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家庭でも、職場でも、ビジネスでも、ウィン-ウィンや相互互恵を目指して始まった二者間や多数の関係者たちとの営みが、いつの間にか意図せず敵対関係に陥ってしまうことを経験したことはないでしょうか?意見が合わない人や対立をしている人たちと一緒に働くことの難しさは多くの人が経験するところです。

わたしたちは、どうやって、敵対した人たちとコラボレーションすればよいのでしょうか。

このチャレンジについて書かれたのが、アダム・カヘン氏のベストセラー新著『Collaborating with the Enemy(邦題:敵とのコラボレーション)』です。(2018年10月31日発売予定、Amazon予約受付中)

本書の「監訳者による解説」(前半)を出版社からの許可得て掲載します。

「対話が最善の選択肢ではない」

 2016年8月日本で行われたカンファレンスにビデオ出演したアダム・カヘンの発言に、会場が一瞬凍り付きました。アダム・カヘンと言えば、アパルトヘイト後の黒人政権移行の難題を抱えた南アフリカや暴力に揺れるコロンビアにおいて対話ファシリテーションを行い、それぞれ故マンデラ元大統領、サントス大統領らが後にノーベル平和賞受賞にいたる国家作りの基礎を支えた人物です。対話の世界的第一人者から何が学べるかと地域や組織における対話ファシリテーションに取り組む人たちが会場に大勢集まっていました。

「アダム、どうしちゃったの?もうかつてのあなたではないの?」会場から悲痛に満ちた質問がアダムへと向けられました。アダムは静かに「ええ、私は変わったのです」と答えました。

 ちょうどその頃、彼は本書の第一稿を書き上げたばかりでした。講演の内容は、本書にあるとおりそれまでの対話の常識に疑問を投げかけ、新しい対話ファシリテーターのあり方について提起するものだったのです。

 もちろん、彼は対話を見限ったわけではありません。アダムは今でも世界各地で対話ファシリテーションを続けていて、そしてそれは今まで以上に効果的なものになっているようにすら感じます。対話は多様な参加者たちの能力向上と成長のプロセスでもあります。そして、ファシリテーターもまた、能力向上と成長が継続的に求められることを、彼は自ら体現して示してくれました。

前作までの振り返り

 アダム・カヘンの著作の遍歴は彼自身の成長の過程でもあります。2004年の処女作は"Solving Tough Problems"(邦題:手ごわい問題は対話で解決する)でした。この著作の大きな貢献は、行き詰まった状況において、システム全体を代表する多様な関係者を集めた「対話」とい手法が効果的であった数多くの事例と方法論を示したことです。通常私たちが事業やマネジメントを行う際の思考・行動慣行では、社会的・生成的な意味での複雑な問題には上手に対処できません。アダム自身も合理的な分析者あるいはシナリオ・プランナーから対話ファシリテーターへと転身する機会となったのがモン・フルー・プロジェクト(1991~1992年)です。参加した人たちは、このプロジェクトで描いたシナリオとビジョンをベースにしてアパルトヘイト廃止後のマンデラ大統領による南アフリカ民主化と経済運営の舵取りを成し遂げ、国際的にも大いに注目されました。これを機に、アダムは世界各地での多様な関係者間にある問題に対処するため、数多くの対話をファシリテーションしていきます。

 最も印象的な事例の一つがビジョン・グアテマラ・プロジェクトでした。彼は事例で起きた関係者たちの構成する場の変化を、オットー・シャーマーの「四つの話し方・聞き方」というフレームワークを用いて説明していきます。人々が効果的に話し合うには、命令と儀礼的な会話にあふれる第一段階「ダウンローディング」から、率直に話す第二段階「討論」へのシフトを要します。しかし、対話となるには話すばかりでは不十分であり、オープンな聞き方も求められます。第三段階「内省的な対話」は、共感的に聞き、内省的に話すことで起こり、そしてそれぞれが自らの卵の殻を破り、境界ない聞き方と生成的な話し方をするようになると第四段階の「生成的な対話」が現れます。対話の場がどのように各段階を変遷していくかの様子と、参加者たちによる場のシフトの条件付けのためにファシリテーターにできることをわかりやすく示唆しています。

 アダムが第一作で意図していたのは、新しい社会的現実を創造する鍵として、心を開き、自己を理解し、人に共感すること、そして置かれている文脈やそこで必要とされることを理解することにありました。しかし、それでは危険なほど不十分であると振り返って執筆したのが2010年出版の第二作、"Power and Love"(邦題:未来を変えるためにほんとうに必要なこと)です。「愛なき力は無謀で乱用をきたすものであり、力なき愛は感傷的で実行力に乏しい」とのキング牧師の発言の引用に端的に表される通り、極めて困難な問題に対処するためには、対話などの「愛(統一の衝動」)だけではなく、「力(自己実現の衝動」)も発揮しなければならないことを強調しています。

 愛だけでは不十分であった事例として、インドの保健衛生問題に関するプロジェクトやイスラエル、パレスチナでの失敗を紹介します。また、愛と力を二つの足にたとえ、前進するためには愛と力を交互に使うこと、そして最初は転び、よろめくこともあるが、強すぎる足を抑え、弱い足を強めることで歩いて行く様子を新しい事例を交えて紹介していきます。そのハイライトとなるのが食料システムに関する企業・NGOなどのコンソーシアム「サステナブル・フード・ラボ」の事例でした。

 方法論の側面では、アダムは2003年頃から「U理論」を多用し始めており、その展開がこの第二作では描かれています。U理論は、オットー・シャーマー、ピーター・センゲ、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティ・スー・フラワーズらが開発した個人と組織・社会システムの変容を促す社会テクノロジーです。多様な利害関係者達が集まり、観察、内省、対話、実験、学習をしながらその過程で共有したビジョンを実現するプロセスです。最初の共感知フェーズでは思考・心・意志を開いてシステムを徹底的に観察します。ついで、共出現フェーズでは前進を邪魔するものを手放し、自らが何者か、なすべきことは何かについて深い洞察を得て、新しい行動のタネを手に入れます。そして、共実現フェーズでは、プロトタイプをつくり、学習を重ねて、より大きな規模でのシステム変容につなげます。もともと過去の事例の観察・探求から抽出したU理論を意図的に活用した最初の大規模事例がサステナブル・フード・ラボであり、社会改革に向けてリーダー達の個人的な変容を促しながらさまざまなイノベーションをもたらしました。以降、「チェンジ・ラボ」、「ソーシャル・ラボ」といったアプローチも各地で展開しています。

 2014年に出版された第三作"Transformative Scenario Planning"(邦題:社会変革のシナリオ・プランニング)では、このU理論の枠組みをもってアダムのこれまで行ってきたシナリオ・プランニングを振り返っています。従来型の手法、すなわち、アダムがシェルで学び実践した手法は「適応型シナリオ・プランニング」として位置づけられ、演習に参加する利害関係者たちは外的環境のシナリオを選択できない前提のもと、環境変化への適応について探求します。それに対して、アダム・カヘンが南アフリカのモン・フルー・プロジェクト以来実践してきたのは、外的環境にも十分影響を与えうる多様で有力な利害関係者たちを集めた演習であり、参加協働への意志が十分強く働けば、望ましいシナリオを共に実現しうるということが示されました。この参加者たちの変容プロセスはU理論をなぞったものであり、アダムはこの掛け合わせの手法を「変容型シナリオ・プランニング」と命名しました。

 シナリオ・プランニングは、「脆弱・不確実・複雑・あいまい(VUCA」)な未来環境において、ビジョンと変化の理論を築くのに有効です。また、意見が異なる多様な利害関係者の間で、共通のビジョンや変化の理論へのコミットメントを得ることは必ずしも可能ではありませんが、複数の起こりうる未来について描くシナリオは相対的にアウトプット目標として定めやすいのもメリットの一つです。第三作では変容型シナリオ・プランニングを進めるステップ毎に、従前の事例に加えジンバブエなどの新事例を使って、実践の様子を紐解き、指南する構成になっています。

新作の背景

 第三作の日本語版を発刊した2014年秋、アダム・カヘンの来日公演が行われました。アダムは過去32年にわたって日本を度々訪れ、一時期東京に住んで日本のシンクタンクに勤めていた経験もあります。そのときの来日で彼が紹介したのは2013年の、政情不安に揺れるタイの市民グループとのシナリオ・プランニングの体験でした。この事例では、多様な市民で構成される参加者たちは「適応する」「強制する」「協働する」の三つのシナリオを描き、それまでは適応か強制ばかりを進めていたタイ国民に対して「私たちは協働できる」と標榜して市民運動を展開し始めます。ところが、同年のうちに、タイでの対立は深まり、暴力的な衝突に発展して、軍事クーデターへと展開していきました。協働や対話の伝道師のアダム・カヘンにとって、単に愛と力を発揮するだけでも不十分だと気づかされ、そもそもの対話の位置づけから見直しを迫られるできごととなったのです。

 そしてこの2014年来日中に、日本での会話をきっかけに新作を書くことを決意します。何回かの試行錯誤を経て、解説冒頭で紹介したカンファレンス後の2016年秋、京都に長期滞在して最終稿を練り上げます。折しも、英国EU離脱やアメリカのトランプ大統領選出など、政治や社会における分断が世界各地で表出している時期でもありました。まさに、同時平行的協働への渇望と分断化という二つの世界の潮流を背景に2017年に発刊したのが本書"Collaborating with the Enemy"(邦題:敵とのコラボレーション)です。

後半につづく)

アダム・カヘン氏の新著「敵とのコラボレーションーー合意できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法ーー」好評発売中です。(2018年10月31日発売)

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アダム・カヘン氏は、南アフリカでの白人政権や黒人政権へのスムースな移行、さまざまな派閥間で暴力的抗争や政治腐敗の続いたコロンビアの近年の復活、互いに敵対しがちなセクター横断でのサプライチェーン規模の取り組みなど、対立や葛藤状態にある複雑な課題を、対話ファシリテーションという平和的なアプローチで取り組み、成果を残してきました。

世界50カ国以上で企業の役員、政治家、軍人、ゲリラ、市民リーダー、コミュニティ活動家、国連職員など多岐に渡る人々と対話をかさねてきた、世界的ファシリテーターが直面した従来型の対話の限界。彼が試行錯誤のすえに編み出した新しいコラボレーションとは?

職場から、社会変革、家庭まで、意見の合わない人と協働して成し遂げなくてはならないことのある、すべての人へ。相手と「合意」はできなくても、異なる正義を抱えたままでも、共に前に進む方法を記した新著です。

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