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組織や社会の変容を図り、複雑な課題を解決するために、「学習する組織」の5つのディシプリンをどのように展開すればよいのでしょうか?
その一つの答えが「Uプロセス(U理論)」です。
Uプロセスでは、まずシステムの観察をじっくり重ねます。ここで活用するのは「システム思考」と「チーム学習」のディシプリンであり、ループ図を使ったり、異なる立場の関係者たちで対話を行ったりすることで、システムの全体像を追求します。これがU字の左側を降りていくフェーズです。
U字の左側を降りるフェーズでは、さらに外側の世界のシステムの複雑な構造や、自らの認知・行動とシステムとの関わり、内因性を見つめます。つまり、自分自身の内省を通じて、組織や社会に起こっていることと自分の内面で起きていることの相似性、類似性を見出します。この「メンタル・モデル」のディシプリンが、Uの底へと誘います。
そこからそれぞれの個人の源泉、あるいは集合的な源泉へとつながることを目指します。U字の底のフェーズでは、自分が何者であるか、何を創り出したか、を掴みます。「自己マスタリー」と、そして集団で行われる場合は「共有ビジョン」のディシプリンが活用されます。
そして、新しい自分のあり方と組織や社会のシステム構造について、プロトタイプをつくって実験し、学習を重ねて、組織や社会のより広範な範囲へと広げて行くのがU字の右側のフェーズです。このフェーズでは、今までの5つのディシプリンを統合して深遠な学習サイクルを重ねていきます。
U字に沿ったプロセス自体は、特に目新しいものではありません。Uプロセスは、多くの画期的なアイディアや社会変化を導いた個人たちの思考プロセスの研究から共通項として抽出されたものであり、またUの字のモチーフは東洋思想にヒントを得て名付けられました。組織や社会変革を導いた先人たちの多くは、このUプロセス、あるいはそれに類したプロセスを経て変容を実践していきました。
いかにUプロセスを実践するか
では、複雑な課題を解決するための、いわば人類共通の叡智ともいえるこのUプロセスを、私たちはどのように実践すればよいでしょうか?
組織内であれ、組織外であれ、これら5つのディシプリンに精通し、さらには統合してこのファシリテーションを一人で行うのは大変骨が折れます。従って、多くの実践家たちは、チームでこのUプロセスにとりかかります。
この10年来、さまざまなUプロセス・ファシリテーション・チームを見てきましたが、その中でも最強チームを構成するのが、ピーター・センゲ氏、オットー・シャーマー氏、そしてアラワナ・ハヤシ氏の3名です。
もとより、ピーターさんとオットーさんはこのUプロセスの開発者でした。その2人が協働で行う組織学習協会(SoL)の「エグゼクティブ・チャンピオン・ワークショップ」に、アラワナさんが参画したのがこの3人のコラボレーションのきっかけでした。
U字の右側にある共創のフェーズは、頭で考えるだけでできるものではありません。何よりも自分自身の頭が心や体と繋がり、さらには自然や人類の集合的意識などより大きな叡智との繋がりが共創の質を左右します。直観による知の活用が重要であり、多くの実践では、直観を研ぎ覚ますための準備を経て、心と手をつなげたワークをしばしば採り入れます。例えば、絵を描いたり、粘土やレゴや自然物を使って何か形を作ったり、声や楽器で音を出したりなどです。Uプロセスのチームでは、直観を表現するのに先進的な実践を重ねるアートの分野の第一人者を招き、それぞれの参加者が「自分は何者か」「何を創造したいか」の問いへの答えを具体的に表現することを助けます。
アラワナさんもまた、直観を表現するアーティストです。彼女の場合、何と自らの体を使って表現をします。彼女はもともとバレエ及びモダンダンスの舞踊家・振付師として実践を重ねてきました。中でも彼女が重視してきたのが即興による他のダンサーとの協働です。彼女の重視してきたこの即興や協働は、Uプロセスの実践にはうってつけの存在でもありました。
ピーターさん、オットーさん、アラワナさんの3人は最初のコラボレーションにその可能性を感じ入り、そこから共に研究と実践を重ねて、その精度を高めていきます。とりわけ、彼女が日系人であり、また敬虔な仏教研究者でもあることから、西洋の合理主義アプローチに、東洋的な精神性や全体性、そして瞑想などを通じた自己の意識のコントロールを加えて、Uプロセスをさらにパワーアップさせていきました。
2016年夏、私は日本人の仲間3人と共に、最新の「エグゼクティブ・チャンピオン・ワークショップ」に参加しました。テーマは、「意識の広がりを基盤にした、システム規模の変化を起こすリーダーシップ」です。それぞれの参加者たちの組織や地域が抱えるシステム規模の課題に対して向き合うために、自らのリーダーシップを研鑽します。
全体のホストはピーターさんが務めますが、対話の進行はオットーさんが、そして、体を使ったワークの進行はアラワナさんが務め、3人で場や参加者のフィードバックをよく観察しながらファシリテーションを進めて行きます。
それぞれのモジュールでは、テーマやケースを出して小グループでワークを行い、そのワークの間に起きたことや現れた洞察・問いについて振り返って、最後に全体の場で洞察を共有しながら対話します。
アラワナさんの身体を使ったワークは、ここかしこでよいアクセントとなっていました。私たちはたいてい、課題や解決策を頭の中で考え、整理して、行動につなげようとします。こうした論理的なアプローチは、複雑性の少ない課題においては有効ですが、複雑で不確実な課題に対しては頭で考えること自体がボトルネックとなることがしばしばです。意識を頭の中ではなく心や身体に向けて、「感じる」行為を通じて、潜在意識や源にアクセスをします。意識が自分の内側・外側・全体に広がった状態から、直観を使って未来創造を図ることは、論理では浮かび上がらないインスピレーションを多数生み出していきました。
ともすれば、とらえどころがなくなりがちな身体ワークも、前後の対話で文脈を共有し、またごく簡単ながらもシステム思考やU理論を交えることで、問題の本質に入りやすいことを実感しました。
Uプロセス成功の鍵「意識」
アラワナの貢献に見られるように、Uプロセスの成功の鍵は、「意識」との向き合い方にあります。外の世界を見て脅威、怒り、不安、あきらめなどに駆られて反応的に行動する「アブセンシング」では、自らの意識が自分の見たいところにだけ向き、見たくない部分から意識を遠のけ、選択的認知がさらに視野狭窄を強める悪循環に陥りがちです。組織や社会のよりよい未来を創造する「プレゼンシング」では、頭と心と体をつなげ、意識がさまざまな領域―外の世界、自らの身体感覚、自らの思考と感情、そしてその奥で集合的意識ともつながる自らの源泉―を行き来するように自らを鍛え、あるいは周囲の他者の意識の広がりを誘うことを必要とします。
組織や社会のよりよい未来を共創するための優れた実践を凝縮し、磨き上げてきた「Uプロセス」。そして、Uプロセスの鍵となる「意識」との向き合い方に磨きをかけることが、世の変化の担い手たちのリーダーシップ能力を飛躍的に高めるものと考えています。