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システム原型「成長の限界」(1)

2009年03月26日

世の中に見られる問題や課題の構造の中で、もっとも普遍的な構造が「成長の限界」です。

多くの生物は、生まれた後から成長して大きくなりますが、どこかで物理的な成長は止まります。また、個体数が増加していっても、環境下で生息できる限界にいたると増加は止まります。

ウィルスなどによる疫病も、急激に広まることはありますが、すべての人が感染する(またはワクチンなどで免疫をもつ)と、それ以上は広まりません。同様に、あらゆるアイディア、技術、商品の普及も、すべての人がその変化を受け入れたとき、それ以上は広まりません。多くの場合は潜在対象者のすべてに行き渡る前に、何らかの限界を迎えます。

企業などの組織も売上規模や人数などを大きくして成長しますが、潜在的な市場を開拓し尽くすとそれ以上は成長できません。ほとんどの場合、潜在市場を開拓するよりもずっと以前に、限界を迎えて成長が止まります。株価なども、企業の成長期待にあわせて急騰しますが、期待が行き過ぎていたことがわかった瞬間に急激な崩壊を見せることもしばしばです。

このように、急速な成長、普及、変化が、やがて限界にぶつかって止まり、場合によっては崩壊する現象は、分野を問わずさまざまな場面で見られます。これらのパターンとそれを創り出す構造のことを、システム思考では「成長の限界」と呼びます。

このシステム原型を理解せずに、変化の普及や組織の成長などの成長ダイナミクスをマネジメントすることはとても難しいです。私たちはいとも簡単にこのシステムの罠に陥り、そして成長が頭打ちとなったときには間違った問題解決で更なる罠にはまって、ムダな努力、時間、資源を費してしまう――このようなことが政府、企業、地域社会、家族などのさまざまなシステムに見られます。

成長の限界を引き起こす構造は2つのフィードバックループからできています。まず成長を創り出すフィードバックループが、自己強化型ループです。自己強化型ループは、ループ内の変数のある変化が、フィードバックを経て一巡したときにますます強化する構造です。

たとえば、親が子を産むと、その子がまた親となります。一組の親が生む子の人数が2人を超えると、子の数も親の数も、ねずみ算式にふえていきます。疫病の感染は、感染者が未感染者に接触して感染し、感染者の数を増やします。感染者の数が多ければ多いほど、新たな感染数は増えていきます。ヒット商品や流行も感染と同じ構造で、口コミやネットワークによって増えていきます。

一方で、成長を抑止するのが、バランス型ループです。バランス型ループは、ループ内の変数のある変化が、フィードバックを経て一巡したとき、最初の変化の方向と反対の方向に抵抗する力を生み出す構造です。

たとえば、生物の個体数が増えてある量を超えると、環境下において一体あたりが得られる栄養源や廃棄物を処理してくれる吸収源が、個体の生死を分けるレベルにまで減少します。

あるいは、感染者が増えると、その分だけ未感染者の数が減ります。未感染者の数が対象となる全人口のおおむね半数を下回ったとき、感染者がどんなに増えても感染の数は増えません。未感染者が十分残っていないからです。

これらのバランス型ループの力によって、成長にブレーキがかかり、変化は減速してやがて止まります。

ここで重要な点は、これらの自己強化型ループとバランス型ループは、成長の初期段階から存在しているということです。はじめからバランス型ループの力は存在しているのですが、最初のうちはその力が弱く、主に自己強化型ループの変化を強化する力が強く働いています。このようなとき、「構造を支配するループは自己強化型ループである」といいます。

当初は力の弱いバランス型ループですが、自己強化型ループによって成長が進むとだんだんと力をもっていきます。そしてある段階から、バランス型ループの力が自己強化型ループの力を上回り、成長の速度が減速し始めます。このとき、「構造を支配するループが、バランス型ループに移行した」と表現します。

最初は強く働いていないバランス型ループが成長のある段階から強くなっていくのは、線形の思考では予測できません。「昨日成長したのだから、明日も成長するだろう」――私たちはそのように考えがちですが、非線形のシステムは私たちの想像とはまったく異なる挙動を示します。

たとえば、栄養源がたくさんある状況において、個体一体あたりの栄養源は、1体が10体に、あるいは100体になったくらいではほとんど減らないでしょう。しかし、個体数が10万体、100万体、、、と増えてくると、たくさんあるように思えた栄養源も十分ではなくなり、一体当たりの栄養源の減少が生死を分ける問題となってくるかもしれません。

感染者の数も、人口の数%くらいの少数までなら、まだ90%以上が未感染者で残っているわけですから、その成長に対してはほとんどブレーキはかかりません。しかし、感染者数が10%、20%、40%と増えてくるに従い、未感染者数が90%、80%、60%と減っていきます。そして、50%を切ると、未感染者数の残数が、感染数を決めるもっとも支配的な変数に変わります。

私たちは成長の表側で起こっていることに注目しますが、成長の陰で起こっていることにはあまり注意を払いません。しかも、裏側で起こっていることは、線形ではなく、非線形に、つまり、全体の中でのある量を超えてはじめて強く表に出てくるものが多いのです。この非線形性のために、私たちは思わぬ罠にはまってしまうのです。

ループの支配がバランス型に移行する際に、もう一つ見逃してはならないことがあります。それは、このバランス型ループの作動のもっとも主たる要因は、成長そのものにあるということです。もし、個体数や感染者数が増えていなかったら、上述のバランス型ループはずっと眠ったままで動き出すことはなかったでしょう。成長を目指すものにとって、成長するという成功そのものが限界を引き起こす最大の原因であるということなのです。(この点は、次回にさらに詳しく紹介します。)

次回(システム原型「成長の限界」について(2))は、企業などの組織の文脈での成長の限界について考えてみます。

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