設計、開発、物流などを担当する既存のネットワークが学習ネットワークを構築し、初期問題の問題解決をするにとどまらず、以降の同様の品質問題の発生そのものを回避することに成功して、品質問題の発生を回避したメリットは数億ドルのコスト節減にもつながりました。
図3:品質マネジャー(George)を中心とした関係者のソーシャルネットワーク図
(Sandow and Allen, "The Nature of Social Collaboration: How Work Really Gets Done")
ソーシャルネットワーク図において、矢印は、誰のおかげで仕事がなしえたかを示し、双方向なら相互に貢献があることが示されます。距離や位置は貢献度合いとは関係なく、この図のすべての人・チームが、Georgeの仕事への正当な貢献者となっています。Georgeを始めとするHPやサプライヤーの社員たちは、この図を時より更新して、誰が自分の仕事を推進する上での貢献者かを確認します。そうすると、ネットワークの規模が広がっていくことにも気づきます。事業上の価値創造が広がるとき、その価値創造する社会システムも広がっていくのです。このネットワークがもたらしたのは、顧客要望への迅速な対応、品質改善、コスト削減だけでなく、働く人たちの幸福感や達成感など、多くのステークホルダーのウェルビーイングにつながりました。
図4:ソーシャルネットワークは自己組織化して拡大するダイナミックなシステム
自己組織化される社会システムにおいては、集団行動のコーディネーション過程において外部(マネジメント層)の管理手法を必要としないため、生産性は拡大し、迅速に結果を生み出すことが可能になります。例えばある人が新製品の開発を行おうとすると、それを知った他の人たちがその開発を加速させるために技術やリソース、知識を提供する貢献者となってくれるのです。これが知識と学習による「コラボレーション」です。
Sandow and Allen, "The Nature of Social Collaboration: How Work Really Gets Done"
Sandow, "Introduction of Social Action Research"より編集