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組織とリーダーを育むストーリーの力

2015年11月26日

ストーリーテリングとは?広がる活用の場

組織開発やリーダーシップ開発の実践では、「ストーリーテリング」という手法がよく使われます。「ストーリー」とは、一連のシーンや登場人物で構成され、全体としての筋をもった物語であり、「テリング」とは話すことです。本や演劇、映画などで伝えられる物語に対比して、目の前で語り手が物語を口述することをストーリーテリングと呼びます。

考えようによっては、私たちはある種のストーリーテリングを日々行っているともいえるでしょう。会議で自社や顧客先で起こった一連のできごとを話したり、食事やお酒の席で今日起こったことを話したり、タバコ部屋や給湯室で愚痴や悩み、本音を話したり、さまざまな機会において自分や他の登場人物に関する一連のできごとについて語ります。実際に、ストーリーテリングは過去や現在を理解し未来について考えるために人類の歴史上最も古くから使われてきた高度なコミュニケーション手段であり、今でもなおもっとも多く使われている手段の一つです。

皆さんの心に残るストーリーは何ですか? 「ウサギとカメ」「キツネと葡萄」「三匹のガラガラドン」などの寓話もあれば、「浦島太郎」「竹取物語」「鶴の恩返し」など日本の昔話、そして「指輪物語」「スター・ウォーズ」「七人の侍」などの小説や映画まで、さまざまなストーリーを耳にします。私たちは尊敬する実業家や技術者、スポーツ選手や芸術家など偉人たちのストーリーにも耳を傾け、わくわくします。

私たちは事実を聞いてもそのほとんどを忘れます。付加価値をつけた情報は知っていてもなかなか実践しません。しかし、よいストーリーは私たちの心の奥底に残り、繰り返し私たちに語りかけ、自然とそのストーリーに則って行動するものです。

このストーリーテリングを上手に使えたならば、自分自身の強みや情熱の源泉を理解し、職場や仕事上の相手のことに共感を覚えて関係性を深めることができます。また、起こりうる未来のさまざまな可能性への意識を広げながら、どのような未来を目指し、また、その未来を関係者たち共に実現するかについて共通の理解や目的を築くこともできるでしょう。シンプルでありながらとてもパワフルな手法ゆえに、組織づくりやリーダー育成の現場で活用されています。

ストーリーのもつ力とは

ストーリーのもつパワーについて、もう少し組織開発の視点から詳しく掘り下げて見ましょう。

組織開発や学習で重要な概念である「メンタル・モデル」は世界を捉えるために私たち一人ひとりがもつ前提ですが、その形態は人によって理論であったり、イメージであったり、あるいはストーリーであったりします。そして、実際多くの人はストーリーの形態でメンタル・モデルを保持していると言われています。

このメンタル・モデルは、世界をどのように捉え、そしてどのように行動するのがよいかを決める枠組みです。従って、私たちの語るストーリーが今の現実の構造を的確に捉え、未来への有益な示唆をもつものであったならば、私たちの行動はきわめて効果的なものとなります。一方、今の現実を無視したり、あるいは未来に向かって役に立たないストーリーを繰り返し語っていたならば、効果的な行動はまず期待できないでしょう。

コロンビアの平和活動家フランシスコ・ガランは言います。

「自分たちについて同じストーリーを繰り返し語っていれば、同じことをやり続けるばかりで、うまくいくわけもない。みんなこの繰り返しの中毒になっている! 同じストーリーはいい加減やめにしよう。私たちには新しいストーリーが必要なんだ」

天動説が地動説に変わることで新天地に向けての冒険が始まりました。アパルトヘイトの人種隔離政策で虐げられた黒人たちは、白人を退け社会保障を求める犠牲者のストーリーから、国を共に創る共創者のストーリーを語ることで国内では予想もできなかったようなスムースな政権移行と経済発展を実現しました。そしてコロンビアでは、暴力による支配をなすがままに国民が受け容れるストーリーから、いくつかのストーリーを変遷して、ボトムアップでの結束こそが力とするストーリーへ変化することで新経済圏として世界の注目を浴びるような変貌を成し遂げたのです。

ベティ・スー・フラワーズは詩人であり、多くの国家や組織のために数多くの未来ストーリーを書き、また多くのリーダー育成や組織変革を支援してきました。その組織変革や社会変容の仕事についてピーター・センゲらと共に『出現する未来』を書いています。ストーリーテリングの第一人者であるベティ・スーがストーリーについて教えてくれました。

  1. 過去のできごとをヒストリーと呼ぶ。過去が全てストーリーであるように、未来は常にストーリーでしかない。(しかも、未来は定義上まだ現実ではないという意味で常にフィクションである。)リーダーは、目的という未来について語る。ただの管理者を超えたリーダーは常に未来のストーリーの語り手である。
  2. 未来についてどのようなストーリーを語るかが私たちの捉える現実を形作る。今私があなたに、「すぐに大好物の食べ物にありつけますよ」と語るか、「今日大地震が起こるので避難してください」と語るかによって、あなたは違ったデータに目を向け、異なる解釈を展開するだろう。そして未来のストーリーはたいて過去から創られる。
  3. 未来は予測できない。過去の延長によるフォアキャストはまず外れる。どう変わるかをあれこれ想像してもやはり外れることばかり。しかし、今の現実を理解するのに有益なストーリーは常に必ず存在し、それを見出すことができる。そうすることで、意識的に私たちの未来に関わり、起こりえて、私たちの備えと行動を喚起する明確なストーリーを語ることができる。

ベティ・スーは加えて、私たちは常にストーリーの世界の中で生きている「語る動物」であり、水の中の魚が周囲の水に気づかないように、私たちを取り巻くストーリーに無自覚でいることが多いと指摘します。

自分の中にある体験を振り返ってストーリーを語る時、私たちは同時に心の奥底にある前提について自覚することができます。さまざまな過去のストーリーの中から、今の現実を捉え直すための新しいストーリーを発見・再発見したときに、多くの人の心を捉え、勇気ある行動を促すのです。

コミュニケーション手段として組織に与えるインパクト

ストーリーテリングがコミュニケーション手段として組織に与えるインパクトも見逃せません。

ストーリーに対比して、ビジネスの世界ではよく見られるのはパワーポイントでのプレゼンや、報告書や事業計画の中での「箇条書き」です。箇条書きは、伝えたいキーワードやフレーズに焦点をあてて少ないスペース・時間で伝える点では効率的です。しかし、どんなに優れた内容が書かれていたとしても、箇条書きの文書だけで受け手が理解するような効果を生むことはまれです。

なぜならば、よほど書き手と受け手の間で文脈が共有されていない限り、箇条書きではそのキーワードやフレーズがどのようにつながっていくのかが曖昧だからです。並べられた要素が直列の線形でつながるのか、平行なのか、あるいは循環するのかなどその関係性は伝えられません。まして、要素と要素の間にある「間」や「余白」に関しては存在すら気がつきようがありません。

それに対してストーリーは、関連や順序、因果関係、プライオリティを明確に伝えます。シーンや登場人物が描かれることによって、具体的なイメージや喚起される感情を明らかにします。また、その筋が一筋縄ではいかないダイナミックな複雑性をも包含できます。多くの人に語りかけるとき、共通のメッセージを出すと共に、役割や立場が違う人たちのそれぞれがどのようにその差違を捉えながら共通目的に向かえばよいかも受けとめやすくなるでしょう。

さらに口述で伝えるとき、その人物を通じて語られるストーリーにはさまざまなパワーが加わります。よく言葉そのものはコミュニケーションで相手に伝わることの7%に過ぎないと言いますが、語り手がどのような声のトーン、抑揚、イントネーション、間、方言で語っているか、そしてその人の表情や感情、体の姿勢、醸し出される雰囲気などが、ダイレクトに伝わるのがストーリーテリングです。

ストーリーを語りあうことで、「全体性」を見るストーリーの力

一言で言うならば、ストーリーにあって他のビジネス・コミュニケーション媒体にないのは「全体性」です。この全体性が欠けているとき、すれ違っているときに多くのミスコミュニケーションが起こります。目的や手段、ルールの捉え違いもまた、全体性を背景にした意識の欠如から起こってくるといえるでしょう。

ストーリーテリングは、ビジョン・戦略・シナリオを語るリーダーに必須のスキルであると同時に、どんな立場の人にでもちょっとした工夫で行うことを支援することができます。何も上手なストーリーの語り方を教えなくとも、そこに心から聞いてくれる人や、語ってみたいと思えるような安心な場があれば、全員とは言わないまでも十分多くの人はストーリーを語ることができるでしょう。少し恥ずかしながら語る人もいるかもしれませんし、嬉々として語る人もいるでしょう。私たちは、本来的には自己表現をする欲求を持っています。それを抑えるような障害を取り除けばよいのです。

組織の一人ひとりが、それぞれの捉える全体性について語り、それを互いに心から聞きあったとき、共により大きな全体性を見ることができます。芥川龍之介作『羅生門』の登場人物がそれぞれの見方でストーリーを語ったとき、その全体像は個からは想像できないようなものでした。社内の各部署やサプライ・チェーンのそれぞれの立場について語る時、より大きな全体性がそれぞれの前に現れてきます。

そして、その全体性の現実を踏まえて、今までとは違うストーリーを語り始めることによって、現実の捉え方が少しずつシフトします。何度も何度も未来の新しいストーリーを模索しながら、今の現実を的確に捉え、将来起こりうるさまざまな未来を意識しながら、目的・ビジョンを描くのに有用なストーリーを探し続けます。共に紡いだストーリーが共有ビジョン・戦略となると同時に、共に紡ぐプロセスがまた、未来を創造するための関係性や共通理解を構築していくのです。

このようにストーリーテリングはシンプルでありながら、それぞれの人の心の奥から深遠な力を呼び起こす可能性を秘めています。あなたの組織や地域でも、組織開発やリーダーシップ開発のプログラムの中で、互いの関係性を強め、共通理解を進めるために、ストーリーテリングを組み入れてはいかがでしょうか?

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