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戦略策定プロセスとシステム思考

2015年08月10日

節目となりやすい2015年度、次の中期や長期の経営計画策定などに伴って、戦略立案や見直しを行う組織も多いのではないでしょうか? 

国内の企業などからそうしたプロセスについて意見やアドバイスを求められることがありますが、そうした経験から企業で行われる戦略策定プロセスについて振り返ってみたいと思います。

戦略マネジメントの現場からきこえる、手法、視点を見直す必要性

常々考えているのは、定石とされるマネジメントの概念及び戦略立案手法を起点としながらも、定石の弱点や限界を認識し、それらを克服する最新の視点や手法を採り入れるべきではないかということです。

かつて、戦略を策定し、実行のために組織化して、その進捗を測ってコントロールをすることがマネジメントの定石でした。そして、事業戦略策定にあたっては、次の流れが一般的です。

  1. 顧客、競合などの事業環境と自社について分析する(3C分析など)。
  2. 状況分析から機会と脅威、強みと弱みを抽出し(SWOT分析など)、鍵となる戦略課題を設定する(フレーム)
  3. 戦略課題に対して、市場の細分化/標的市場の選択/ポジショニング(STP)や競争優位性(SCA)などを織り込んだ戦略コンセプトを複数練って、最善の戦略を選択する
  4. 選択した戦略コンセプトについて、製品、価格、流通チャネル、コミュニケーション(4P)やビジネスシステムのデザインなどのロジックを固める
  5. 適切な段階から現場を参画・関与してもらい、実行計画を練ると共に、コミットメントを得る

ところが、近年では多くの主要市場が飽和・衰退期に入り、グローバル化、競争激化、そしてさまざまな複雑性や不確実性を増す中で従来のマネジメント手法や戦略策定プロセスでは打開できない事態が多くなって、手法そのものを前提から見直す必要性が実践の現場からも学術界からも求められています。

例えば、戦略論の第一人者ゲイリー・ハメルとC.K. プラハードは、多くの事業戦略が明日のビジネス機会ではなく今日のビジネスの問題ばかりに焦点をあてるために長期に有用な戦略として機能していない傾向を指摘しました。無意識に現状の市場環境を前提としてしまうため、外的環境変化への脆弱性を高めています。W.チャン・キムらは、競争の激しいレッドオーシャンに経営資源を注ぐよりも、競争のないブルーオーシャンを切り拓き、或いは移行することを奨めます。

競争優位の源泉、マインドセットの変容を促す「学習能力」

しかし、多くの組織にはイノベーションや新しい着眼・発想をするコンピタンスが不足していたり、或いは既存の市場地位のためにイノベーターのジレンマに陥ることも少なくありません。

また、市場に関するデータや分析が豊富になるに従い、マーケットリサーチがセグメント毎の平均的な顧客像を描くものの、多くの企業が同様のデータを保有する中で差別化したアイディアを出すことは容易ではなく、依然として顧客が未だ言語化できていないような未来のニーズへの洞察をえることは難しいままです。

このような状況を受けて、多くの先進企業は戦略策定プロセスの抜本的な改革に取り組んでいます。その最大の焦点の一つは、いかにマネージャーにマインドセットの変容を促すかにあります。GEの元CEOジャック・ウェルチが指摘したように、企業の究極の競争優位の源泉は、その企業及び社員達の学習能力にあるといえるでしょう。

マインドセットの変容や組織の学習能力向上に向けて、さまざまな手法が開発され、実践されています。石油業界のリーダー企業ロイヤル・ダッチ・シェルは、「シナリオ・プランニング」と呼ばれる手法によって経営者の事業環境に関する前提への思い込みの強さを克服し、石油ショックやベルリンの壁崩壊などの過去の市場での劇的な環境変化に競合会社よりもいち早く転換を成し遂げました。また、BP社も同様にマネージャーのマインドセットの変容を促すために、外部の環境変化に関する社内対話を積極的に展開し、洞察力を高めています。

戦略マネジメントに必要な、新たな視点・プロセス

また、多くの組織が新製品、新市場の開拓にあたって「U理論」や「デザイン・シンキング」などのイノベーション手法を採り入れています。多くの新商品・新規ビジネスを輩出したアイディオ社がでは、マーケットリサーチなどのデータに頼るのではなく、現場での徹底的な観察、多様な視点から混沌を経て画期的なアイディアを生む対話を行いました。そして浮上したアイディアを直ぐに形にするプロセスがその一例です。

こうした流れは、定石となる戦略策定プロセスを起点しながらも、より革新的な戦略マネジメント手法を採り入れて、より質の高い戦略立案、実行、結果へとつなげることの必要性を提示します。例えば、戦略策定プロセスに下記のような視点やプロセスを入れるとよいでしょう。

  • 未来の事業環境とそこで生じうるチャンスとリスクに目を向けるバックキャスティング手法を活用して、今日の事業環境や問題点にとらわれない発想を促す。
  • 大局の流れ・つながりに目を向けることで、事業環境、事業戦略、組織戦略の相互作用をダイナミックに捉え、戦略ストーリーが連綿とつながる戦略立案を図る
  • 「神は細部に宿る」―セグメンテーションによる平均的な顧客像を机上で空想するのではなく、現場へ足を運び、現実の人をつぶさに観察、インタビューを行うことで総体としての顧客のニーズ・課題を捉える
  • 学習を促すために、組織横断で多様な部署のエネルギーを持った人たちや可能なら顧客や取引先の人たちを集め、多様性を活かしながらも共通テーマ、課題に対して、拡散・創発・収束のプロセスを繰り返して古いマインドセットからの解放を促し、関係者の新たな理解、関係性、意図、行動を促す

探求プロセスの基盤としてのシステム思考

これらを有効に機能させるための基盤として、人や組織、市場、さらに大きなマクロ環境を、互いに相互作用するシステムとして捉えるシステム思考があると考えています。

 事業環境の未来シナリオを考えるにあたって、単なる現状の延長ではない未来を考えると同時に、現実に起こりうる未来を考えるのは現実、とりわけ全体像のあくなき追究が必要です。また、そこで顧客、競合、自社、サプライヤーなどのさまざまなプレイヤーがどのような相互作用をするのか、現状の相互作用の観察に加えてこの後どのような展開が起こりうるのか、システム的な洞察を加えることで整理しやすくなります。

 その基盤として重要なのは、丁寧な現場観察や聞き取りです。システムの真の洞察は、フラクタル(相似形)に関与し合う大小のシステム間に共通に起こっていることとそのメカニズムを見抜くことにあります。

 そして、多様なメンバーたちが創発的に話し合うためには、必ず共通のテーマや問いへ焦点をあてながらかつ多様な視点に気づけるような場づくりと厳密なプロセスが欠かせません。システム思考の本質は、場当たり的な思いつきに終わらないように、全体や指向の流れの中に首尾一貫性を持たせる厳格な探求プロセスでもあるからです。

策定される中長期の経営計画や戦略が、経営企画部署によるヒヤリングと文書作成の儀式に終わってしまっていないでしょうか? こういったタイミングには、思考やプロセスの質のレベルアップを図り、組織学習のプロセスを重ね合わせることで、投下される時間や資源へのリターンをもっと大きくできる絶好の機会が潜んでいます。

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