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「国際システム・ダイナミックス学会報告(3)ピーター・センゲと語る」

2009年11月17日

「学習する組織」で知られるピーター・センゲ。彼の大きな功績は、組織論や認知行動科学、コミュニケーションなどのさまざまな分野にまたがる5つの能力を体系化して、組織開発と人材開発の理論、技、実践の基礎を築いたことだといえるでしょう。多くの組織で「学習する組織」の実践を指導し、MITで組織学習センターを起ち上げたセンゲの活動は、その後非営利団体の組織学習協会(SoL)に引き継がれ、今では世界のあちこちで実践家やコンサルタントたちが「学習する組織」を推進しています。

20世紀の最も偉大なマネジメント・グールーの一人として名を馳せるピーター・センゲも、もともとは「システム・ダイナミスト(システム・ダイナミクスの実践家)」です。経済学を学び、システム・ダイナミクスの祖であるジェイ・フォレスターに師事した彼の博士論文は「振動」でした。景気変動にせよ、在庫循環にせよ、設備も在庫も山と谷を繰り返します。ピーターはその仕組みを、在庫のピークと生産のピークのずれのために起こることをわかりやすく説明しました。また、彼はアメリカのマクロ経済全体をモデル化するSDNMプロジェクトにも取り組み、この分野でも多大な功績を残しています。

今年は、国際システム・ダイナミックス学会で、そのピーター・センゲを囲む夕げの会が催されました。センゲは、ほか2名のパネリストとともに、「変化」について語りあいました。

彼の「変化の理論」は、システム思考に根ざしたとてもシンプルなものです。まず、最初に、システムとそのパターンを理解します。つまり、「システムがどのように作用するか」を理解するのです。そのために、私たちは観察をして、さまざまな要素のつながりがもたらす構造を明らかにします。

次いで、「どのようにそのシステムを変えるか」を考えます。結果やパターンを表面的に変えようとしても、システムがもとに戻すように働きます。パターンを変えるには、システムの構造を変えなくてはならないのです。

最後に重要なのは、「システムを変えようとする私は何者なのか」を見据えることです。「学習する組織」を黎明期に始めたハノーバー保険の元CEOビル・オブライアンは、「システムへの介入の成否は、介入者の心の在り様に依存する」と言いました。システムを前にして、「私」という個人の存在をどう捉えるか、つまり個々の人のリーダーシップが成功の鍵を握っていると言って過言ではありません。

彼の「変化の理論」は、いわゆる「チェンジ・マネジメント」とは一線を画します。ピーター・センゲの目には、チェンジ・マネジメントは「操作的」であると映ります。多くのリーダーたちは、「どのように人々を変えようか」「どうやって人々に私のビジョンについてこさせようか」という問いを投げかけます。しかし、このような問いからでは効果的に変化創り出すことはなかなかできません。たいてい、人々の抵抗にあって、一時的な変化があったとしてもやがて元に戻ってしまうでしょう。

そんなとき、「人は変わりたがらないものだ」などとよくいいますが、これもよくある誤解です。実際には人は「変化すること」に抵抗しているのではなくて、「変えられること」に抵抗しているのに過ぎないからです。

「変化の理論」に基づくと、効果的に変化を創るための3つの能力が必要です。まず一つ目の能力は、複雑性を理解する力、つまり「システム思考」です。要素がどのような組み合わせになっているかではなく、それらの要素のつながりの質とその全体像を見る力が求められます。

二つ目は、志を立てる力です。自ら変化を求める力といってもよいでしょう。自分が「何を創り出したいのか」を明確に意識すると共に、望ましい未来と今ある現実の姿を対比させ、「創造的な緊張感」や自らの能力開発を自発的に行うことができる力です。組織ならば、ビジョンを共有する力も求められます。

そして、三つ目の力が、内省的な会話をする力です。日々の行動に関して、なぜうまくいったのか、あるいはなぜうまくいかなかったのかをありのままに見ることができる能力です。日記を書くことは、変化を創りたいものにとっては重要な習慣です。また、組織において集団で振り返りができれば、組織としての学習能力を飛躍的に高めることができます。

これらの3つの力が変化を創るための学習サイクルを構成します。まず、システムがどのように働くかを振り返り、どんな力がシステムを形作っているかを見出して、自分が何を創り出したいのかを明確にします。そして、その意図に照らし合わせて振り返りを行うのです。

ピーター・センゲは、今求められる変化の例として、地球温暖化を取り上げました。現在進行している地球温暖化が文明に対して与える影響を許容できる範囲内に抑えるには、産業革命以来の温度上昇を2度以内に抑えねばならないとの科学的認識が世界の首脳達に受け入れられています。温暖化に関する科学の粋を集め政策に必要な科学的情報を検討するIPCCは、2度以内に抑える政策を選択するとしたら、二酸化炭素の排出量を2050年までに世界全体で50-85%削減、2020年までには先進国が25-40%減、途上国は排出量の増加を止めなくてはいけないとの分析をまとめています。

このような甚大なチャレンジに対して、経済との両立や、先進国と途上国間の不公平性(歴史的に先進国が大量に温室効果ガスを排出し、一人当たりの排出量も途上国の数倍にあたる)の問題などが盛んに議論されています。排出量削減に前向きな欧州や日本だけが削減しても、温暖化は止まりません。アメリカも、中国も、インドも、あらゆる国が世界の排出量削減に向けて相当の努力しなくてはならないのです。

このような現実、つまり途方もないほど複雑な構造の問題を前にしたとき、個人のあり方やリーダーシップが試されます。悲観的なものの見方をするならば、「すべての国の合意を取り付けて実効的な排出量の抑止は無理なのだから、自分の国(地域・産業・会社)ばかり割を食うような排出削減を約束したり、経済を犠牲にするのはやめよう」という推論になるでしょう。

しかし、そのような推論に基づく行動の未来に何があるでしょうか? 「あなたの国が排出量を下げないならば、私たちも下げない」と排出量削減拒否の連鎖反応とエスカレートが起こるでしょう。今のトレンドで排出し続けるならば、温暖化のために生ずる甚大な被害は現実のものとなって、しかも私たちが備えうるよりもはるかに早期に悪化していくことでしょう。経済も成長するどころか、世界のGDPの5-20%を被害によって失い、温暖化防止のコストを遙かに上回ると著名な経済学者が報告しています。

ピーター・センゲは、温暖化は人類にとってのチャンスだと考えています。なぜならば、温暖化が人類に提示しているのは、「地球上のすべての人が協力しなくてはならない」という課題です。今まで人類の歴史の中で、「地球上のすべての人の協力を必要とする」とこれほどまで多くの国が実際に認識する課題は数多くはありませんでした。

もし、すべての人が協力することができたら、それは人類の歴史の中でも、輝かしい進歩の瞬間とも言えるでしょう。では、どうやってこの難しい課題を解決し、「地球上のすべての人が協力する」未来を創れるでしょうか? 

そのもっとも重要なステップとなるのは、すべての人が「純粋な相互(信頼)関係(genuine mutuality)」をもつことだとピーター・センゲは論じます。先進国と途上国の間で話し合いが難航するのも、片務的な関係を強要しようとしているからです。もし自分が相手の立場に立ったら、それぞれの提案をどのように感じるか、それを真摯に受け止めることなしには解決しえないでしょう。

人によっては、これを「理想主義」と呼ぶかもしれません。しかしながら、「一つしかないこの地球の上で、どうやってすべての人が一緒に住むか?」は、私たちに突きつけられた現実にある実践的課題だとセンゲは言います。

変化を創るということは、システムの現実を踏まえながら、私たちがどんな未来を創造したいのかを描き、共有して、その実現に向けて自ら選択して進んでいくことにほかならない、ということをピーター・センゲは語りかけていました。

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