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システム思考の新たな実践ガイドを11月16日に上梓します。ソーシャルセクターで注目を集める「コレクティブ・インパクト」の実践書となっています。
著者はピーター・センゲらと共にコンサルティング会社を設立して学習する組織の実践を重ねたディヴィッド・ストロー、タイトルは『社会変革のためのシステム思考実践ガイドーー共に解決策を見いだし、コレクティブ・インパクトを創造する』です。
著者ディヴィッド・ストローが関わった豊富な社会変革事例をもとに、システム思考の実務的なプロセスをわかりやすく解説しています。
ソーシャルイノベーションの専門家の井上英之氏にお書きいただきました、本書の「日本語版まえがき」(前半)を出版社からの許可得て出版に先立って掲載します。
コレクティブ・インパクトの潮流とシステム思考との関係を丁寧に説明されています。
『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』
日本語版まえがき
井上英之
映画のように素敵なリーダーが現れて、何度も壁を乗り越えながら、みんなの困りごとを最後はあざやかに解決する―そんな分かりやすいストーリーやニュースを目の当たりにすると、あんな人が身近にいたら私たちの毎日はもっとよくなるかもしれない、と思わずまぶしく見えてしまいます。これはこれで素敵なことですが、現代の社会や地球の課題は、目に見える以上に、数多くの要素が関わりあっていて、複雑なものになっています。これらの問題は、ひとりのヒーローやリーダーの力だけでは解決できません。いろいろな立場の違う人たちが主体となって、社会を根本のところから変えるような「システム変化」をおこすアクションが必要だと言われています。
私の専門は、「ソーシャルイノベーション(社会変革」)という分野です。特定の社会課題の解決や新しい社会のビジョンを、どのようにしたら意図的に実現できるのか、そのやり方を探求し、実践することで、私たちの日常と社会の変化をつなごうとする新しい分野です。
この本は、「システム思考」というツールを使って、いかに実際に社会に変化をおこしていくのか、という実践にフォーカスをあてた待望の一冊です。著者のデイビット・ストロー氏は、抽象的でつかみにくい概念になりやすかったシステム思考を、彼が経験してきた豊富な実例を用いて、非常に実践的に描いています。
そして何より、私がこの本の大きな貢献だと考えるのは、今、世界の社会変革の分野で多くの人が大切に育て始めているアプローチ、「コレクティブ・インパクト」(=集合的な社会変化)を実現するために、システム思考が非常に役立つと示していることです。
コレクティブ・インパクトとは?
「コレクティブ・インパクト」とは、個別の努力の限界を超えて、協働を通じて大きな変化を生み出そうという、新しいアプローチについた名前です。ずっと手がつけられなかった、大きな、もしくは根本的な課題に対して、今こそ、多くの人たちの協力によって目に見える結果を出す必要がある、という差し迫った危機感が背景にあります。
この言葉が知られるようになったきっかけは、米国スタンフォード大学が発行する『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー』誌(二〇一一年冬号)に掲載された、「Collective Impact」という記事です。執筆者は、社会課題の解決を専門とするコンサルタントのジョン・カニア氏とマーク・クレイマー氏です。
この記事は世界中に影響を与え、以来、北米のみならず、欧州、中東、中米などにおいて、「コレクティブ・インパクト」と呼ばれるアプローチに取り組む実践事例や、そこから得られた学びが共有されるようになりました。また、日本でも政府の文書や委員会でも取り上げられたり、関連イベントが開催されたりするなど、コレクティブ・インパクトへの取り組みが加速しています。
では、「コレクティブ・インパクト」とは、いったいどのようなものでしょうか?カニアらは、次のように定義しています。
「異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の複雑な社会課題の解決のために、共通のアジェンダに対して行うコミットメントである」
彼らはこの一文で、非常に重要なことを示しています。「共通のアジェンダ」とは、集まった人たちが一緒に築きあげた、課題に対する理解とこれからの方向性を意味していますが、そのアジェンダを築くこと自体が、大変なことです。同じ課題に対して、私たちは互いに違う見方をしたまま、その解決に向けた話をしていることはよくあります。
この定義を、もう少し柔らかく言い換えてみると、「多くの人が関わる、複雑でむずかしいと思われるテーマに関して、すべての関係する重要プレーヤーが集まり、互いに補い合い強化しあえる関係性をつくり、テーマに関する共通の理解を構築しながら、全体のインパクトにつながるように、それぞれに出来る活動を具体的にデザインし実行する」ということになります。
実際、カニアらは、「コラボレーション(協働)そのものは、特段新しいことではない」が、コレクティブ・インパクトは、それまでの典型的な協働関係とは、はっきりと違っていると述べています。たとえば、これまでの協働は、同じ方向性や関心を持っている少数の組織同士の連携が主流でした。また、多くの場合、問題解決に向けた戦略の部分は特定の組織がリードして描き、他の組織には協力を依頼するという形がとられていました。
ここに、新しい協働のかたちが求められるようになった背景があります。これまでの協働関係ではなかなか問題解決に至らない、それどころか、問題を悪化させてしまうこともあるといった状況は、今までもくりかえされています。
これは、本書の第2章でも述べられている、システム思考を使う条件と重なります。たとえば、〝問題が慢性的で、解決しようとする人々の善意の意図に逆らいつづける(いつまでも解決しない)〞〝利害関係者たちが、足並みを揃えて取り組むのが難しい〞〝利害関係者たちの短期的な努力が、実は、その問題を解決しようという意図を台無しにしている可能性がある〞〝継続的に試行錯誤をつづけるよりも、ベストプラクティスなど、(聞こえのよい)特定の解決策にとびついてしまう〞といった状況が生じていたのです。
それに対してコレクティブ・インパクトでは、システム全体から多様な利害関係者を招集し、対話を通じて現状を理解し、ゼロから解決策を見出していくというプロセスが特徴となっています。
加えて、カニアらは、コレクティブ・インパクトの成功条件として、有名な五つのポイントを挙げています。上記の「共通のアジェンダ」に加えて、「共通の測定手法」「相互に補強し合う活動」「継続的なコミュニケーション」「バックボーン組織」というものです。
具体的な事例で見てみましょう。カニアらの記事で中心的に取り上げられている〈ストライブ〉(Strive Together)は、米国オハイオ州シンシナティ市や近郊地域における若者の学力危機に立ち向かうネットワークです。学校区の代表者、教職員、八つの大学の学長、地域の財団、自治体、数百の教育関係NPOやアドボカシーグループなどから、約三〇〇名のリーダーたちが集まり、数年間にわたって取り組みが続けられています。
ストライブは、「ゆりかごから就職まで」を大きな合言葉に、乳幼児から二〇代前半まで、すべての子どもの教育の質を向上するという目標を定め(共通のアジェンダ、)目標達成を測るために「就学前の識字率」「高校卒業率」など六つのカテゴリーごとに五三の具体的な指標を定めました(共通の測定手法。)共通の目標を達成するために、個別の組織が個別に取り組むのではなく、得意分野ごとの連携を促しました(相互に補強し合う活動。)それを支えるためのファシリテーションやコーチングなどを行う支援組織が〈ストライブ〉となっています(バックボーン組織)。
その結果、目覚ましい成果をあげました。具体的には、行政から支給される教育予算が二〇%カットされたにもかかわらず、高校卒業率、小学生の読解と算数の成績、就学前教育を受けた児童の数など、数十の評価指標が向上しています。
ここで、コレクティブ・インパクトの推進を後押しするものとして、私がとくに重要と考えるポイントは、以下の三点です。
❶必要なプレーヤーたちをしっかり集めた―ストライブでは、単に仲の良いグループだけが集まったのではなく、ほぼすべてのキーパーソンが招集されました。本書の事例においても、州の教育局と地方の教育局のようにお互いの仕事をよく思っていない組織同士や、助成金をめぐる競争相手となる団体同士を集める事例が紹介されています。
❷データに基づいて、共通の理解(アジェンダをつくった―)ストライブでは、対象地域における教育がどのような状況で、何が起きているのか、互いに情報を持ち寄り、事実ベースで全体像を浮かびあがらせ、全体の理解を進めました。ちなみに、日本のソーシャルセクターでは、対象となる受益者のデータが圧倒的に少ない、もしくは行政などから共有されていない状況があります。その結果として、それぞれが自分たちの立ち位置から見える独自の情報に基づいて、独自に問題を把握したり解決策を講じたりすることも多く見られます。
❸相互理解や、関係性の質を高める工夫をした―ストライブにおいて、三〇〇人のリーダーたちは、一五のサブグループに分かれ、二週間に一度のミーティングを三年にわたって続けています。そこではそれぞれの進捗や学びを共有し、評価指標を見直すというプロセスがくりかえされています。これは非常に大切なことで、リーダーたちがそれぞれどんな背景でこの分野に関わっているのか、通常のやり取りでは見えていなかったことまで見えてきます。他者の目が入ることで、自己理解も進み、自分たちが全体の中でどうふるまえば、他の組織との連携の中で、より効果的に活動のインパクトを出せるのかもわかります。何より、「関係性の質」を高めて信頼感を醸成することこそが、自分たちがめざす未来をつくる「行動の質」に大きく影響することを、関係者全体で認識できます。これ以上の、「アジェンダの共有」はありません。本書においても、四段階の変革プロセスのはじめに「共通の基盤を築く」「協働する能力を構築する」といった、変革に向けた土台づくりが解説されています。
ここで行われているのは、ただ連携するということを超えて、自分たちが大きく実現したい未来や目標に対して、個々の努力が最終的な結果につながるように、それぞれの要素と相互の関係性をより良くデザインする、ということなのです。
本書に登場するホームレス問題の事例でいえば、「ホームレスの発生を防ぐ団体」と「ホームレス状態になった人たちを支援する団体」と「支援サービスつき住居の提供によってホームレス状態を終わらせる団体」という、異なる立場のサービス提供者の間に、新たな関係性を確立するという取り組みがこれにあたります。そうすることで、すべての関係者の問題解決能力が高まり、より大きな変化につながったことが紹介されています。
(後半につづく)
●『社会変革のためのシステム思考実践ガイドーー共に解決策を見いだし、コレクティブ・インパクトを創造する』(11/16発売)
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12月13日「なぜコレクティブ・インパクトにシステム思考が必要なのか」
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