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(photo by 9/20/2015 article in Helshinki Media Kauppalehti)
個人として、組織として、行動を起こし、社会や他者への影響力を大きくしようとするとき、皆さんは何に注意を払いますか? 例えば、「なぜ」(目的)、「どのように」(戦略)、「何を」やるのか(行動の内容)ということだったりするでしょう。しかし、私たちの行動・言動が他者に与える影響力の大きさという観点でみると、より大きくゆさぶる要因がほかにあります。それは、何でしょうか。
変革をもたらす「タイムリー・リーダーシップ」の考え方
世界のチェンジ・エージェント第4人目で紹介するのは、発達理論や行動科学をもとにした「行動探究(アクション・インクワイアリー)」という手法を通じて、リーダーシップ(個人)と組織(集団)の変容を図る組織開発の大家、ビル・トルバート氏です。これまでに紹介したピーター・センゲ氏やアダム・カヘン氏との共働も多く、組織開発の父と言われるクリス・アージリスの一番弟子で後の同僚となり、またU理論提唱者のオットー・シャーマー氏の師匠の1人でもあります。
トルバート氏は、ハーバード教育大学院や南メソジスト大学にてリーダーシップを教えた後、1978年から2008年まで、ボストン・カレッジ経営大学院(現在のボストン・カレッジ・ウォレス・E・キャロル経営大学院)で学長を務めました。就任当時のボストン・カレッジは世界のMBAプログラム上位100校にも名が挙がらなかった状態から、彼が学長となってからわずか3年の間にトップ25位にランクされるまでの急躍進を遂げました。同時に、国家安全保障局(NSA)等の政府機関やレゴ、ボルボなどの国際企業のコンサルタント、そして20年間かけて社会的責任投資(SRI)の考え方を米国・世界に広める際の立役者でもあります。
こうした学長としての大学院改革の経験、国や企業の組織変革、社会的ムーブメントのコンサルタントとしての経験を踏まえ、人や組織に見られる発達段階と変容について理論化したのが『Action Inquiry』(直訳すると、「行動(=力を及ぼすこと)探究(=耳を傾けること)」を同時に行う)という著書です。サブタイトルには『変革をもたらすタイムリー・リーダーシップの秘訣(仮訳)』とあり、人や組織の発達段階を上るためのガイドも書き下ろされています。
本書でトルバート氏が強調するのは、いかに使命や戦略を練って計画した行動であっても、他者に与える影響力の大きさという観点でみると、より大きくゆさぶる要因があります。それは、「時間(いつ)」という要素の変化に伴い、いかにリアルタイムに自分の意図や前提、そして行使する力の種類を変えるかということです。
まず、「いつ」(時間)には、2つの意味合いがあります。ひとつは一般的にも想像される、過去~現在~未来の長い時間軸において、手を打つべきは今年なのか、来年または5年後なのかという時宜を得るための意識です。しかし、多くの人が見落としがちなもうひとつの要素は、今まさに目の前で進行・進展している出来事、会議やコミュニケーションの最中において、今この瞬間にとってベストな力の行使の仕方はどのようなものか――例えば、、一方的に強いる力か、相互的な受容の力かなど――、そしてその力を行使するタイミングは今すぐなのか、それとも数秒、いや1分待つのか、どの瞬間が最も高い効果を生むかを見定める、分刻み/秒刻みの、より繊細で、より自律的な集中力のことです。
ボストン・カレッジMBAプログラム劇的な変革の旅路~時間に応じた"力"の使い分け~
ボストン・カレッジ経営大学院の学長時代に、変革を起こす上で最も大切だったことは、決して1種類の力に凝り固まらず、時間に応じて様々な種類の力を使い分けることでした。教授・生徒ひとりひとりの声に学長ではなく同胞という立場から耳を傾け、共に探究し、自分と相手との両者に変容をもたらす温和な力だけではなく、時には学長として部下に辞職の意思を問うたり、教授陣への一斉禁止事項を呼びかけたりと一方的に指示する力、議論が必要以上に錯綜する可能性のある管理上の問題点等については敢えて議題に上げず水面下で処理することを判断する論理的な力を巧みに使い分けます。また、変革に向かう過程でIBMという外部の機関からの10万ドルの寄付金支援を取り付けたり、新たなMBAプログラムの内容への切り替えに積極的に取り組む教員には担当コースの数を1つ減らすことができる制度等、変革に取り組む過程においても具体的な利益をもたらすような相互納得の力も伴わせます。
単に、「リーダーは受容的な力や対話をいつでも用いるべきだ」というように異なる種類の力のうちどれか1つを絶対化することなく、「どの力」を「いつ」使うべきか、ということに対して常に自己統制的にタイミングに意識を張っていたといいます。また、全ての段階において、力だけでなく自分自身が持っている前提や意図の変容にも柔軟性を持たせるようにしました。特に、一連の変革に対し批判的な"敵対者"にこそ、自分の前提に対しいつでも異議を唱えることを促し、実際に指摘を受け間違いに気づいた場合にはその場で喜んで古い前提を捨てたといいます。
こうしたリーダーの柔軟性や自己変容を見ることは、保守的な教授達に、敢えて面倒くさい大学院の変容に貢献していくことに対し、十分な納得感をもたらす大きな要因となりました。いまこの瞬間ではどの力が効果的であるか、ということに敏感であるために欠かせなかったことは、内省や気づきの振り返りを単に学長室の中で一人閉じこもって考えを巡らせるときに行うのではなく、むしろ行動を起こしている最中、つまり会議や人とコミュニケーションをとっているまさにその最中に、もともと用意していた戦略、力の行使の仕方やその前提となる意図を新たにすべき可能性にいつでも気づけるようにし、それをすぐに実行するという自己鍛錬でした。これがまさに、彼のいう「行動探究(アクション・インクワイアリー)」という技術であり、あり方なのです。
変革のレバレッジとなる最適なタイミングに気づく
トルバート氏は、自らが組織のトップとしてボストン・カレッジ経営大学院の改革に努める傍ら、国際的なコンサルタントとしてもレゴ、ボルボ、UBSウォーバーグ、オデブレヒト、ドイツ銀行などの世界中の企業や、社会的責任投資(SRI)機関、ハーバード・ピルグリム・ヘルスケア、国家安全保障局(NSA)などのNPOや政府機関の組織開発を支援してきました。これらのどの組織においても、あまりに多くの人やリーダーが、「行動」と「探究(振り返り)」という二つのことを分離させて行っていることに衝撃を受けました。
私たち個人や組織での実践においても、同じようなことはないでしょうか。変革のレバレッジとなる最適なタイミングに応じて、自分自身の意図や力の使い方を「その場で」変化させるということが、できているでしょうか。例えばいまこの瞬間、皆さんはどのような意図をもって仕事や日常生活に向き合っていますか。それをもしも改められる可能性があるとしたら、いま目の前にいる人々や周囲の状況は、皆さんにこの瞬間にどのような変容を求めているでしょうか。それに気づいたとき、皆さんは自分自身の変容の兆しを周囲へどのように表現しますか。トルバート氏がいつも口にするのは、何かたくさんのやるべきことや責任に迫られていて忙しいときこそ、「聞こえない声に耳を傾ける」努力と、そうして気づきをひろげて得られた洞察・仮説に対して「自らの行動をもってすぐに検証してみる」努力をすることです。ただ耳を傾けて手を休めるのではなく、ただ行動をして耳を閉ざすのでもなく、いつも状況に耳を傾け、最善のタイミングを意識しながらも、恐れることなく行動的に試行錯誤を繰り返していくスタイルの彼のリーダーシップは、私たちや組織のもつ可能性を新たに引き出す手引きのひとつとなるかもしれません。
「行動探究(アクション・インクワイアリー)」日本語版の出版決定!
本記事で紹介させて頂いたビル・トルバート氏の『Action Inquiry』は、『学習する組織』の共訳者小田理一郎らにより、2016年春頃、英治出版から日本語版の出版予定です。出版に伴い、ビル・トルバート氏本人の来日(ワークショップ・講演など)も2016年3月末に企画しております。本だけでは語れない在り方について直に学ぶとともに、行動×探究にも見られるよう、世の中のありとあらゆる「矛盾」の真ん中を選択し、統合して生きるビル・トルバート氏の生き様に、触れて頂きたいと思っております。本サイトを通じて、今後情報を配信して参ります。どうぞ、ご注目ください。
関連サイト
ハーバード・ビジネス・レビュー 「2012年リーダーシップ記事トップ10」掲載記事(英語版)
ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー 「変革リーダーへの進化」(上記記事の日本語版 ※有料)
※上記サイトのうちいくつかは、今後チェンジ・エージェントで日本語訳し、発信していく予定です。