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世界のシステム・リーダー1 ネルソン・マンデラ氏 【後編】 「共有ビジョン"虹の国"へ向けて」

2015年06月23日

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(Image photo by Government ZA: https://www.flickr.com/photos/governmentza/8404473399/in/photostream/)


「虹の国」南アフリカへ向けて

前回の記事では、『学習する組織』の5つのディシプリンの1つ、「自己マスタリー」の例としてネルソン・マンデラさんの27年間の牢獄生活についてお話ししました。今回はもう1つのディシプリン、「共有ビジョン」に関するストーリーを紹介します。

マンデラさんが刑務所を出所した4年後、1994年4月に、南ア史上初の全人種参加選挙が実施されました。アフリカ民族会議(ANC)が勝利し、大統領となったマンデラさんは、6つの原色に彩られた新国旗に象徴される「虹の国」を掲げ、肌の色や宗教に関わらず、誰もが融和できる新しい南アフリカづくりに取り掛かります。

新たな南アフリカを作るには、国民と共に新たなビジョンを持つことが大切でした。そこで、マンデラさんが最も慎重になったことは、新体制に対する白人の恐怖心を拭い去り、いかに協力してもらうか、ということでした。それは、刑務所を出所した直後、大統領になる前から何度もメディアの取材を通して訴えています。「白人も同じ南アフリカ人です。わたしたちは、白人に安心して暮らしてほしいし、この国の発展に尽くしてきた白人層の功績をわたしたちが高く評価していることを知ってほしいのです」と。

牢獄生活中に、マンデラさんは、看守と触れ合う中でアフリカーナー(南ア白人)について多くのことを学びました。彼らの言語、歴史、文化を学ぶ中で、これから共に国をつくっていく「白人の同胞」が誇りに思っていることは何か、ということを問い続けました。

「それ(ラグビー)は、政治的打算なのか?」
「いいや、人的打算だ。」

その中でもマンデラさんが特に注目したのがラグビーでした。これは、マンデラさんが2つ目に移された刑務所で出会ったヴァン・シタート少佐から学んだことです。少佐は政治犯であっても、他の一般犯罪者と同じように容赦なく扱い、最初はとても対話などできるような状況ではありませんでした。そのような関係性をどうしたら超えられるか、どうしたら近づけるかを一生懸命に探った結果、少佐が唯一、夢中になっているものがあることに気づいたのです。それが、ラグビーだったのです。南アのラグビーチーム「スプリングボクス」は、白人政権時代の国旗を象徴する緑と黄色のユニフォームを身に着けており(故に黒人にとってスプリングボクスはアパルトヘイトの象徴であり、最も憎いものの1つでしたが)、その迫力あるプレーから白人の存在感を象徴する、アイデンティティーでもありました。

 このことを記憶していたネルソン・マンデラさんは、大統領として新政権における体制づくりにおける新憲法制作や、海外からの資金調達等の最優先事項と同じくらい、"ラグビーによる黒人と白人の団結"のために多くの力と時間を割きます。新体制のスポーツ連盟が、全会一致で廃止しかけていたスプリングボクスを「これは白人たちの宝物だ。絶対に残さなくてはいけない。」と呼びかけます。さらには翌年1995年開催のラグビーワールドカップを南アフリカへ招致し、当時最弱と言われていたスプリングボクスの優勝へ向けて、キャプテンを何度も呼び出して感化したり、彼らと同じユニフォームを着て練習会場を訪れたりしました。それは、彼の周りにいた黒人の同胞からは、到底理解をされないものでした。

ある日、マンデラさんの秘書がしびれを切らし、「ラグビーの応援は、政治的打算なのか?」と問うたとき、「いいや、人間的打算だ。」と答えたことは、映画『インビクタス』の注目のシーンでもあります。結果として、最弱といわれていたスプリングボクスは翌年のワールドカップで奇跡の優勝を果たし、会場に緑と黄色のユニフォーム姿で登場したマンデラ大統領へ向けて、ほぼ白人で埋め尽くされていた会場から"マンデラコール"が上がりました。この日は黒人も白人も一緒に、南アフリカが一体となったのです。

皆が大切に想うものに寄り添う社会

マンデラさんが掲げたビジョン「虹の国」とは、まさに、肌の色に関わらず、国民ひとりひとりの「誇り」をとても大切にするものでした。ピーター・センゲ氏のいう「共有ビジョン」とは、構成員のひとりひとりが自身の居場所や役割を認識し、組織のビジョンに自分のビジョンが重なり、我がこととしてコミットメントし責任を負うようなビジョンを指します。マンデラさんは、新しい南アフリカが、決して特定の人を幸せにし、特定の人を不幸にするものではなく、皆が大切に想うものに寄り添う社会となることを心から願い、身をもって示そうと努力したのです。

新体制のメンバーには、旧体制の白人大統領デ・クラークを副大統領に任命しました。政権が代わったことにより政界を去ろうとした白人の優秀な政治家たちを呼び止め、国づくりに協力してくれるよう頼みました。また、政治運営の方針においても、白人が築き上げてきた「素晴らしい功績」を、なるべくそのまま引き継ぐ意向をもって、黒人の政治家を説得したのです。

また、ワイン産地のモン・フルーに人種、政党、信条、セクターを超えた多様なメンバーを集めて、未来に何が起こりうるかのシナリオの対話を重ね、「フラミンゴの飛行」と名づけられたシナリオを共有ビジョンとしたシナリオ・プランニング・プロジェクトは、世界の組織学習の実務者たちの間では語りぐさとなっています。こうして違いを乗り越える経験をした多様なメンバーたちが新しい社会・政権のリーダー的存在となって、政権の内外からマンデラさんの目指す融合を支え、世代を超える期間を要する社会的な成果はまだ道半ばにありますが、経済政策の面ではその後10年間、海外の専門家たちからも驚きをもって賞賛される進展を見せました。

 「相手の誇りを大切にしなさい。」

私たちが生きる日本の組織や社会では、アパルトヘイトほどに深刻な対立構造は表だってないかもしれません。しかしながら、マンデラさんの国づくりにおけるリーダーとしてのあり方を、例えば自分の会社や所属する組織、コミュニティ、家族などに当てはめて考えてみたときに、私たちは彼の生き様から、大きな、そしてとても実践的な学びを得られるのではないでしょうか。

マンデラさんは、こう教えてくれます。「相手の誇りを大切にしなさい。そうすれば、敵はやがてあなたの友となるのだから。」 私たちは組織の中に、無意識に、意識的に対立構造をつくりだしていないでしょうか? ひとりひとりが誇りに思っていることを、無意識に踏みにじったり、攻撃したしていないでしょうか?  リーダーとして、メンバーの誇りを理解しようと努め、寄り添うことができているでしょうか? マンデラさんのリーダーシップは、こうした問いを常に自身に問いかけながら、決断・行動をしていくことの大切さを私たちに教えてくれます。

(終わり)

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参考文献:Nelson Mandela, Long Walk To Freedom /  Richard Stengel, Mandela's Way


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