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(image photo by Christoph Rupprecht)
「ついこうなってしまう」には、構造的な理由がある
今までシステム思考の考え方とその特徴、そして3つのツールを紹介してきました。では、システム思考はどのように実践されているのでしょうか?
私たちの周りにあるシステムは、細胞のレベルから宇宙規模のレベルまで、実にさまざまレベルがありますが、システム思考が実践されているのは主に個人レベルから地球規模レベルといえるでしょう。
まず身近な個人のレベルとしては、個人の目標達成、自己啓発、悩みの解決、習慣の見直し、内省など、さまざまな課題への応用がされています。「いつもついこうなってしまう」、「はじめても長く続かない」など、繰り返し起こる事象、つまりパターンがある場合、システム思考では「根性がない」とか、「気合がない」と自分を責めたりしません。もし仮に、そう自分を言い聞かせて解決できているのだとしたら、そもそも問題としてとりあげていないことでしょう。
繰り返し起こるパターンには、必ずそれを創り出す構造があります。それらのパターンや構造をシステム思考のツールを使って描きだすことで、自分の中にある断片的な認識、感情や、行動の全体像を見ることができます。自分の頭や心の中で起こっていることを、振り返って客観的に目の前に書きだしてみるのです。
ここで重要なことは、そこに描かれたパターンや構造は、けっして真理でも必然でもないということです。描き出された図を見ながら、自ら問い直してみたり、ほかの人に意見を求めたりすることで、新しい気づきや洞察が生まれることがしばしばあります。「構造のこの部分のつながりを変えることはできないか?」という問いを発するだけでも、ものごとを違った見方で見ることができます。違った見方から新しい解釈や行動を見出すことができれば、変化を創り出すことができるのです。
「私」の中にも、「私とあなた」の人間関係にも、システムが存在する
システム思考で自分の課題を掘り下げていくなかで、「自分の人生や仕事において、何をなしたいのか?」「自分にとって、本当に大事なことは何なのか?」――このような問いもよく出てきます。外からの刺激がきっかけになったとしても、「何かを達成したい」という気持ちは、必ず内から起こります。自己実現のための内省と探求から見出される答えは、多くの人にとって、本質的な変化を創り出す原動力となることでしょう。
小集団のレベル、つまり、職場のチームやグループ、家族、友だちのグループ、趣味のサークル、コミュニティでの集まりなどにもシステム思考を応用することができます。上司と部下、同僚、夫婦、親と子、恋人・友人・仲間同士など、それぞれの人間関係も、短期から長期へのさまざまな時間軸でのシステムが見られるからです。
それぞれのシステムの中で、繰り返し起こる問題や悪化の傾向をたどる問題があるとしたら、やはり構造を見ることが重要です。ある問題の状況に対して、自分はどのように感じて、どのような行動をとるのか書いてみます。今度は、相手の立場になって、同じ状況に対して、どうのように感じて、どのような行動を書いてみるとよいでしょう。相手の立場に立つ、役割を変えて考えるというのはシステム思考の重要な実践です。
もし、相手の立場でどのように考えるかがわからなければ、聞いてみることです。あるいは一緒にループ図を描いてみることで、問題の全体像が見えてくるでしょう。システム思考は、問題解決ツールでもありますが、とりわけコミュニケーション・ツールとして大きな効果を発揮します。私たちのワークショップへのある参加者は、家庭の家事の分担についてのループ図をパートナーと共有することで、互いの誤解を発見し、円満に問題の解決ができたそうです。(詳しくは、弊社執筆の『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?』(東洋経済新報社)をご覧ください)
コミュニケーションにおける、主張と探求のバランス
私たちが言葉を使ってコミュニケーションしようとするときは、「なにがどうなって、それが何につながって......」と、順序だてて話をしなくてはいけません。しかし、「だからどうなった」にいくまえに、途中でつまらないことにひっかかってしまって、全体像を伝える前に、些細なポイントを巡っての議論が始まってしまうことがよくあります。それに対して、ループ図ならば全体像を一覧で示すことができます。また、単に自分の考えを主張するのではなく、「わたくしは状況をこのように見ていますが、あなたはこの状況でどのように考えていますか?」と探求していくことで、コミュニケーションの質が格段に変わっていきます。
このような主張と探求のバランスをとったコミュニケーションは、職場やコミュニティの課題解決でも大きな効果を発揮します。ある目的を達成するために集まった集団をチームとするならば、チームの目的達成のパフォーマンスは、個々の能力以上に、チーム間の関係性とコミュニケーションの質によって決まってくるからです。
チームのコミュニケーションの質は、意識的に高めることができます。欧米では、企業でも政府・自治体でも、優れた業績で知られる組織は、「ダイアログ」という内省、主張、探求をバランスよく取り入れた手法を採用したり、またチーム内外の複雑な状況についてパターングラフやループ図を描いてみることで、チームのコミュニケーションの質を高める習慣を日常的に実践していることがよくあります。
システム思考を活用して、複雑な状況の理解を進めるとともに、コミュニケーションの質を高めて、それぞれのメンバーの見方や解釈、つまり多様な視点を採り入れていくことができます。その結果、チームとメンバーの学習能力が飛躍的に高まるという相乗効果が起こります。
家庭であれ、企業であれ、コミュニティであれ、チームが互いに学びあう能力は、そのチームのゴールを達成する上で、もっとも大事な要件であるといえるでしょう。
次の記事では、チームよりも大きな組織のレベルでの実践例を紹介します。