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システム思考をご理解頂くにあたって、ロジカルシンキングとの比較を通じて説明してみたいと思います。まず前提として、ロジカルシンキングがイマイチで、システム思考が素晴らしいという話ではない事を強調します。システム思考はクリティカルシンキングの一種であり、ロジカルシンキングを補完するものです。なぜシステム思考で補完する必要があるのかを本稿で理解してもらえれば幸いです。
システム思考はどんな時に使うか?
システム思考は、ダイナミックな複雑性に対して有効な思考法です。複雑性については、様々な理論がありますが、ここでは複雑性を「種類の複雑性」と「ダイナミックな複雑性」の二種類に分けて説明します。「種類の複雑性」とは、数多くの要素があり、組み合わせも多数ある事による複雑性です。50ピースのパズルよりも5000ピースのパズルの方が複雑だと感じるのは種類の複雑性が高いことを意味しています。
一方ダイナミックな複雑性は、時の経過とともに進む相互作用からを生まれる複雑性です。例えば、私たちは左図のように目標に照らして、現実に変化を生み出すために何かしらの意思決定や行動をします。
そして、現実の状況の変化のフィードバックを受けて、また何かしらの意思決定や行動をし、目標に近づこうとします。
しかし、現実は、自分達の意思決定・行動が当初は意図していなかった副作用を起こす事がしばしばあります。しかも、それが時間的な遅れを伴うが故に、はじめから副作用の全てを認識する事は困難です。
(※矢印に入っている二重線は時間的な遅れを意味しています。)
さらに現実の変化そのものが私たちの目標にも影響を与えます。
また、現実の状況に向き合っているのは私たちだけではありません。そこには他者も存在します。こう考えてみると思い通りに物事が進まないのは当然で、現実は途方もなく複雑です。私たちの認知を超えたつながりが存在し、しかもそれは時刻々と変化しています。このように要素の数そのものは多くないにも関わらず、私たちの理解を難しくするのが、ダイナミックな複雑性です。そして、このような複雑性を直視しようとするのがシステム思考です。
システム思考とは?
システム思考の"システム"とは、「相互作用し合う集合体」の事を指します。システムは私たちの周りに溢れています。森の生態系、会社組織、会議の場、私たちの身体など挙げればキリがありません。私たちは相互作用するシステムの中で生きています。そして、私たちが自然をコントロールできないように、システムは時に予想外の振る舞いを見せます。その時に、なぜこのような振る舞いを見せるのか?そこにどんな相互作用があるのかを探求する思考法がシステム思考です。
ロジカルシンキングの限界
ダイナミックな複雑性の前では、ロジカルシンキングだけでは限界があります。なぜなら、ロジカルシンキングは基本的に分解する事に価値があるからです。私たちは、分解する事で構成要素を知る事ができますし、それによってどこに問題があるかを特定することもできます。ロジカルシンキングが欠かす事ができないのは言うまでもありません。しかし、ダイナミックな複雑性の前では、この分解するという行為が2つの観点を見落としやすくします。
1つは分解するという行為そのものが、つながりを見えにくくするという事、もう1つは、物事をスナップショットで捉えがちという事です。分解するためにはある時点を特定しなければなりません。しかし、ダイナミックな複雑性は時間の流れとともに進む相互作用による複雑性です。ある一時点だけを見ていてもその複雑性を理解することはできません。ある時点では、効果的な意思決定も、時の流れとともに想定外の「まさか!」と思うような副作用が生じる事があるのは皆さんも体験された事があると思います。
そこで役立つのが、システム思考です。端的にロジカルシンキングとの違いは以下2つであると考えています。
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ダイナミックな複雑性の前では、システム思考によるつながりと動的な観点でロジカルシンキングを補完する事が必要です。
システム思考の限界
一方でシステム思考をどれだけトレーニングしてもシステムの全体像を完璧に理解する事は困難です。森の中の木々は一見、それぞれが独立しているように見えるけれども、実は地中では根がつながり、やりとりをしているように、私たちが認知しようもないつながりが世界には存在します。インドの寓話「群もう像を評す」が指し示すように、個人ではその全体を見る事はできないと受け入れる事がシステム思考をはじめる第一歩です。
システム思考の価値
私たちは一人ではシステムの全体像を理解する事ができないからこそ、以下3つが重要だと考えています。
①一歩離れる
ゆっくりと探求する時間を取る事が大切です。スピードは現代のビジネスで最も重要ですが、スピードを上げれば上げるほど見えなくなるものも多くなります。
②多様なメンバーと話す
一人では全体を見る事は困難ですが、多様なメンバーと話せば、その分全体像はより鮮明になります。
③共通言語、ツールを持つ
多様なメンバーとコミュニケーションする際には、共通言語、ツールがある事で理解がより深くなります。システム思考を学ぶ事は、この共通言語、ツールを獲得するという観点で非常に有効です。
システム思考をトレーニングすればするほど、現実に対して謙虚になる事ができます。私自身、コントロールできると思っていた事が単なる思い上がりであったことを知った事は数え切れません。そして、謙虚になれるからこそ探求が進みます。「自分は何を見落としているのか?」「何を知らないのか?」その探求のプロセスにシステム思考の価値があります。
システム思考の研修後に聞いた忘れられない参加者の感想があります。「ロジカルシンキングは人から責められない為、自分を守るために使う。システム思考は、自分をさらけ出すため、突っ込んでもらうために使う。」私自身、今日も謙虚に現実に向き合っていきたいと思います。
(江口 潤)