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システム思考事例「小泉牧場」

2007年08月10日

本記事では、趣向を変えて、日本でのシステム思考の事例を紹介します。弊社の枝廣が発信している環境メールニュースに掲載されていたものから許可を得て転載します。枝廣の環境メールニュースへの登録、バックナンバーはこちらから。

<Enviro-News from Junko Edahiro No. 1353 (2007.06.28)より転載>


▼ここから引用▼ エルネオス「枝廣淳子のプロジェクトe」より http://www.elneos.co.jp

小泉牧場

日本の酪農が転換期を迎えていると聞いて、持続可能な酪農を目指して取り組んでいる北海道宗谷郡の小泉牧場の小泉浩さんにお話をうかがいました。

-小泉牧場の規模・運営を教えてください

40頭の搾乳牛を飼っています。飼料の60%は自家産の牧草で、残りの40%は米国からの輸入穀物などの購入飼料です。成牛(体重600~700キログラム)は1日に25キロの餌を食べ、30キロの乳を出します。

乳は4℃に保たれた冷蔵庫で保存され、2日に一度、タンクローリーが引き取りに来ます。1頭当たり30キロ×40頭ですから、1日約1トンの牛乳を生産しています。乳価は1キロ70円なので、1日当たりの売上は7万円。なかなかよい仕事でしょう?

-典型的な規模なのですか?

ええ、これまではほとんどの酪農家が30頭~50頭の規模でした。搾乳や餌やり、牧草刈り、子牛の世話など1日の作業量を考えても、この頭数で精一杯です。しかし、5年ほど前から、大規模拡大型の酪農が盛んになってきました。

-どのようにして大規模化するのですか?

分業化や法人化、自動化や効率化を進めるのです。たとえば、搾乳以外の作業――2年までの子牛の育成、牧草の収穫、堆肥の処理、経理などを外部委託するのです。

餌の調整も、以前は各酪農農家が行っていましたが、TMRセンターという配合センターで作った餌を毎日運んでもらう酪農家も増えています。うちの周辺の70軒の酪農家のうち、12軒がすでに導入しています。

このようにさまざまな作業を外部に委託すれば、酪農家は搾乳だけしていればよいですから、100頭でも120頭でも増やせます。

もうひとつは、新しい飼養管理システムをアメリカから導入する動きです。「フリーストール」「ミキシングパーラー」「オートメーション牛舎」「搾乳ロボット」など、自動化や省力化をはかることで多数の乳牛に対応できるしくみがすでに導入されています。たとえば、オートメーション牛舎では、自動的に牛の
前に餌が出され、糞もすべて自動処理されます。

これまでは、ひとりの酪農家が何頭の牛の世話ができるかが飼養数の上限をつくっていましたが、自動化によってその上限をはずすことができるのです。

このようなシステムを導入するために、法人経営や共同経営が進められ、多額の補助金が注がれています。

-なぜ酪農の大規模化が進んでいるのでしょうか?

まず、農業の中でも大規模化がしやすい業種だからでしょう。酪農は、土地の制約が小さい業種です。畑作や水田は、生産を倍にするためには、土地も倍にするしかありません。

しかし酪農では、土地を買うのは後回しにしても、とりあえず施設を建てて、購入飼料の比率を上げれば、すぐにでも生産を倍にすることができるのです。

しかも、牛乳の価格はこの20年間ほとんど変わらず、生産したものはすべて売れて、しかも原料(輸入穀物)は安価に安定的に手に入る、という恵まれた状況です。

日本の酪農のように、農業保護を価格補償中心に進めているシステムでは、規模拡大は必ず起きる現象ではないかと思います。投資の効果が間違いなく計算できますから。

その上で、近年大規模化を可能にするさまざまなシステムや技術が開発・普及してきたことが大きな要因だと思います。

-大規模化は酪農家を幸せにしましたか?

必ずしもそうとも限らないと思います。 餌の調整の委託費用だけでも年に数百万円かかります。外部委託に切り替えた酪農家は、その分生産を拡大しなくてはならなくなります。どんどん生産を拡大して、どんどん忙しくなり、「酪農家」というより「搾乳家」になり、「これでよいのだろうか?」と考え直す動きも出てきています。

そういう背景もあって、この数年、見直され始めているのが、放牧酪農です。放牧酪農や家族酪農をめざして、人の交流や経営の勉強などを行っているグループがいくつもできています。足寄町は放牧酪農の町として有名になりつつあります。

私も含め、酪農の生産技術として、放牧が優れていると考えている人たちのグループもあります。たとえば、SRU(soil research union)という勉強会には、全道から100人近い酪農家が集まり、海外のコンサルタントを呼んで勉強をしています。ここで科学的な土壌改良を実行しているうちに、牧草を直接牛に食べさせる放牧という技術に興味を持って、放牧に取り組み始める酪農家もいます。どちらも若い人たち、特に新規就農の人たちが中心に動き始めています。

-小泉さんが放牧酪農を進める理由は?

私にとっての最大の理由は、数ある酪農の生産技術の中でも、もっとも生産効率、環境効率、エネルギー効率が高いのは放牧だと思うからです。牛舎内で牛を飼う技術も進んでいますが、牛の寝床の理想は牧草地の柔軟性ですし、牧草の栄養価は放牧草がもっとも高いです。

しかも放牧では牛が直接牧草を収穫し、糞も撒いてくれますから、経費も化石エネルギーもかかりません。この長所を最大限に利用するシステムを作れば、放牧には大きな可能性があると思っています。また、北海道らしい景観のためにも放牧は必要不可欠でしょう。

-小泉さんも仲間と「天北放牧ネットワーク」をつくり、研究を進めています。
これからの取り組みに大いに期待しています。

▲引用ここまで▲


小泉さんからのメール

以下、取材に応じてくれた小泉さんからいただいたメールです。

枝廣さん、こんにちは
北海道猿払村の酪農家、小泉です。

どうしてもお礼が言いたくてメールします。

酪農界では放牧酪農というのは異端児の扱いをされています。
その一つの理由として、技術が体系化しにくいから(不可能だという人もいます。)ということがあります。

一枚の放牧地の広さにしても、狭い放牧地を何枚も作って毎日違う放牧地に牛を順番に放す人もいますし、広い放牧地に一年中同じように牛を放す人もいます。それでどちらのやり方でも上手くいっている人も入るし、駄目な人もいます。一部の技術だけを取り上げると、こうしたことが数限りなく出てきます。放牧では研究者もこうした事例を集めているうちに、結局は技術よりも理念に偏っていく人がたくさんいます。

私はこれを何とかしたいとずっと思っていました。放牧は技術であって、体系化が出来るはずだと。枝廣さんにお会いして話を聞いて、システム思考の本を読んで、ようやく解りました。

放牧はシステムだったんです。

牛舎の中で牛を飼っている内は、各技術はほとんど、牛乳生産や経営効率と一対一の関係にあります。たとえば牛舎の換気量を上げれば牛乳の生産が上がり、収益が上がります。この関係は他の要因とはほとんど影響を及ぼしあいません。

牛の遺伝能力と牛乳生産、牧草の栄養価と牛乳生産、などこのような関係ばかりが今までの酪農技術でした。(もしかしたら他の農業でもそうかも)しかし放牧は違っていたんです。牛の放牧草の採食量が上がると、放牧地の牧草の草丈が低くなり、放牧に適した草種が優先しやすい環境になり、牛の嗜好性が上がり、牛の採食量が上がります。

これははっきりと自己強化型のシステムですよね。

それにバランス型や自己強化型の他のシステムがいくつも絡まりあっているのが放牧だったんです。だから今までの経験則で、一つの技術だけ取り出して、牛乳の生産性を比較しても、何もわからなかったんです。

この考え方にたどり着いたのは、私の知っている限り誰もいませんでした。

この感動と感謝の気持ち、枝廣さんにお伝えしたくてメールを書きました。本当にありがとうございます。                                      (メールの引用ここまで)

システムのレジリエンスを高める

日本では本来システム的な考え方や、組織学習などの伝統がありながら、グローバル経済の流れや、MBA的な「科学的」アプローチが盛んに取り入れられるようになって、規模の追求や効率重視する風潮が高まっています。効率の追求は、短期的な利益を生み出す一方で、長期的にはしばしばシステムのレジリエンス(しなやかな強さ)を弱め、特に環境変化への適応や、衝撃に対する回復能力を失うことがしばしばあります。

今回の事例でわかるように、日本の牧場経営でもまさにこの効率化の追求の潮流が見られる中で、部分的な効率だけ比較すると、一見よさそうに見える大量搾乳の方式も、システムの全体像という視点から見ると、補助金や政策的な価格メカニズム、輸入飼料や外部の委託業者への過度の依存など、実はとても脆弱なシステムの上に成り立っているようです。一方で、放牧という一見非効率的なシステムでも、システムの健全性を保つメカニズムが内包されているのがわかります。

このような視点でみると、牧場経営だけでなく、日本の農業やものづくり、ひいてはサービス経済についても、効率化を迫る風潮に対して、いかにシステムの健全性を損なわずに進化することができるか、私たちのチャレンジが浮き上がってきます。


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