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「ピーク・オイル」―デニス・メドウズ氏に聞く(3)

2006年04月16日

デニス・メドウズ氏に聞く「ピーク・オイル」のレポートの最終回です。ピーク・オイルとは、原油生産量が最高点に達することで、その後の原油生産量は減少のカーブに入ります。一方で、原油への需要は今後のさらに伸びることが予測され、極めて控えめな見積もりでも20年後には1.5倍の原油が必要といわれています。

需要の成長局面で、供給が頭打ちとなれれば、価格は上昇するでしょう。今、原油は1バレル70ドル台に突入していますが、この価格はまだこの需給ギャップを反映していないと考えられています。需給ギャップが明らかになってきたとき、原油の価格は高騰すると考えられますが、それは、私たちの生活や経済にどのような影響を与えるのでしょうか? 

原油は現在世界のエネルギーの40%を供給しており、原油価格の上昇は、私たちの生活のあらゆる面に影響を与えることになります。私たちの生活は、電化製品や化学製品にあふれ、特に都市部や郊外の生活は、エネルギーを大量に消費するインフラの上に成り立っています。

エネルギーの供給が止まったら何が起こるでしょうか? 電力の多くは原油などを燃やす火力発電所で発電されていますから、日常的に大規模な停電が起きたり、あるいは、灯油などの暖房の燃料が手に入らない状況も考えられます。近い将来、ガソリンも配給制になるかも知れません。

需要と供給のギャップがわずか5%のレベルに達すれば、石油ショックが再来すると言われています。1970年代の2度の石油ショックは、政治的な供給制限という一時的な原因によるものでしたが、ピーク・オイル後の供給不足は永久的なものです。

産業界も大きな影響を受けるでしょう。燃料のほとんどを原油由来のエネルギーに依存する自動車や航空業界は、直接的な影響を受けます。さらに、ほぼあらゆる産業が、生産の動力・物資の輸送のためのエネルギーを石油に依存していますから、その影響の規模と範囲は計り知れないものとなります。

特に、グローバル化した企業は、安いエネルギーを前提として、生産段階ごとに生産拠点を集中させ、原材料やパーツを世界のあちこちに動かし、世界中の消費者たちに供給する物流体制を敷いています。このような生産・物流戦略は、ピーク・オイル後の経済では成立しづらくなるでしょう。

もっとも深刻な影響を受けるのは食糧です。私たちの食生活を支える現代の農業は、その多くが灌漑と化学肥料に依存しています。たとえば、とうもろこしの生産コストを見てみると、その約8割が直接・間接に原油に依存しています。また、1kcalの穀物を生産するためには、実に10kcalもの石油を消費しているといわれています。穀物飼料に依存する鶏、豚、牛などの畜産物や魚の養殖には、もっと多くのエネルギーが必要となります。

生産段階だけではありません。食糧の加工・輸送・包装・貯蔵には、生産時の3倍以上のエネルギーが必要です。原油価格の高騰は、必然的に食糧価格の高騰を意味し、現在ですら貧困にあえぐ人々を深刻な食糧危機が襲うことになります。

また、原油を輸出できるのは、中東やロシアなどの一部の地域に限られます。中東・OPECの価格支配力は、急速に強まり、世界の地政学的なパワーバランスは大きく変わることでしょう。さらに、原油価格の高騰は、原油をもたない発展途上国の債務問題をさらに悪化させます。このように、国際情勢が大きく変わっていくことになるでしょう。

これほど深刻な状況が間近に迫っている中で、私たちはどのようにすればよいでしょうか。世界が消費しているエネルギー量は13TW(テラワット)に及びます。これを他のエネルギー源に置き換えていくのはたやすいことではありません。石油の代替にしようと、石炭やオイルサンド、重油、シェールなど他の化石燃料の開発・利用を推進しようという動きもありますが、地球温暖化を進める温室効果ガスやエネルギー効率から考えると、有効なきめ手とはなりえないでしょう。

天然ガスは、過渡期としてのエネルギーにはなりえますが、生産のピークが原油よりも少し先にあるに過ぎず、わずかな時間稼ぎにしかならないでしょう。原子力は、廃棄物処理の問題を抱える上に、石油のエネルギー生産を置き換えようと思ったら、向こう50年間、2日に1つというペースで原子力発電所を作らなくてはならず、政治的にほぼ不可能でしょう。期待される風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーも、現在の消費量をまかなうだけのインフラを構築するのには、多くの投資と時間を要します。

デニス・メドウズ氏は、具体的に何をすべきかを語ってはくれませんでした。彼自身、まだ考えているのでしょう。しかし、ひとつ重要なアドバイスを与えてくれました。システム思考の鉄則です。大きな問題に直面したとき、その問題の見えている部分に対する目の前の解決策に飛びつくのではなく、一歩後ろに下がってシステムの全体像を見て、解決策がどのようなつながりをもつかをよく考えることです。

「原油生産量の低下」という、目の前の問題解決のために、生産量を上げるための技術を駆使すると、生産可能な埋蔵量はさらに急減することになります。技術の力によって、少しは生産量のピークを長く保つことはできるかもしれませんが、そのあとに生産量の急減を招くでしょう。また、ガソリンやディーゼルの代わりに、エタノールやバイオディーゼルなどのバイオ燃料が注目を浴びていますが、穀物や油作物を転換するバイオ燃料は、めぐりめぐって食糧危機や森林の減少、砂漠化、生態系破壊などを引き起こします。

システムをよく見ると、私たち自身の習慣やその前提となる思考が見えてきます。私たちの習慣や思考の前提を見直して、私たちの生活や経済のシステムの構造そのものを変えないかぎり、ピーク・オイルの問題には対処しきれないでしょう。国や自治体、企業、そして石油を消費する私たち市民の一人ひとりが、今の経済と原油のシステムを理解して、解決策を探り、実行することです。

システム思考は、問題状況のシステムを広く、深く理解するツールとして役立つだけではなく、そのような課題の解決プロセスにおいても、立場の異なるさまざまな人の間に対する重要なコミュニケーションの手段を提供してくれるのです。

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