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コロナ禍について考える2021(1)ダイナミクスとインパクト

2021年05月14日

新型コロナウィルス(COVID-19)感染で亡くなられた方のご冥福を祈り、また、闘病されている方とご家族へお見舞い申し上げます。医療や保健、生活インフラのために最前線で働かれる皆様には感謝申し上げます。また、行政の要請や需要変化など事業環境変化によって、転換する苦難の中にいる事業者、正規・非正規の従業員の皆様に、今の過渡期が乗り越えられるようエールを送ります。

私は医療・公衆衛生の専門家ではありませんが、システム思考や組織学習の視点から、医療や保健関連の方たちの出している知見、提言について、わかりやすく、意思決定者や市民の方たちにコミュニケーションをすることを意図しています。人の死を数字として扱う不遜をお許し頂きたく、何よりも一人でも多くの救える命を救うためにコラムを書いています。

小田理一郎

はじめに

2020年の前半にはコロナ禍の第一波が世界各国を席巻しましたが、新規感染数の指数関数的成長傾向は反転し、多くの国で低水準に近づきました。しかし、秋頃には第二波が到来し、2021年になってからは国の政策や状況によってさまざまな展開を迎えています。

SIR、SEIRなどの数理的な分析モデルの多くは、当初の急成長とそれに対する抑制(死亡、回復、または感染の諸対策)を説明するものですが、第二波以降に関してはより複雑なモデル構造を必要とします。

システム・ダイナミクス学派の応用範囲は、ビジネスおよび社会課題のさまざまな分野に及びますが、感染症のダイナミクスの理解と政策策定もその一つです。過去SARS、MERS、AIDSなど多くのシステムモデルが構築され、また、政策の策定や評価のフレームワークを提供してきました。新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)に関しても、2020年3月には第一波に関するモデルが論文として紹介され、あるいは、国や自治体の意思決定者たちの意思決定支援のために提供されてきました。

今年になって、新型コロナウィルスの第一波だけでなく第二波を含めたダイナミクスについて、世界で92カ国の感染状況や政策の成果のさまざまな違いについて理解し、また、今後の政策を考えるため論文が、MITのシステム・ダイナミクス・グループより公開されています。

Hazhir Rahmandad, et al, "Behavioral dynamics of COVID-19: estimating under-reporting, multiple waves, and adherence fatigue across 92 nations" (出版前)
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3635047

何回かに分けて、これら論文の内容を軸にしながら、システム的な視点から見た感染症の課題と対策について考えたていきます。

感染症のダイナミクス

ラーマンダッドらの分析は、分析に必要なデータが公開されている92カ国、2020年1月から12月22日までを対象にモデル構築をしています。下図が国ごとの報告新規感染数(青、左軸、千人/日)と報告死者数(赤、右軸、人/日)を示すグラフです。(モデルの計算値も背景にありますが、全般に適合性が高いことが見て取れます。青線が上下にばらついて太くなっているのは曜日による報告割合のばらつきが大きいことを示しています。適合性に関する詳細は論文をご覧ください。)

図1:92カ国の新規感染者報告数と死者報告数(2020年1月~12月22日)COVIDBOT92nations.png

第一波の時期もさまざまですが、比較的早期に第一波を乗り越えた国については秋までに第二波が訪れています。また、日本のようにすぐに第三波が年内に起こっている国もいくつかあります。

当初は各国で「感染カーブを平坦化(Flatten the curve)」する戦略が叫ばれましたが、イタリアやイランなど一部の国、あるいは地域において医療崩壊が起きる状況を目の当たりにして、当初集団免疫を目指した国を含め、より低いレベルで第一波のピークを迎えた国がほとんどとなりました。しかし、潜在的には潜在的に感染の可能性のある感受性人口を大きく残していたため、タイ、シンガポールなどの例外をのぞき、ほとんどの国が報告ベースで第一波よりも大きな第二波を経験します。いわゆる「ハンマー&ダンス」であり、そのダンスは収束、拡張、段階的上昇などのさまざまなパターンとなっています。(これらのパターンを引き起こす構造については次回以降で説明します。)

なお、図1のグラフは国によって軸のスケールが異なります。理由はいくつかありますが、まずシステム・ダイナミクスでは、水準だけでなく時間経過に伴うダイナミクスに大きな注意を払うことが挙げられます。特に新型コロナウィルスにおいて、検査体制の不備、検査希望者の割合、無症状ないし軽度症状の感染者の存在によって、確認できた感染者数は一部でしかありませんでした(筆者らは世界全体では報告数に対して実際の感染者は7.03倍、実際の死者は1.44倍であったと推定しています)。報告数と実際の差は国ごとにも異なっている状況でも、各国のダイナミクスを見る上では、報告数も有益な情報を提供します。また、検査体制の充実など検査数が上がったならば、それを使った実際の感染者数推定に関する補正も可能です。

感染の状況をどう評価するか

皆さんは、今までの状況をどのように評価するでしょうか?

私たち日本においても、医療、保健の関係者はもちろん、多くの行政関係者、事業者、国民が、互いの命が守られるように努力してきました。その甲斐もあって、第一波の爆発的増加と医療体制の崩壊を回避できました。

しかし、最初の緊急事態宣言から1年あまりの間で、第二、第三、あるいは第四とも捉えられる波が押し寄せ、医療体制の逼迫や一部崩壊が見受けられ、その都度行政の宣言の発令の動向を伺う状況になっています。英語の表現で言えば、まだ私たちは森から抜け出せてはいません。バトルは一度で終わらず、連戦となって、戦争がまだ続いています。疲弊感が募る一方で、どうなっていくのか先行きが見通せないままでいました。

SNSやメディアによって報告新規感染者数を国ごと比較するグラフが出されますが、絶対値の水準の多寡で単純に評価したり、あるいは日本は報告数が少ないから大丈夫と安心・過信したりすることは避けなければなりません。上述の通り報告される感染者数と実際の感染者数の差異は国によってばらつきがあることのほかにも、国によって人口、人口密度、人との距離や接触に関する習慣(握手、ハグ、キスなど)の違い、気温、外国人の往来、保健医療の歴史、手洗い・マスクなどの衛生習慣、民族の違いなど単純には比較できない要因が多数あります。とりわけ日本のように人口当たりの検査数が低水準にある国では、報告感染者数の少なくても安心はできません。また、比較するならば、医療体制の崩壊や死者数の激増のあった国とではなく、日本よりも人口当たりの死者数と比べて何を学べるか、どのように森から抜け出せるかを考える必要があります。

また、医療や保健の専門家の方たちには認識されている一方で、国内外で政治・経済を論じる人たちの中にはソーシャル・インパクトの評価方法の基本が浸透していないようです。アメリカのトランプ前大統領の非科学的な主張の数々は常軌を逸していましたが、日本でもインフルエンザの死者数などに比べて同程度だとして、感染対策がそもそも不要だとの論調が見られます。しかし、現時点で人口当たり死者数が世界平均よりも少ないのは、感染対策を講じ、医療体制崩壊を回避している結果です。しかも、まだ森から抜け出していない途中の状況で、今までの報告値が低いことをもって「対策は必要なかった」と主張するのには根拠が薄いです。

政策や戦略の効果を論じるソーシャル・インパクト評価の重要な原則は、その政策・戦略がなかった場合にどうなっているかのベースライン(「死荷重」、「反事実」とも言う)との比較をすることです。とりわけ、政策の目的がリスクを回避することにある場合、「Before/After」で考えるのではなく、「With/Without」で考えなければ、政策の適切な評価はできません。

例えば、WHOのパンデミック宣言から4日後の2020年3月16日には、英インペリアル・カレッジの研究者たちのグループが、もし対策をとらなかった場合、英国で51万人、米国で220万人にも及ぶとのベースラインの推定を、取り得る代替策と合わせて発表しました。当時、そんなに死者が出るのだろうかとずいぶん話題になりましたが、5月12日現在報告ベースで英国12.7万人、米国59.7万人であることをみると、最初のベースラインはけして桁外れではありません。両国とも未だ死者は出続けていますが、最終的に低いレベルに収束するまでに、ベースラインからどれくらい死者数を縮小できるかが政策ないし国民の対応のインパクトとして評価することができます。

ラーマンダッドらは、国ごとの様々な差異に関して実績データを定量的に分析しながら、グローバルな共通パラメーターを推定するとともに、各国固有のパラメーターも特定した定量モデルをつくってシミュレーションを可能にしました。このモデルは、単純化したものであり、具体的な数値を予測として捉えるべきものではないなどの限界はありますが、政策のシナリオ分析としては極めて興味深いものです。国レベルの政策の意思決定者にとっては、ベースラインを設定し、感染がどのように抑えうるかの前提を整理し、また異なる政策がどのような期待効果につながるか、そして将来振り返って政策が効果的だったのか、などの有益な情報を与えるものです。(明らかな限界の一つは、都道府県や市町村レベルのモデルではないことです。また、感染力や重症化リスクを増した特定の変異種の影響や、この1年半ほどの間にはなかった国際社会、各国社会の動きや変化などは含まれていません。詳しくは論文で確認ください。)

政策インパクトのベースライン

上記の論文に使用されているモデルを使って、今後どのようになるかについての簡易シミュレーションをオンラインで行うことができます。英語の表記ですが、下記URLのページで、右上で国を選ぶと左側のグラフ領域に感染者数や死者数などの計算値が表示されます(各グラフ点線の左側が実績、右側がシミュレーション)。右側の政策に関するスライダーを操作することによって、異なる政策や実施度合い・スピードが2021年12月までどのようなインパクトにつながるのシミュレーションができます。
https://exchange.iseesystems.com/public/mitsdl/covidglobal/index.html#page1

図2:日本の実績とベースライン予測(2020年1月~2021年12月)
COVIDJapanbase.png

日本のベースラインのシナリオにおいて、左上グラフが累積感染者数(青)と累積死者数(赤)を示しています。右上グラフにはワクチン接種割合(緑)、接触数(紫)、感受性人口(オレンジ)です。もし第二波以降の延長となる政策や国民の反応を続けるならば12月までに9.4万人以上の死者が発生するかもしれず、なおも7割以上の人口が感受性をもつため、2022年になっても数多くの犠牲が出てしまうでしょう。国民として受け入れられるシナリオとは言いがたいものです。

図3:英国の実績とベースライン予測(2020年1月~2021年12月)
COVIDUKbase.png

英国では、政策の紆余曲折もあって第二波まで相当苦しんでいましたが、今年になってロックダウンとワクチン政策の効果が出始め、すでに感受性人口は国民の4割程度まで減少して収束しています。ベースライン予測では、今後も順調にワクチン接種が続き、また、それに対する人流・接触数の増加が想定内に収まれば、次の波を迎える夏頃には感受性人口の減少から年末までに収束することが予測されます。

政策シナリオの例

もし日本で今後ワクチン接種を積極的に進めたらどうなるでしょうか? 下図右側のInputsのパネルで、ワクチン接種の開始時期を4月、ワクチン接種が目標に到達する日数を210日、そして、ワクチン接種を選択しない人の割合を3割とした場合のシミュレーションが図4です。

(注:ワクチンの接種について、医療機関・医師などの信頼できる方に相談してください。現時点での世界のデータでは、米国や欧州の当局が認可しているワクチンについて、社会的にベネフィットがコストを上回るとの評価が出されています。しかし、個人レベルでは、個別の状況によってコストが上回ることもありえます。確率的評価や摂取直後のフォローアップ強化の必要性を含め、しっかりと情報を受け取り、理解した上での選択をおすすめします。)

図4:日本でのワクチン政策シナリオのインパクト予測(2020年1月~2021年12月)
COVIDJapanVaccine.png

グラフの点線がベースラインです。それに対して、実線を見ると左上赤の累積死者数は、増加幅が大きく低下し、累積では4.4万人とベースラインから半減以上の効果が見込まれます。しかし、それで十分と言えるでしょうか? 不十分ならば追加または代替の政策が必要になるでしょう。また、ワクチンの入手が遅れたり、摂取のための保健体制が整わないこともあるかもしれません。他の政策についてはまた次回以降取り上げますが、政策の効果について、オンラインのシミュレーターでレバーを動かして、緑色の「Simulate」ボタンを押していろいろと実験してみてください。グラフの挙動が直感にあうこともあれば、そうでないこともあるでしょう。

なお、実際の政策意思決定においては、この簡易シミュレーターだけでは足りないことも多くあります。海外の国や自治体の意思決定者は、地域特定のパラメーターやデータを更新し、また、政策選択肢に応じて異なるスライダーを用意してシミュレーションを行い、政策デザインの支援に活用しています。

次回は、このシミュレーターの背後にあるシステムモデルについて紹介し、感染の挙動を起こす構造や、国ごとの政策・対応の差異などについて考察していきます。

(つづく)

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