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先月、「伝説のチェンジ・エージェント」として知られるアダム・カヘン氏と、ビジネス・パートナーのレアン・グリロ氏が来日しました。カヘン氏とお会いするのは3年ぶりでしたが、今回は6日間にわたって、じっくりお話しを聞くことができました。
カヘン氏は、多様な利害を持ち、時には対立・紛争関係にある関係者達の袋小路のような状況において、対話の場をつくり、一人ひとりの変革に向けての想い、情熱、リーダーシップを引き出して、未来の「共創」を促します。ダイアログ、システム思考、U理論、シナリオ・プラニングなどの手法を駆使して、南アフリカでのアパルトヘイトから民主制への移行、グアテマラでの内戦後の民主化、食糧危機を迎えつつある世界の食料システムの転換を図るセクター横断プロジェクト「サステナブル・フード・ラボ」など、数多くの社会変革と個人変革の舞台裏を支えてきました。
「愛なき力は暴力的で支配的であり、力なき愛は感傷的で実行力に乏しい」(キング牧師)は、カヘン氏の過去20年間の経験から見出した言葉であり、彼の新著『未来を変えるためにほんとうに必要なこと―最善の道を見出す技術』(英治出版)の背骨を貫くテーマになっています。
私たちの社会や組織では、多くの場合「力」(自己実現の衝動)がさまざまな技術開発や市場を創造し、発展した経済圏において物質的に豊かな社会をもたらしました。その一方で、多くの副作用が弱者を辺境に追いやり、世界各地で自然破壊を招き、コミュニティのつながりが希薄化する中で精神的な豊かさを得られない状況も増えています。周囲とのつながりを軽視した、力の暴力的で支配的な側面といえるでしょう。
そこで、ダイアログなどに代表される「愛」(切り離されたものをつなぐ衝動)の必要性が見直され、日本でも海外でも、さまざまな対話や関係づくりの試みが進められています。カヘン氏も、ダイアログのファシリテーターの第一人者として、社会変革の最前線で活躍してきました。
しかし、カヘン氏は、数多くの社会変革の経験から、ダイアログを進めるだけでは不十分であることを痛感しました。力を否定する愛は、「感傷的で実行力に乏しい」のです。かといって、また愛なき力に戻ってしまっては、元も子もありません。
「いかに、力と愛を両立させるか」こそが、新著のテーマです。その「力と愛のジレンマ」の中で、転び、よろめき、そして歩いていくプロセスを通じていかに未来を共創していけるかについて、彼自身のファシリテーターとしての豊富な経験と、幅広い教養から、実践的なヒントを示してくれる良書となっています。
また、私自身は、カヘン氏による「チェンジ・ラボ」という変革ワークショップに参加しながら、あらためてピーター・センゲ氏の言葉を思い出しました。自己実現の衝動を明瞭にするのが「自己マスタリー」「共有ビジョン」、切り離されたものをつなぐ衝動に導くのが「チーム学習」「メンタルモデルの克服」であるとするならば、これらの4つのディシプリンを統合し、一貫した理論と実践の総体をつくる第5のディシプリンこそが、「システム思考」だということです。
カヘン氏との再会から、「力」と「愛」と「システム思考」の能力をバランスよく高めて、自らのチェンジ・エージェントとしての課題への取り組みをレベルアップしていきたいと決意を新たにしました。
最後になりますが、アダム・カヘン氏を招聘し、数多くのイベントを主宰した由佐美加子さんと、イベントの実現に尽力してくださった数多くのボランティアのみなさんに敬意と謝意を表します。ありがとうございました。