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新型コロナウィルス感染をストック&フローで考える

2020年04月29日

新型コロナウィルス(COVID-19)感染で亡くなられた方のご冥福を祈り、また、闘病されている、苦しんでいる、あるいは悲しんでいる方へお見舞い申し上げます。医療や保健、生活インフラのために最前線で働かれる皆様は感謝申し上げ、今つらく不安な気持ちでいる皆様には今の危機を一緒に乗り越えたくエールを送ります。

私は医療・公衆衛生の専門家ではありませんが、システム思考や組織学習の視点から、医療や保健関連の方たちの出している知見、提言についてよりわかりやすく、意思決定者や市民の方たちにコミュニケーションをすることを意図しています。

人の死を数字として扱う不遜をお許し頂きたく、何よりも一人でも多くの救える命を救うためにコラムを書いております。

毎日、感染確認者数の統計に注目が集まる日々が続きます。概して、その日の感染確認数と累積の確認数が、日本全国、都道府県別などで厚労省、メディア、あるいは有志の科学者の皆さんから発表されています。

システム思考において、重要な要素の挙動、つまり時間展開の中でどのような変化をしているかを確認することは、システム分析を行う前のもっとも大事な作業になります。そして、感染者数などの統計を見る上でとりわけ重要なのが、ストック、フロー、それ以外の指標を整理して分析することです。

新型コロナウィルスでは、例えば次のようなストック&フロー図を示すことができます。

図1:新型コロナウィルスのストック&フロー図(SIRモデル)

covid-19_patient_stocks_and_flows.png

「ストック」にあたる要素は、感染者数などある時点(例えば日本時間の○時時点など)で何人がその状態・状況にあるかを示すものです。ストックは時間と共に増減し、とりわけ過去の正味変化の蓄積として残るものです。「感受性人口」は日本の人口のほぼすべてで始まり、徐々に減少していきます。「感染者数」は当初増えますが、収束すると減少します。そして、回復者数、死亡者数は時間と共に蓄積していきます。ストックはたいていゆっくり動くものが多いですが、感染のように自己強化型ループが働くときには指数関数的な成長の挙動を見せたり、急激に崩壊することもあります。

「フロー」は、単位時間あたりでのストック間の移動の速度を示す要素です。例えば、新規感染者数、新規回復者数、新規死亡者数など、1日あたりに何人の動きがあるかを示す様相です。入ってくる動きに対しては「インフロー」、出て行く動きには「アウトフロー」と呼びます。新規感染は、感受性人口にとってはアウトフローですが、感染者数にとってはインフローにあたります。

疫学では、感受性人口(Susceptible)、感染者数(Infected)、回復者数(Recovered)の頭文字をとって、「SIRモデル」と呼ばれています。(もし、今懸念されているように回復者数が感受性人口に戻る場合は、「SIRSモデル」になります。また、感染者数の前に暴露者数(Exposed)を入れる「SEIR」モデルもあり、未発症の感染者の多い新型コロナウィルスはそちらのモデルのほうが適しているかもしれませんが、ここでは入手できる統計に合わせて、SIRモデルで紹介します。

ここではあえて、シンプルなモデルを提示しています。例えば、患者の病状の進行毎に分けてモデルをつくったり、患者年代別、基礎疾患別、人種別など細かく分けるのが目的にかなえばそれも可能です。また、他のフローとして、出生、新型コロナウィルス以外の死亡、地域間の移入・移出なども加えると、かなり複雑なモデルになります。システム思考のアプローチでは一般に、シンプルなモデルから始めながら、細かく分けたり追加することの有用性が明らかになったら、分類・追加するのが一般的です。

さて、日本の新型コロナウィルスの状況に関して言うと、いろいろなメディアが統計を日々更新してくださりありがたく思っています。そちらのデータを使って、ストック&フローの枠組みで整理し直してみました。

図2:新型コロナウィルスの感染者数推移(ストック/フロー別)

covid-19_patient_number_Japan.png

このグラフは、あえて報道などで目にする報告された確認数ベースでつくっています(本来は発症日ベースが望ましいです)。日々の報告は上下動が激しいので、インフローとアウトフローは、7日間の移動平均で平滑化しました。そして、このインフローとアウトフローの正味差分が日々、感染者数のストックに追加されていきます。累積感染者数は常に増えるばかりですが、回復や死亡によって減少した既存感染者数(罹患患者数)は、どこかでピークを迎え、その後減少します。

このグラフを見ると、インフローは非常事態宣言の出た4月7日から1週間ほどした4月15日にピーク(7日間移動平均で540人/日)を迎えています。そこから、インフローが下がり始めて、アウトフローも少し増えているので、ストックへの追加分は徐々に減少し、既存感染者数は徐々に緩やかな軌道をたどってピークを探るような動きをしています。

もっとも、ストックは右側の軸で、スケールが10倍になっているので緩やかに見えますが、インフロートアウトフローの差はまだ結構残っているので、インフローがさらに減り続けるか、あるいは回復・退院によってアウトフローを増やすかして、この2本の線が交差して、インフローがアウトフローを下回らない限り、ストックである既存感染者数がピークを過ぎることはありません。

日本の新型コロナウィルスの統計を見て気になるのは、中国や欧米などのデータに比べて、回復のフローの速度が遅く、つまり、患者の入院期間が長いことです。データを見る限り日本の重症化比率がとりわけ高いわけではなさそうなことから、退院の基準の影響もあるかと推察しています。ともあれ、既存感染者数を削減することが、新たな感染数を抑える意味でも、医療体制の逼迫を抑え、医療崩壊を避ける意味でも重要な目標となるかと考えています。

また、ストックとフローをそれぞれ把握することの重要性がもう一つあります。次の図は、7月末までの予測をシンプルな実効再生産数Rtの想定に基づいて作成したシナリオです。

covid-19_patient_number_scenarios.png

このグラフでは、新規感染者確認数(インフロー、点線、左側軸)とアウトフローを調整した罹患確認数(ストック、実線、右側軸)の2つの変数に絞っています。それぞれ3種類のシナリオで折れ線が分岐しています。

シナリオ1は、単にアウトカムの比較のためのベースシナリオです。つまり、もし、緊急事態宣言を出さず、あるいは強い外出自粛や休業などの要請を出していなかったらどうなっていたかを示すものです。実効再生産数Rtを、宣言発出前1週間ほどの推定値1.85を想定しました(感染期間は発症前2日間+発症後7日間でおいています)。このシナリオでは、新規も既存もどちらも指数関数的に成長し続けます。(おそらく数万人から10万人になる頃までにロックダウンなどの施策を出すことになるので、あくまでも架空のベースシナリオです。)

シナリオ2は、今までと同じくらいの努力で5月6日まで外出自粛、休業などRt=0.7程度の施策を続けた後、5月7日以降は、緊急事態宣言を解除し、概ね半分くらいの制約状態(Rt=1.3)まで緩める想定です。この場合、ちょうど5月7日頃には、新規患者数(インフロー)は200人程度まで下がり、既存感染者数(ストック)もピークを迎えて下降傾向を迎えるように見えます。

社会的インパクトの計測の基本は、施策の行ったかどうかでどのような違いがあるかを見ること、「with」と「without」の違いを把握することにあります。感染者数は、市民の健康、生命、医療供給体制の健全性・持続可能性などのアウトカムと直結しますので、このグラフからこの3週間ほどの努力は間違いなく違いをつくってきたと言えるでしょう。

ただし、シナリオ2にとどまる場合、5月中頃を過ぎると新規感染は再び増え始め、既存感染者数も5月末に反転して6月には再び上昇傾向に戻ります。自粛緩みからの第二波を迎えることとなって元の黙阿弥になってしまいそうです。同じインフローの速度でも、ストックが高い状態にあるということは、それだけ新規感染が起こりやすい環境にあることをふまえる必要があります。

シナリオ3は、5月7日以降も外出自粛、休業などを続ける(Rt=0.7程度)想定です。このシナリオでは、5月下旬には新規感染は100人を切り、既存感染者数も6月中頃には2000人を切ります。それまでに、積極的疫学調査や検査体制、地域医療連携などの体制を整え、また、生活、職場、ビジネス、学校などでは、ソーシャルディスタンシングを踏まえた感染リスクを一段と下げる準備を整えることで、外出自粛や休業を緩めることが可能になるでしょう。

但し、このシナリオは、自粛や休業が長引くことによる倒産、失業など経済のインパクトも増えることが難点です。短期的には、より一層の外出・移動数、接触率などの削減を図って、より早くカーブを下げるほうが望ましいでしょう。ほかにもできることはあると思います。是非第4のシナリオを練って、実施することを期待しています。

ここで紹介したのは、「フォアキャスト(will happen)」ではなく「シナリオ(could happen)」です。また、比較的単純な想定を用いて、とりわけ日本の検査数が低水準で、他国の抗体検査の結果を見てもおそらく実際の感染者数はさらに多いだろうことなど、報告ベースの数字の信頼性は議論のあるところかと思います。私自身、いくつかの感受性分析行ってみました、正確な数値レベルやタイミングを別にすればダイナミックなパターンとしては、概ねの方向性を示されているかと考えています。つまり、今までやってきたことは違いをつくりだしていること、また、当初設定時期終了の5月6日時点では、インフローの新規感染数こそピークを迎えそれなりの下降をしてはいるものの、感染数を駆動するの最大のドライバーである既存感染者数はまだ高いレベルにとどまり、それによって新規感染数は振動するダイナミクスの条件範囲内にあるということです。

最後に、シナリオの意味合いですが、これは市民や事業者が主体者として働きかけることで、未来を選択できるということです。よりよい可能性に向けて、情報の透明化を図り、何が最善か熟議していくのが大事でしょう。

(つづく)

執筆:小田理一郎

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