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成熟産業であるにもかかわらず、鉄鋼メーカーのニューコア、サウスウエスト航空、トヨタ自動車などは、1974年から2005年までの間に競合他社やS&P500をはるかに上回るリターンをあげた。19世紀には製紙・パルプ会社だったノキアは、いまや通信業界の雄へと変貌した。一方で、欧州最大の製紙会社、ストゥーラエンソは7世紀にわたって会社を存続させている。キヤノン、インテル、ヒューレット・パッカード、3Mは学習と変革をはぐくむ場を構築している。
いずれの企業にも共通しているのは、「自分たちは生きたコミュニティであり、社会、市場、生物圏といった、より大きな生きたシステムの中に身を置いている」前提のもとで、生命に対するスチュワードシップの文化を築いていることである。この経営理論は従来のものとは一線を画する。新しい経営理論の中核は、私たちにとって大切な人やものである「生きている資産」への配慮(Living Asset Stewardship, 以降LAS)であり、それはつまり、私たちが活動するより大きな世界(社会、市場、生物圏)全体の健全性に目を向けることだ。
この新たな理論の最も重要な特性は、「生きている資産」(人間と自然界)と「生きていない資産」(資本資産)を区別することにある。従来の資本主義の考え方とは裏腹に、企業の生産性と持続性にとっては、「生きていない資産」よりも「生きている資産」のほうがはるかに重要である。資本資産は、人と自然界の知見と生産力、つまり「生きている資産」なくしては、存在できないからだ。
LASには、活動の最終的な結果にとどまらず、結果を生み出すためのプロセスに目を向けることが必要だ。目標重視の経営を厳格に行う企業では、線形思考による機械論的な企業の行動パターンが多くなり、それは、私たち一人ひとりの価値観や、学習や変革を最も効果的に行う方法とは相反する。一方、経営プロセスを重視するアプローチは、社員の健康・福利の向上、価値観の尊重、専門的能力開発を重視し、それによってインスピレーションといえるような高い思考能力の発揮につながる。LAS先進企業は、最良の社員や顧客、戦略的パートナー、投資家を惹きつけ、維持することによって、この深い配慮を講じるのに必要となる費用の何倍ものリターンを得るのである。
LASのもつこの経済的な潜在力を検証するために、ラーニング・ラボラトリーとして60の世界的なLAS先進企業からなるGlobal Living Asset Management Performance (LAMP)Index TM(以降、グローバルLAMPインデックス)を構築した。業種・部門のバランスは、代表的な指標であるMSCIワールド・インデックスとほぼ同じにしてある。選択の基準は、CSRで注目される目標や結果にとどまらず、実行のための手段やプロセスに注目して設定されている。表1は、グローバルLAMPインデックスのパフォーマンスを示している。
LAMPインデックスの過去10年間(1996-2005年)における年率ベースのリターンは、MSCIワールド・インデックスの2倍を超え、さらにS&P500をも大幅に上回った。市場が上下する中、ベンチマークとなる両指標に対するLAMPインデックスの一貫したパフォーマンスの優位性は大変に大きなものといえよう。
LAMPインデックス企業に共通して見られる理念・方針の特徴は以下のとおりである。
・生命を肯定する持続可能な理念
・自然を敬い、資源を大事に使う方針
・組織の分散化、ネットワーク化
・社員への信頼・権限委譲
・サーバント・リーダーシップ
・学習・協働・情報共有の企業文化
・企業の存続とステークホルダーの財産の構築のための財務政策
・目的でなく、質の高いサービスのための手段としての利益
これらの理念や方針は一貫して適用され、人間と自然界とが生命の網の目の中で密接につながっていることに重きを置く「システムの理論」とも合致する。そして、目標ではなく、何よりも手段を重視する経営を行うという企業文化に表れている。
また、その経営手法は、企業全体のしっかりした関係性の基盤となる、献身や信頼、ロイヤリティを人の内面から作り出し、強力な関係性の構築による価値の創造を構築する。
・経営陣自身の言行によるLAS理念の支持
・LASの理念に対する理解度・行動の推進度合いによる人事評価
・持続可能性に根づいた戦略と行動計画
・ステークホルダー間のユビキタス・ネットワークを支援するIT基盤
・風通しよく、透明性ある報告体系と健全な評価基準(バランス・スコアカード)
・継続的な業績の監査・評価による学習促進
・目先の利益ではなく、長期的な相乗効果を目指す投資
・自社の経営体力の範囲内での借り入れ制限
企業経営のレバレッジは、財務的なてこ入れによってではなく、より大きなシステムの中での「相乗効果」によってもたらされる。LAMPインデックス企業の借り入れ回避の姿勢は、貸借対照表の健全性にはっきりと表れている。同規模の企業の3分の1が投資不適格であるのに対して、LAMPインデックスの企業は100%「投資適格」の評価を受けているのだ。財務的なレバレッジによって負債を抱えると、不況時に大きなリスクを抱える。それに対して、LAMPインデックスの先進企業は、社員にやる気を起こさせ、彼らの専門性の向上を促すことによってレバレッジを追求する。トヨタ自動車、ニューコア、サウスウエスト航空の3社は、30年以上にわたって、一時解雇を実施することなく安定した利益を上げ、質の高い先進企業であり続けている。
ネットワーク型組織は、経営階層組織に比べて順応性に富んでおり、そのおかげで持続性が得られる。LAMPインデックスの企業は、トップにいるほんの一握りの人たちだけでなく、あらゆる人材を関与させることで、より迅速な対応力や深い洞察力をはぐくみ、さらなる革新を生み出すフィードバックをつくっている。アルコア、キヤノン、ヒューレット・パッカード、インテル、3Mなど世界有数の企業は、分散化とネットワーク化を徹底的に進め、権限をできる限り地域レベルに広げて、コミュニティ文化や互いへの配慮、責任の共有といった文化をはぐくんでいる。LAMPインデックス企業の存続年数は、平均で100年を超え、上場企業の平均存続年数(およそ40~50年)の2倍を超える長さである。
世界の上場株式の多くを支配している機関投資家は、今後従来型の経営に比べ、LASの新しい経営モデルを選好し、投資先企業のスチュワードシップの向上を積極的に推進するようになるだろう。すでに、運用資金総額約3兆ドルを超える資金がこの取り組みを始めている。
企業価値を測るモノサシとして、資本資産よりも「生きている資産」を優先させることは、コペルニクス的なパラダイムシフトに等しい。しかし、今日、世界の文明が人口の爆発的増加や地球上の環境収容力の低下による閉そく感に陥っている中で、先取的なリーダーたちは「資源効率が高く、調和のとれた生産・取引方法を見つける」ことのもたらす機会に気づき始めている。無限の可能性を秘めている資源は、私たちの発想である。そして、私たちの思考や創造性を駆り立てるのは、生命を尊重し、私たちが大事にしている人やものを大切にする、つながりをもった組織である。組織でのスチュワードシップの深まりは、私たちの思考能力を飛躍的に高めてくれるのだ。
原典: "Profit for Life: How Capitalism Excel", Reflections Vol. 7.3 pp.55-72, Society for Organizational Leaning (2006)
(全文訳を読みたい方はこちらをご覧ください。)
"Reflections"から(1)―『生命のための利益』 ジョゼフ・H・ブラグドン (全文訳)