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前回に引き続き、システム原型を紹介します。前回の冒頭、以下の4つの例を紹介しました。これらの事例に共通するのは何でしょうか? なんという原型だと思いますか?
「連休なので遊びに行った。しかし、車で出かけたらものすごい渋滞で、家に帰りついたのが真夜中になった。」
「出張の経費を使わないとほかの人に使われてしまって損する。そう思ってどんどん使っていたら、年度の終わりには経費予算が残っておらず、肝心な出張ができなくなった。」
「社会保障がとても厚く、働かなくても何とか食べていけるので、職につかなかった。しかし、国の財政は圧迫され、社会保障のプログラムは成り立たなくなってしまった。」
「豊かな牧草地があると聞いて、羊を連れてきて放牧した。こうしてたくさんの羊が集まったが、羊は牧草地を食べ尽くしてしまい、翌年何も生えてこなかった。やがて、すべての牧草地が不毛の地となっていき、羊を育てることができなくなった。」
どの事例にも共通しているのは、自分の利益のためになると思ってとった行動が、後になって自分の不利益に転ずるということでした。また、自分だけでなく、同じように考えるたくさんの人たちがその行動をとり、結果として共有する資源が崩壊し、全体として不利益が生じています。
このようなストーリーは、私たちの身の回りのマナーから、職場での共有サービスや財源、外部不経済、社会倫理、環境問題までいたるところで見られますね。これはおなじみの「共有地の悲劇」と呼ばれる原型です。
このストーリーに伴う時系列変化パターングラフは、個人の受ける恩恵は最初よい方向に向かって上がっていきますが、その後反転してもとよりも悪いほうに向かいます。共有する資源(道路、出張経費予算、社会保障財源、牧草地)についてパターンを見ると、ほぼ一貫して減少しています。
どのような構造が、このパターンを作り出しているのでしょうか? それぞれの個人は、自分のとる行為によって、利益を受けることからどんどんその行為をとる自己強化型ループが働いています。こうして、個人の受ける恩恵は、最初はまず増えていくパターンをとります。
多くの人がそこに集まると、一人当たりの利益が減るバランス型ループが働き始めます。今まで伸びていた恩恵は伸び悩むようになります。やがて、遅れを伴って、全体の共有資源の制約によるバランス型ループが働き、共有資源の減少がそれぞれの恩恵に影響を与え始めて下降線をたどります。
「全体は部分の集合にあらず」といいますが、個々の人にとって利益となる行動をとっても、それが全体の利益にならないことがしばしばあります。しかも、全体の利益を損なったとき、めぐりめぐって自分自身にかえってくるのです。
このような事態をどのようにして避けることができるでしょうか? 「人間が欲深いからいけないのだ」と言っても、自分やほかの人を責めても、何も解決しません。共有地の悲劇におけるシステム思考の知恵は、まず利用者全員がその構造や過度の利用の結果起こることをよく理解するように教育することです。
同じ日時にみなが自動車を使ったら、、、
みなが我先に経費を使ったら、、、
働ける人が働かずに保障だけを受けたら、、、
牧草地にたくさんの人が押し寄せたら、、、
立ち止まって考えてみれば、わかりそうなものです。しかし、当たり前のことではあっても、私たちは時間や空間を隔てて起こることにとても疎い傾向があります。そのため、自分の行動がシステムの全体にどのように影響を与え、また自分自身にかえってくるか、そのつながりを理解しようとすることが極めて大切なのです。
もうひとつ重要なのは、共有資源の利用に伴うフィードバック・ループを作ることです。共有資源の利用者がそのコストを負担すること、あるいはすべての利用者に対して、共有資源の利用の制限のルールを設け監視すること、などです。
ドネラ・メドウズは、システム原型を、「システム・トラップ(システムの罠)」と呼びましたが、私たちはシステムの特性を十分に理解していないためにしばしばシステム原型にあるような状況に陥ります。システム原型を習得することによって、罠に陥った状況を、ストーリー、パターン、構造のレベルから診断することができます。システム原型は、罠から抜け出すのに有効なツールなのです。
アメリカの化学会社デュポンは、自分たちの陥ったシステム原型の問題を診断し、従業員にシステムの教育をすることによって、400億円以上のコスト削減と共に、生産性改善とサービスレベルの向上を達成することができたほどです。
そして、システム原型の最善の活用法は、システムの罠を予見し、そもそもそのような状況に陥らないことです。組織や社会などのシステムを適切にデザインすることで、私たちが陥りやすいシステムの罠から自分たちを解放し、みなが利益を享受できる大きなチャンスを創り出すことができます。