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学習する組織入門(7) 「第5のディシプリン:システム思考の意義」

2008年04月27日

学習する組織を提唱し、世界のビジネス、政府、教育機関などで実践しているピーター・センゲ氏は、システム思考を学習する組織の「第5のディシプリン」と位置づけました。これは、本入門シリーズでも見てきた5つの領域の中でも、もっとも重要な領域であることを意味します。

最近、ピーター・センゲ氏は、チームのコア・コンピタンスとしての学習能力を5つの要素としてではなく、3本柱で説明しています。その3本柱は、パーソナル・マスタリーと共有ビジョンをまとめた「想い(志)」、メンタル・モデルとダイアログによる「共創(内省・探求)型コミュニケーション」、そしてシステム思考による「複雑性の理解」です。

この3本柱は、いすの脚みたいなもので、どれか1本が長すぎても、短すぎても、安定して腰掛けることができません。例えば、「想い」がとても強くても、現実を顧みず、また関係者とも対話せずに独りよがりでいたら何も物事は進みません。「コミュニケーション」や関係性ばかり重視しても、永遠に話してばかりでは物事も進みません。あるいは、全体像を見ようと現実の「複雑性」ばかり追い求めていても、分析麻痺に陥ってしまうことでしょう。

それぞれのチーム、組織はバランスよく3本の柱を伸ばす必要があるわけですが、ピーター・センゲ氏の評価でも、私たちの実感でも、もっとも現代の組織に欠けているのは間違いなく「システム思考」でしょう。

ビジョンやコミュニケーションの重要性は、語られて久しく、うまくできているかは別にして多くの組織はそれを持とうと何らかの努力をしています。また、最近はコーチングやコミュニケーション、プロセスコンサルティングなど、他の2本柱を対象にした方法論は急速に普及し始めているのです。

しかし、ことシステム思考となると、それがそもそも何を意味するかすら、理解されていません。システムの現実や法則を考慮しないビジョンや対話は、現実には機能しない夢物語に終わってしまうことでしょう。

「短期ではなく長期を、部分最適ではなく全体最適を、あるいは問題の症状ではなく根源を見て考えましょう」といえば、たいてい総論では賛成します。しかし、いざ現実の意思決定で、選択する段になると、ほとんどのマネジャーはトレードオフの結果、非システム思考的な選択ばかりを選んでしまいます。それぞれ、良かれと思い、一見「合理的」な意思決定をするのですが、その自らの意思決定が自身や社会に害悪を及ぼしていることを理解できない場合が多いからです。

この近視眼的、局所的、対症療法的な思考と行動は、私たちの受けてきた教育や組織でのトレーニング、あるいはメディアの影響を大いに受けています。これらの、「当たり前」に学んできたことを一度捨て去り、新たに「学びなおし」をしない限りは、この誤謬から抜け出すことができない深刻な問題なのです。

もうひとつ、システム思考がもっとも重要視される理由は、私たちが変化を起こそうとする組織や社会とは、すべからく、みなシステムであるということです。システムは、あたかも生命のような独特の挙動をとります。

しかるに私たちの考え方は、1+1=2のように部分の総和が全体であり、AがBで、BがCであればAはCであるという演繹理論から成り立っています。だから、部分を診断、最適化、置き換えをすれば、全体としてもうまくいくだろうという前提を根強くもっているのです。

これらの考え方は、科学的な実験や、製造プロセスなどではとても有効な考え方です。そこから派生して、マネジメントの世界でも、「リエンジニアリング」、「リストラクチャリング」、「生産性」、「予測可能性」など工場ラインで使うような用語がしばしば使われます。しかし、組織も社会も、実験室や製造ラインほど単純ではないというのが現実なのです。

組織や社会などのシステムに見られる独特の特徴は、直感とは反する非線形性があることです。具体的には、「ティッピング・ポイント」と「システムの抵抗」の2つのシステムの力が重要です。

「ティッピング・ポイント」とは、そこを超えるとそれまでにはなかったような急激な変化を起こすポイントです。日本語では閾値と呼ばれますが、新商品が急激に売れ出したり、ものごとがうまくいかないときには次々と失敗や問題が続発したり、などの例が上げられます。「システムの抵抗」は、意図した変化が押し戻されたり、打ち消されたり、あるいはもぐらたたきのように問題が出てきて、なかなか前に進まない状況です。

いずれも、システム思考を学べば、その仕組みを明確に理解し、適切に対処したり、あるいはシステムの力を味方につけることすら可能です。優秀なマーケターは、いかにシステムの抵抗を回避して、ティッピング・ポイントを超えるかのプロフェッショナルといってもよいでしょう。

このようなシステムは、コントロールすることはできません。しかし私たちにできるのは、システムと一緒にダンスすることです。もし、システムの息づかいに意識を払い、テンポをあわせて、リードするのでなくともに音楽や周囲の環境を感じてダンスをするならば、今までにはない最高のパフォーマンスをあげることもできるでしょう。

さらに、組織やコミュニティ、そのメンバーの進化を促し、自己組織化を図る場をデザインしたならば、真の「学習する組織」を作り出すことができます。このような組織デザインに必須となるのが、システムに対する造詣です。共有ビジョン策定も、共創的なコミュニケーションも、システム思考の理解で効果的なものになります。これらの理由から、システム思考は学習する組織の中核として位置づけられているのです。


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