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システム原型の歴史と概観

2019年03月06日

チェンジ・エージェント・メルマガで過去何度かご紹介してきた「システム原型」について、今回あらためてその歴史や概観を紹介します。

まずシステム原型とは、さまざまな分野で共通してよく見られる問題の構造の基本パターンのことです。そして、いくつかの原型を認識しておくことで、システム思考を活用したプロセスにおいて、そのような基本パターンやシステム構造の発見や診断を助けると共に、分野を超えて、先人たちの知恵を活かした教訓や重要な問いを得ることができます。

(チェンジ・エージェント・ウェブサイト内の「システム原型」記事一覧)

システム原型の例

システム原型の例を紹介します。

  • 相手国が軍事力を増強するのに対し、自国も増強し、その応酬から軍拡競争に陥る
  • 選挙の対抗馬が誹謗中傷を重ねるのでやり返し、中傷合戦に陥る
  • 競合他社が価格を下げるので、自社も下げ、互いに下げ合って、価格競争に陥る
  • 他部署の行動に腹が据えかね、やり返し、それを繰り返してコミュニケーションが疎遠になる
  • 配偶者の言動に腹を立て感情的な言動でやり返すと相手はさらに倍返しと、家族同士の口論が絶えず関係悪化に陥っている
  • 砂場でお友達が自分の城を壊したので、相手に仕返しをして、ケンカばかりの関係に陥る

ここに挙げた例は、国家間の対立から子ども同士の対立までさまざまな分野からのものですが、システム的に見れば共通のパターンと構造が浮かび上がってきます。パターンとしては、相手が自信の地位や感情を損ねる行為を行ったことに脅威や不快感を感じて、その是正を図るために相手に対して同様の行為で対抗していること、また、文章が含意することとして、相手もまたそのような行為を繰り返し、互いに応酬しあっていることがあります。そして短期的には是正したようにみても、長期的に見ればリソースを疲弊させ、どちらも状態としては悪化しているパターンが見てとれます。

このようなパターンをつくる構造は、自分側と相手側のそれぞれ、自分の守りたい「相対的な優位性(力のバランス、地位、順位、優越感など)」を望ましい状態に是正しようとする2つのバランス型ループ間の相互作用です。それらのループが相対的な優位性という変数を通じて、相手が優位性を是正すると自分の優位性が崩れ、自分が優位性を是正すると相手の優位性が崩れるという、泥沼的に行為が繰り返されやすい構造になっています。このようなパターンと構造を有するのが、システム原型「エスカレート」です。

システムのモデルをわかりやすく伝えるシステム原型の種類

誰もが認識できるこうしたパターンと構造の基本形であるシステム原型は、これ以外にも数多くあって、日本語であるシステム思考の書籍で紹介されているものだけとってみても、17種類あり、分類によってはさらに細かく存在します。

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この「システム原型」を発案したのは、世界的なグローバル・モデルの先駆者、ドネラ・メドウズ氏です。彼女は、システム・ダイナミクス創始者であるMITの故ジェイ・フォレスター氏に師事していました。ドネラさんが腐心したことの一つは、複雑なシステムのモデルを、行政や企業の意思決定者たちから市民まで、わかりやすく伝えるにはどうすればよいか、ということでした。

ドネラさんは、1982年に市民向けの雑誌の投稿で、複雑なコンピューター・モデルで得た知見を、シンプルなフィードバック・ループの組み合わせによって伝えることを試みました。システム構造上の課題は、私たちの日常のあちこちに見受けられます。そうした課題について、数式は一切書かずに、フィードバック構造の組み合わせを通じて、いかに望まないパターンが繰り返されたり、あるいは構造を認識し、捉え方を変えることによって、望ましいパターンに変容することが可能であるかを紹介しました。

このときに紹介されたシステム原型は、「バラバラの目標」「目標のなし崩し」「中毒(問題のすり替わりの別名)」「介入者への問題転嫁」でしたが、彼女はその後の執筆や著書を通じて15種類ほどのシステム原型を紹介しています。

彼女は、複雑なシステムに関する課題構造やシステムの知見を伝える上で、読者目線に寄り添いながら、わかりやすくも重要なメッセージをしっかりと伝える天性のコミュニケーターとして多くの表彰や受賞をうけています。「グローバル市民」「100人の地球村」「グローバルに捉え、ローカルに行動する」などは、彼女の執筆活動を通じて世界中に伝わっていった概念の一部です。

ドネラさんは、主として開発、人口、食料、資源、環境などグローバルレベルないし国際レベルでの課題に取り組んでいましたが、このシステム原型がマネジメントでも有効ではないかと考えたのが、ドネラさんの親友、ピーター・センゲ氏でした。彼もまた、複雑なシステムの分析とコンピューター・モデルで導いた戦略提言が、経営者たちに理解されず、現場の行動にもつながらないことに業を煮やしていました。

人や組織の行動変容を導くシステム原型の役割

そこでピーターさんと共同でコンサルティング会社を設立したデヴィッド・ストロー氏は、は、経営者、マネージャー、現場の社員たちでもシステム思考が手軽に活用できるようにと、同僚のマイケル・グッドマン氏と共にシステム原型の実用化に取り組み、実際に欧米の企業でシステム原型によるシステム分析、対話や内省などのファシリテーションを展開していきました。結果として、複雑なコンピューター・モデルには耳を貸さなかった経営者や社員たちも、シンプルなシステム原型には、自分事のように話し合いに参加するようになっていきました。システムはビジネスや組織のあちこちにあります。この得体のしれないがパフォーマンスに大いに影響を当たるシステムを、組織の人々が視覚化し、言語化することができるようになりました。また、それによって、目の前や自分の目標だけでなく、もっと長期の意味合いや、全体最適といったことにも、実のある話し合いや行動を広げることに役立ったのです。

例えば、先ほどのエスカレートに関して言えば、一つの相対の物差しに頼るのではなく、複数の戦略指標をもつことでどちらも勝者になれるような構造をつくったり、あるいは戦略の打ち手を値下げなどの一つの方策ではなく、製品、サービス、流通など別の方策に移行したり、組み合わせたりすることでエスカレートを回避するもできるでしょう。軍拡競争やケンカでは、思い切って「平和的」な行動に舵を切り返すことで、互いにそのメリットを感じることもあるでしょう。いずれにせよ、全体の利益や福利に視野をあてたとき、泥沼の競争から離脱するのも選択肢になることもあります。

システム思考によるシステムの俯瞰や構造化と併せて、集団で探求、内省、対話を重ねることで組織パフォーマンスを飛躍的に高めた数多くの事例をまとめ、組織の重要なマネジメント原則として新しい組織コンセプトを打ち出したのが、ピーター・センゲ氏の『学習する組織』でした。それまで多くの人にとって疎遠だったシステム思考ですが、この本では、たった2種類のフィードバック・ループと遅れの組み合わせだけで複雑なシステムを、人々の話し合いの対象にすることを可能にしたのです。そして、ピーターの本は、マネジメントの書籍でありながら、世界で350万部を超えるベストセラーとなりました。

システム原型による実践について、マイケル・グッドマン氏が『フィールドブック学習する組織「5つの能力」』に数多くの寄稿をしているほか、ピーターさんと共に数多くの組織で学習する組織のファシリテーションを行ったダニエル・キム氏が、自身の設立したペガサス・コミュニケーションズ社機関誌「The Systems Thinker(システム思考家)」を通じて数多くの原稿を残し、その一部が日本語でも紹介されています。また、最近デヴィッド・ストロー氏も社会変革の文脈でシステム思考を活用した事例を、数多くのシステム原型を紹介しています。

ドネラさんが発案し、ピーターさんとその同僚たちがビジネス界に広く伝えたシステム原型は、システム的な会話を身近にした点で大きな貢献がありました。こうした会話から、自分自身のものごとの捉え方の偏りや一貫性の欠如、不合致などの気づきや共通理解を助けることで、人や組織の行動変容を導くことを可能にしました。

「自転車の補助輪」としてのシステム原型

一方で、システム原型はけして万能なツールではありません。学会でも、システム原型の妥当性について活発に議論されました。複雑な数式も、ストック&フローの構造もなく、また、システムの状態(ストックの量的・質的レベル)に関しても明示していないからです。MITでジェイ・フォレスターの功績を継承する大御所、ジョン・スターマン氏は、『フィールドブック学習する組織「5つの能力」』への寄稿の中で、システム原型の強調について問題点を議論しています。とりわけ、状況の理解のために原型を一つ選び、そのテンプレートのボックスを埋めてストーリーの教訓を適用するだけでは、システム思考の創造的プロセスの価値が生きてこないと警鐘をならします。

ピーターさんは、システム原型は「自転車の補助輪」であると呼ぶ通り、原型を通じてシステム思考の理解が高まってきたら、ループ図やストック&フロー図といったシステム図に発展させ、自力でシステムの理解を広げることが重要です。複雑な状況では、原型が複数組み合わさったり、あるいは追加的なループがあるからです。

もう一つ重要なことは、重要な意思決定において複雑なシステムの挙動が介入によってどのように変化するか、簡単に予測できるものではありません。システムの複雑性は、遅れや非線形の可能性がシステム内のストックのレベルによってその挙動が変わり、私たちの合理性や認知の限界を超えるものとなることがしばしばです。どのような施策によって、どのような結果を得られるのか、特に定量的な結果についてはシミュレーションを行うことが必要となることもあるでしょう。すべての人がコンピューター・モデル家になったり、あるいはすべてのシステム課題について定量化する必要はありませんが、その必要性があるときには、システム原型のみに終わらせず、次のしかるべきステップに進むものと考えるのがよいでしょう。

以上のようなシステム原型の歴史と概観を踏まえて、次回以降いくつかのシステム原型を紹介します。

(小田理一郎)

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