News & Columns

ニュース&コラム

不景気でも生き残れる企業、生き残れない企業の違い~ビールゲームに学ぶ

2009年06月19日

「景気の底を打った」とか、「景気の谷」などといいますが、経済をGDPなどの指標で捉えたときに、その成長が速く進む局面と、成長が鈍ったりあるいはマイナスになる局面が交互に訪れます。景気の動向に関連して、メーカーの工場に勤務するあるマネージャーのお話を紹介します。

景気がいいときは、生産量も増えるし、在庫もどんどん増えていきます。残業や雇用も増えます。それでも需要に追いつけないと、設備投資が行われて、もっとどんどん生産するようになって、もっと人を雇い入れなくてはいけなくなります。

工場の採用にも責任を持つこのマネージャーは大忙しです。採用募集をかけて、たくさんの人と面接し、よさそうな人たちをどんどん採用します。入ったら、仕事を覚えてもらうためにトレーニングを提供します。新人が現場に配属されると、現場の上司や先輩達も大忙しです。仕事を教えてフォローし、一人前になるまで、通常以上に仕事も増えます。

こうして、みんなで苦労して育てた新しい人たちがようやく仕事も覚えて、自立できたかなという頃になったとき、そのときにも景気がいいとは限りません。えてして、景気の伸びが鈍ったりしています。せっかく人が育ったと思ったら、受注が減り始めて、在庫はたまり、生産量の調整が始まります。

生産調整が始まると、残業がなくなるだけでなく、工場自体の休止が必要になります。設備投資も大幅に絞られます。それでもコスト構造的に成り立たなくなると、工場の人たちを配置転換などして、別の仕事をやってもらうことになります。さまざまな手を尽くしますが、それでも耐えきれなくなると、解雇(レイオフ)をせざるを得なくなってきます。

人事関連の部門や上司にしてみると、あんなに苦労して採用し、育成した部下や仲間に、職場から去ってもらわなくてはならない、つらい状況を迎えます。そして数ヶ月か数年かして何とか景気の谷を越えると、また忙しい日が始まるのでした。

この話は、今の日本の話ではなく、50年以上前のアメリカの電機メーカーの話です。冷蔵庫などの家電製品を作るこの工場では、景気の山と谷を迎える毎に、上記のようなことを繰り返していました。人を採用し、育て、解雇して、また採用し、育て、解雇する。むなしさの傍らで、採用育成コストや解雇コストばかりが膨らみます。景気循環に歩を合わせて、工場の生産は大きく上下動しますが、工場の生産能力や在庫の保有能力は好況時に合わせるので、平均稼働率は下がって、コスト構造も悪くなります。

マネージャーは思わずにはいられません。何でこんなことを繰り返しているのだろう? 景気の変動がうらめしい、と。

しかし、このマネージャーの話を聞いたシステム思考の第一人者は、このマネージャーの考え方には一理あるようでいて、何か根本的な点で間違っていると感じました。同じ産業でも、不景気を迎えたときにどのような業績を残すかには、結構バラツキがあります。とりわけ、生産調整や解雇などの度合いは会社によってずいぶんと異なるのです。

そのシステム思考の第一人者は、工場に行って、つぶさに観察をしました。受注の仕方、在庫計画や生産計画のつくり方、採用方針や、受注が減ったときの対応の仕方などです。そして綿密な観察の末、さまざまな部署の方針を組み合わせて全体像を見たとき、彼は一つの結論に達しました。それは、在庫調整、生産調整、雇用調整などのバラツキの大きさは、外部要因である経済全体の動向や政策よりも、内部要因である会社の戦略や方針の影響のほうが遙かに大きい、ということです。

このことは、同じ不景気でも業績に差が出る企業の違いだけでなく、なぜそもそも景気の浮き沈みが起こるのかとも深く関わっています。もし、経営者やマネージャーが、自社の戦略や方針を最適なものにすれば、景気循環に対してバラツキを抑え、少なくとも競合よりは安定した操業が可能であり、また、十分な規模をもつ企業であれば景気循環そのものの幅を抑えられるかもしれません。

しかし、このような考え方は、経営者やマネージャーが通常抱くメンタルモデル(世の中がどのようになっているかの前提)とは大きく異なっていました。つまり、ほとんどのマネージャーは、景気がどうなるかを予測し、その状況に適切に対応しようと考え、調整型の方針をとっていたのです。

どうすれば、景気循環に伴う問題の真の原因に気づき、自社の戦略や方針を見直すことができるだろうか? マネージャーが自分自身のメンタルモデルに気付くにはどうすればよいだろうか?

この問いに答えるべく開発されたのが、在庫管理に関わるロール・プレイング・ゲーム、「ビールゲーム」でした。(最初は、調査したメーカーに合わせて、冷蔵庫を使っていたそうですが、後に親しみやすい、ビールに変更されました。このゲームでは、実際にアルコール飲料を飲むことはありません。また、未成年者を含める場合は「リンゴジュースゲーム」などと表現を変えています。)

このゲームでは、1グループあたり4~8人が、工場、一次卸、二次卸、小売の4つの役割をそれぞれ1~2名が分担します。目的は、在庫管理に関わる 2種類のコスト、在庫保持コストと欠品による機会損失コストの最適化を図ることです。そして、コストの最適化を図るために、それぞれの役割で、毎週何ケースのビールを発注するかの意思決定を行います。

商品は一つだけで、サプライチェーンも枝分かれせず、ただ一列直列にあるだけの、とてもシンプルなゲームです。とてもシンプルなゲームにも関わらず、実際にプレイをしてみるとさまざまなことが起こります。
その体験の振り返りを通じて、どのような方針の組み合わせが在庫や生産量を上下させ、逆にどのような方針の組み合わせが在庫や生産量を安定させることができるか、を考えます。

そして、このゲームの効用は、単にオペレーション上の問題を考えることにとどまりません。サプライチェーンや社内の各部署、あるいは他部門・多機能のプロジェクトにおいて、メンバー間の協働は成功を決める最大の要因と言ってよいでしょう。その正否を決めるようなメンバー間の働き方について、どのような思考や行動がチームや全体の成果を下げてしまうのか、成功のためには何が必要かということについて、自分自身の実体験をもとに考えることができます。

ビールゲームは、世界中のビジネススクールや企業研修などで、数千回以上にわたって行われてきました。それほど繰り返し行われ、未だその人気が色あせないのは、シンプルなゲームを通じて、マネジメントやチームの協働のもっとも重要な要因である自分自身の思考や心のあり方について、じっくりと考え直すことができるからではないかと考えます。いわば、自分自身やチームメンバー達のメンタルモデルを形式知として浮上させる、とても強力な学習ツールなのです。

beergame.jpg

関連記事

「システム思考の実践(2)企業のレベル」
「学習する組織の実践事例(1)」

ビールゲームをコース内で体験できるセミナー
「学習する組織5つのディシプリン」

関連図書

・マンガでやさしくわかる学習する組織

関連する記事

Mail Magazine

チェンジ・エージェント メールマガジン
システム思考や学習する組織の基本的な考え方、ツール、事例などについて紹介しています。(不定期配信)

Seminars

現在募集中のセミナー
募集中
現在募集中のセミナー
開催セミナー 一覧 セミナーカレンダー